魔導学院物語 番外編

彼と共に歩む道 第一話
絶対破壊者


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 その知らせを聞いたのは、ミーシアが成人の儀式を迎えた十五歳の時だった。

「ヴァイス=セルクロードが、消息を絶ちました」

 それは唐突な出来事だった。彼が後に機国大戦と呼ばれるようになる戦争に、魔物狩人組合の戦士として参加していることは知っていた。彼の活躍は遠く離れたこの赤珠国ディレファリアにも届いていたからだ。

 ミーシアとヴァイスの関係は特別なものだった。出会いから別れの日まで。同じ時を過した時間は決して長いものではなかったが、ミーシア達にとっては十分なものだった。その中で二人は心を通い合わせ、恋人と言うよりはまるで一人の人間のような、そんな一体感を持つようにさえなっていた。

 だから別れの時も寂しくはあったが、悲しくはなかった。自分たちの運命がいずれ再び交わることを確信していたし、自分たちはそれだけ強くなったと思っていた。

 ヴァイスの失踪の知らせを聞くまでは。

「お姉様、顔色が優れないようですけれども、大丈夫ですか」

「心配しないでアーシア。大したことはないから」

 成人の儀式の前、心配そうに尋ねてきた妹に、ミーシアは微笑んでそう返答した。もちろんそれはアーシアを安心させるための嘘だ。微笑みもただの作り笑いである。もっとも、それで誤魔化せていないことは、妹の瞳に不安の色がみれたことで解っていたが……。

 それでもミーシアは儀式に出ないわけにはいかなかった。彼女には当年度の赤珠国で成人を迎えた者達の代表者としての責務がある。輝神教徒にとって、一生関わりを持つことになる教徒としての名、聖名を賜るこの儀式は重要なものだ。個人的な理由でその仕事を投げ出すことなど出来ない。

 それは王族の血を引いてはいないとはいえ、王家に連なるサハリン家の長女としてのミーシアの義務だった。

 それにその時は彼女は本当に大丈夫だと思っていたのだ。例えヴァイスが失踪したとしても、彼が与えてくれた自分の強さを信じていたから。

 しかしその判断が事件の引き金となった。

「世を乱す蛮族の王に、裁きっ」

 事が起こったのは成人の儀式が終盤にさしかかった時だった。全成人の代表者となったミーシアが赤珠国国王の前で、成人の証である聖名を賜ろうとした瞬間、突然一般観覧席の方から十数の影が飛び出してきたのである。

 成人の儀式は一般公開される。加えて聖名を賜る受名の儀だけは、国王の周りから護衛が外されるのである。それが聖名を受名するときのしきたりだからだ。それを狙われたのである。

 飛び出した影のうち、ほとんどは一般席から国王のいる場所までに配置されている衛兵によって取り押さえられていた。だが、その中の三名程だけがその防壁を抜け、王とミーシアのいる壇上に上がってきていた。

 何が起こっているかは解らなかったが、ミーシアは咄嗟に国王に背を向け、暴漢達の迎撃に入った。前年からとある高名な魔術士の師事を受けていたミーシアには彼らを止めるだけの力量は十分にある。

(数は三、動きから見ても結構な手練れだけれど、足さえ止めれば衛兵たちが間に合う)

 そう思ってミーシアは魔術を構成するために精気を収束させようとした。

 だが……

「えっ」

 まず感じたのは異変だった。足止め程度の魔術を構成する気でいたのに、それからは考えられない量の精気が収束し始めたのである。同時にミーシアは自分の心にどす黒い感情が沸き起こってくるのを感じていた。それは以前、一度だけ感じたことのある現象だった。

(覚醒の胎動)

 それに気付いた瞬間、更に自分の心が乱れていくのが解った。一度、構成されかけた魔術は解かれ、収束した精気だけが行き場を失い暴走し始める。何とかしようと考えを巡らせるが、混乱している上に精気の暴走で心がかき乱され、力だけが段々と膨れあがっていった。

 そんな彼女に映ったのは、煌めく白刃だった。国王に向かってきた暴漢が、その前に立ちふさがったミーシアを排除するために攻撃を仕掛けていたのである。その殺気が、ミーシアに平常心に近いものを取り戻させた。

 ミーシアはとにかく覚醒が発動しないことを最優先にして、目の前に迫ってきた敵に意識を集中させる。この際、魔術の完成を待っている余裕はなかった。力だけをぶつけるつもりで彼女は構成を練る。

 実際、魔術を発動させるための道具さえあれば、魔術はそれだけで完成されることも出来る。もっとも、それは初歩的なものに限られるし、一瞬にしてそれをするには、十分な才能や経験が必要となる。だがミーシアは構成能力が高い赤珠族の生まれであるし、魔術の修練も積んできている。魔術は暴走することはなく、無事に完成した。

 しかし解放されたその魔術は普通ではなかった。魔術そのものは炎を発動させるといった平凡なものだったはずなのだ。しかし、その規模が異常だった。まるで上級魔術に匹敵するような威力がその魔術にはあったのである。

 結果、悪漢達は一瞬にその炎に焼かれた。だがその炎はそれだけでは収まらず、彼らを後ろから追いかけていた衛兵二名の命を奪い、二十一名の重軽傷者を出してしまった。

 事が終わった後、ミーシアはうずくまって震えていた。人を初めて殺めたこと、関係のない人間を巻き込んでしまったこと、そして、自分が未熟であることと、そんな自分が持つ力の異常性に罪悪感と恐怖心を抱いたのだ。

 状況が状況だっただけに、ミーシアが罪に問われることはなかった。しかしこの事件を切っ掛けにミーシアには絶対破壊者アブソリュートブレイカーという名が付けられ、彼女には魔術を使えなくなった。



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