彼と共に歩む道 第二話
望んだ力
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本来、魔術の触媒となる精気を収束させるには、方向性の定まった強い意思が必要となる。簡単に言いかえると、決断や願望など、何かを強く思うことで精気を収束させることができる。それは精気という媒体が、人の想いを取り込み、感化されやすいという特性を持つためだ。 精気を操る技術、魔導において、その収束する力を魔力と呼ぶ。基本的に魔力が高いほど強力な魔術を扱うことが出来るとされ、実際に上級の魔術士のほとんどが高い魔力を有している。 しかし、魔力が高い事が必ずしも優れた魔術士の資質ではない。力があってもそれを制御する術がなければ、それはむしろ術者の足を引っ張ることになる。 それを制するには、魔術を構成する構成力と、それを支え、精気の収束を調整する精神力が必要となるのだ。 ミーシア=サハリンは生まれつき高い魔力を有していた。とはいっても、それは同族である赤珠族の人間を比較した場合で、魔力に特化した褐色の肌の民、魔族などの中には、彼女の能力を上回る者は少なくはなかった。少なくとも高い構成能力を有する、彼女ら赤珠族に制御できない程の力ではなかったはずだった。 それは精神力に置いても然りで、ジェチナという街で心身共に経験を積んだ彼女ならば、例えヴァイスの件で心を乱していても、自身の力を制する自信はあったのだ。 「済まないな、クリーム。まさかミーシアがカーズに覚醒しているとは思っていなかった」 「いえ、ガルシア先生。あれは不慮の事故です。解っていたからといってどうなると言うものでもなかったでしょう」 それは魔導学院学院長クリーム=ヴァルギリスと、特級魔導師ガルシアーバーグの会話だった。魔導同盟という組織の中でこそクリームの方が立場は上ではあるが、ガルシアは若かりし頃の彼女が師事を受けたことのある人物だ。個人的な会話の時、クリームはいつも彼の弟子だった頃の自分に戻っていた。 「いや、成人を迎えたならば、覚醒の儀を行い、目覚めた能力に応じた訓練を積ませねばとは思っていたのだ。正式な儀式を行わなければ、目覚め時に十中八九、暴走を引き起こす。リィシアのようにな」 ガルシアの言葉にクリームは沈黙する。 リィシア=サハリン、それはミーシアの母の名だ。彼女は不安定であった感情のまま力の覚醒を迎え、感情を暴走させた。それはミーシアの父の死という悲劇を引き起こし、彼女の父親に討たれるという最悪の結果によって幕を閉じたのである。 「ミーシアは、立ち直れますか」 静かにクリームが尋ねた。一番心配なのはそれだ。ミーシアとは血縁関係こそはないが、従姉妹の養女であり、彼女にとっても孫のような存在だ。そんな娘が悲しむ姿など見たくはない。 そのことについてはガルシアも心配しているようで、彼の表情が普段よりも硬くなるのが解った。 「時間がかかるかもしれんな。あれは強い娘だが、感情を内に内に押し込める性格だ。誰か他に心を許せる者がいれば良いのだろうが、私やレーミアではかえって気を遣ってしまうからな」 それがミーシアという娘だった。ガルシアは昔の彼女を知らないが、当時の彼女は今よりももっと他人に対して心を閉ざしていたという話は聞いている。ジェチナから戻ってきてからはそれも見られなかったようだが、今回の事件で再びそれがぶり返してしまったのだろう。 「まぁ、その件に関してはレーミアが手を打っておくと言っていた。彼女はあれで物事をよく見ている。任せておけば大丈夫だろう」 「そうですか」 納得してクリームは小さく頷いた。色々と無茶苦茶なことをするが、確かに彼女ほどミーシアを見ている人間はいなかった。それをミーシアも知っているはずなのに、未だ心を打ち明けられない、そんな関係の二人をクリームは少し淋しく思った。
成人の儀式より一週間が過ぎていた。ミーシアはレーミアに呼ばれ、魔導学院南棟にあるラウンジで彼女を待っていた。その表情は深く沈み、普段は宝石のように例えられる赤い瞳も暗く輝きを失っている。彼女は未だ自分の犯した罪と、自身の力への恐怖と戦っていた。 本来なら人前に出ることが出来る心境ではない。しかしレーミアに呼ばれた以上、行かないわけにはいかなかった。それは母親だからというわけではなく、彼女が自分を心配してくれていることを知っているからだ。 「御母様、遅いな」 それでも今は早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。誰かと会い、もし怯えた目で見られでもしたら、今の自分にそれが耐えられるとは思わなかった。 「まるで世界の終りが来たような顔をしてるわね」 それは不意に掛けられた声だった。ミーシアの身体は一瞬びくりと震え、緊張が走った。しかしミーシアはその声に聞き覚えがあることにすぐに気付いた。 「ど、どうして」 鼓動が早くなる。彼女がここにいることが信じられなかった。しかしミーシアが彼女の声を間違えることなどあり得なかった。 「久しぶりね、リニア」 見上げると、そこには褐色の肌の女が立っていた。見え覚えのある顔だ。ジェチナという土地で知り合った、自分をリニアという名で呼んでくれる大切な仲間の一人―― 「ジェシカ……」 強くあろうとしていた心が崩れていくのが解った。溢れてくる想いが胸に込み上げ、目頭が熱くなっていく。 (駄目だ、耐えなきゃ) 強くならなければいけない。護られているだけの自分に戻りたくない。そんな想いがミーシアの中にはあった。沸き起こってくる感情に身を委ねてしまえば、その信念が崩れてしまう。そう思った。 しかしジェシカはそっとミーシアを抱きしめると彼女に小さく呟いた。 「馬鹿ね、泣きたいときくらい泣きなさい。我慢をすれば強くはなれるかも知れないけれど、あなたがあいつと共有した強さはそんな強さじゃなかったはずよ」 その瞬間、ミーシアの頭にはジェチナで過した時間が鮮明に思い出された。自分が欲しかった力、それは仲間達と共に生きていく道だったはずだ。力を求めたのはそれを護りたかったからだ。 身体中から力が抜けていった。そしてミーシアは残った僅かな力でジェシカにしがみつく。涙が瞳から溢れた。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」 ミーシアは声をあげて泣いていた。今まで堰き止めていたものを全て流し出すように。様々な想いが混ざり合って、もはや訳が分からなくなっていたが、ジェシカは黙って泣き続ける少女をしっかりと抱きしめていた。
「よかったの」 「なにがですぅ」 二人の女性の声が魔導学院南棟の廊下に響いていた。 歩いているのはクリームと、ミーシアの養母であるレーミアだ。レーミアはまるで子供のような養子なので、見る者が見れば、それはまるで祖母と孫娘のようにも見える。 しかし、レーミアが誰よりも慈母性に満ちた女であることをクリームは知っている。 「ミーシアを慰める訳を他に譲ってよ。あなたはずっとあの子の母親になりたがっていたでしょう」 「そうですねぇ」 レーミアはどこかとぼけたような様子でそう答えた。クリームは彼女がずっとミーシアとの心の隙間を埋めたがっていたことを知っている。時間さえ掛ければ、この機会に彼女がそれを取り除いてやることも出来たはずだ。 「私は、なりふり構わなかったわよ。ベルーナの母親になるために。あの子の側にいたかったから」 「それは私もですけどぉ、それだと時間がかかっちゃうじゃないですかぁ。ベルちゃんの時とは状況も違いますよぉ」 そう言って微笑んだレーミアの頭を、クリームはそっと撫でてやった。 「そうやってあなたもすぐに強がるんだから。血は繋がって無くても、あなた達は本当にそっくりよ」 「もちろん。みーちゃんは私の娘ですものぉ」 そんな嬉しそうなレーミアの笑顔に、クリームは先日の自分の想いが杞憂だった事に気付いた。 そしてレーミアと別れた後、彼女の足は何となく娘夫婦の元へと進んでいた。
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