第四章 闇の領主
〜Judgment of Vampire〜
<Back to a chapter /Novel-Room /Go to next chapter> |
---|
リニア達が黒マントの男と接触していた頃、ルークは既に彼女らの近くにまで来ていた。闘気を用いた運動能力というのは酷く絶大な物で、それを用いてルークは一気に駆けてきたのである。 だが、彼はその途中で立ち止まっていた。いや、立ち止まらされていたと言った方が正しいだろう。彼の前には、一人の男が立ちふさがっていたのである。 「確か、君は弧扇亭の人間だよね。悪いけど、ここは通せないよ」 男はにこにこと子供のような笑みを浮かべていた。歳はルークと同じ程度といったところだ。褐色の肌、黒い瞳、短い黒髪は彼が褐色の民、魔族であることを示している。 何の変哲もない青年。だが、彼の身体からにじみ出すように出る威圧感をルークは感じていたのである。 「イウヴァルトには別に義理はないんだけどね。っていうか、僕、あいつ嫌いなんだけど、仕事だから仕方ないんだ」 男はそう言ってにっこりと微笑むと、彼はすっと右手を差し出した。 「僕の名前はデイモス、悪いけど、死んでもらうよ」 刹那、ルークに向かって凄まじい光の奔流が迸った。ルークは横に跳躍し、それを避けると、全身に闘気を巡らせる。そして着地と同時に闘気を一気に解放し、男に向かって突進していった。 「へぇ、速いね。だけどっ!」 男はルークの動きに対応できたのだろう。接近して放たれたルークの拳を寸での所で避けると、左手に精気を収束させた。 「レイストライク!!」 ほとんど距離がない状態で、男の魔術は放たれた。だが精気の収束を見逃すようなルークではない。咄嗟にルークは突き出した左腕を僅かに引き、男の肩に左手をのせ、それを支点に上に跳んだ。 「あれにも反応できるのか」 目を子供のように輝かせ、デイモスは上空を見上げた。デイモスはにぃっと笑みを浮かべると、今度は上に腕を突き出した。 「じゃあ、空でどうよけるのさっ!」 次に現れたのは、二本の炎の槍だった。自分に突き進んでくる炎の魔術に、ルークは舌打ちする。魔術を使うことが出来れば、それを相殺することは不可能ではない。だが、ルークにはそれができないのだ。 ルークは全身に闘気を巡らせるとそれを鎧のように纏う。闘気は巡らせるだけでも防御の役割は果たす。だが、それを纏う事によって、その能力を向上させることができるのだ。 「くっ」 それでもそれは絶対的な物であるはずがない。ある程度は熱量などを防ぐことは出来るが、限度はあるのだ。ルークは全身を炎に包まれ、焼かれるような痛みに襲われる。 だが、着地と同時にルークは闘気を、衣を脱ぎ捨てるように薙ぎ払った。闘気の鎧と共に炎は空気中に拡散する。 「そんな使い方ができるなんて。面白いねぇ、君は」 デイモスは、酷くおかしそうに笑いながら、すかさず再び炎の槍を放った。しかし、突然、ルークの身体が朧のようにぶれる。そして次の瞬間、彼の姿はデイモスの目の前に移動していた。朧という、ルークの技である。 「大人しく寝ていろっ!」 ルークは右腕に闘気を纏うと、デイモスの首を掴み、そのまま勢い良く壁に叩きつけた。デイモスの身体はドゴォという音をたてて、壁にめり込む。加減はしてあるが、人間の意識など充分に失わせることができる一撃である。 相手が闘気を巡らせるよりも速くに放った攻撃だ。これで戦いは終わったはずだった。だが―― 「強いね、君。本気で殺したくなってきたよ」 その言葉と共に、デイモスの周囲におびただしい量の精気が流動し始める。そして精気は、デイモスの口に吸い込まれるように収束していったのである。 (何だ?) ルークはその状況に、強い抵抗を覚える。感じたことのない感覚、その違和感に、ルークは首を掴んだ手を離し、すぐにデイモスとの距離を取った。白い閃光がルークの横を通り過ぎていったのは、その一瞬後のことだった。 「なっ……」 それは信じがたいほどの威力を持った攻撃だった。地面を焼き、家屋一棟を難なく貫いたのだ。この付近はジェチナの抗争の際に廃れた場所であるために、人的被害は無いだろうが、これが住民街であったなら、その被害は尋常でない物になっていただろう。 「ブレスまでよけるなんて。君は本当に凄いよ」 ブレス、その単語には聞き覚えがあった。強力な力を持った魔物の中でも、竜と呼ばれる種のみが使うことができる能力がそれだ。魔物自体が個体の存在であるために、その能力はそれぞれ異なるが、須く同じなのは、それが凄まじい力を持っているということだ。 デイモスが使ったそれが、竜が吐くブレスと同じだとは断言はできないが、少なくとも口で精気を収束させ、事象を発動させるなど普通考えられないことだった。 (殺すしか、ないか……) ルークに戦慄が走った。 初めから並の能力者ではないことは解っていた。だが異常能力者となると話は大きく異なる。おそらく、殺傷力のない攻撃をどれだけ放ったところで、彼を倒すことはできないだろう。現に、デイモスはルークの攻撃に耐えているのだ。それを打ち破るとなると戦い方を変えるほか術はない。 元々、ルークが死神と呼ばれた由縁は、相手を瞬時に抹殺できるだけの殺傷力を持っていたことにもあるのだ。それを解放すれば、おそらく勝てない相手ではない。 だがそれには大きなリスクもある。 (俺が、それに耐えられるか?) 問題はそれなのだ。状況が状況である以上、ルークは目の前の敵を殺すことは躊躇わない。それが戦いというものであることを彼は理解している。 しかし彼の精神は死の感覚と非常に共鳴しやすいのだ。この先、正体の解らない相手と戦わなければならない以上、ここで精神的に疲労するわけにはいかなかった。 (だが、こいつを倒さなければ前に進めない) みすみす逃してくれる相手ではない。しかしリニア達には確実に危険が迫っているのだ。それがルークを決断させた。 だが―― 「待たせたな」 不意に、ルークの後ろから籠もったような若い男の声が聞こえてきた。 「まったくだ」 ルークは少し皮肉混じりでそう言うと、小さく笑みを浮かべる。彼が戦いの場で笑みを見せることなど滅多にないことだ。それは安堵の表れでもあったのである。このジェチナでは、戦いにおいて、氷の閃光と呼ばれる彼以上に信頼できる人間はいない。 「詫び、と言うわけでもないのだが、ここは俺に任せてもらおう。見たところ君には辛い相手だろう」 見透かしたようにそう言ったヴァイスに、ルークは小さく頷く。そして、二人は言葉も交わさずに、同時に戦闘態勢に入った。 二人に、言葉を交わす必要はなかった。お互いに、自分たちがすべきことを心得ているのだ。彼らはそれが出来る技術の持ち主だった。 ルークは闘気を巡らせ、それを瞬発に用いた。一方、ヴァイスは邪眼の力を解放する。 ルークが飛び出すのと、無数のつららがデイモスを襲うのは全くの同時だった。 「小賢しいよっ!!」 デイモスは炎の槍を召喚し、それをつららに向かって投げつけると、標的をルークに定める。だが、それが仇となった。一筋の青い閃光がデイモスの胸を貫いたのだ。そしてその隙にルークはデイモスの横を駆け抜けていった。 「まさか氷に紛れて、短刀を仕込ませているとはね。でも……、これくらいじゃ僕は殺せないよ」 デイモスはそう言うと、にやりと笑いながら、自分の胸に刺さった短刀をゆっくりと引き抜いた。そしてその傷口は淡い光を放ちながら、ゆっくりと塞がっていった。だがヴァイスはそれに驚いた様子もなく、淡々と答る。 「承知している。もともと常套手段で死ぬような相手ならば、ルークが既に片づけている」 「じゃあ、君は彼より強いって言うのかい?」 途端に、デイモスの瞳に子供の輝きが宿る。しかしヴァイスはその問にゆっくりと首を振った。 「強さに関しては、彼の方が俺よりも数段上だ。だが、彼にはまだ仕事が残っているのでな。貴様などの相手はしていられないということだ」 「言ってくれるじゃないか。そこまで言うんだ。せいぜい僕を楽しませてくれよ」 デイモスは酷く興奮しながらそう言うが、ヴァイスはゆっくりとその首を振った。 「悪いが、断らせてもらう」 「え?」 刹那、ヴァイスの身体は、虹色に光りながら次第に崩れていった。それが氷であるとデイモスが気付いたときには既に彼の首に青い小刀が突き刺されていた。デイモスの瞳に映っていたのは、氷の鏡に映された幻影だったのである。 「これは、ついでだ」 そしてヴァイスは再び邪眼を解放した。 「アイシクルバイト!」 突然、それまでヴァイスの虚像を映していた無数の氷の欠片が、地を走りながらデイモスを中心に集束していった。それは獣が獲物を咬み喰らうように、多忙面からデイモスに向かって吸い込まれるように突き進んでいった。 「が、ぁ」 苦しげな呻きがデイモスの口から漏れる。彼はまるで針鼠のように、氷柱によって身体中を貫かれていたのだ。いかに再生能力があろうと、これでは再生が出来るはずもなかった。 「そ、んな、あの男よりも強いじゃないか……」 呻きながらヴァイスに手を伸ばすデイモスに、ヴァイスは冷ややかな瞳を見せる。 「勘違いするな。彼の名誉のために言っておくが、その気になればルークにとって貴様を殺すことなど造作もなかった。貴様の再生能力が働く前に切り刻んで、核を砕けばいいだけなのだからな」 ルークにはそれをする技量はあるのだ。ただ、彼の精神が相手の死を直接受けてしまうために、それをすることは強度の精神の消耗になる。ヴァイスもそれには気付いていた。 「そんなことはどうでもいいな。ジェチナを荒らしたあの男に組したのだ。罰を受けてもらう」 ヴァイスはデイモスの頭に手を乗せると、更に邪眼を解放した。そして、それにつられるかのように彼の周りには精気が集束していく。 「僕は、僕は竜の力を手に入れたんだぞ。僕はデイモスなのに……」 「死ね」 訳の解らない台詞で叫ぶデイモスに、ヴァイスは淡々と言葉を放った。同時に、デイモスの頭は一本の氷柱によって貫かれる。そして、氷柱が砕けると共にデイモスの身体は発光し始め、一つの宝石へと変化していった。 ヴァイスはそれを拾い上げると静かにルークが走り去った方を見つめた。
彼らは冥貴族、すなわちヴァンパイアを中心とした闇の眷属を束ね、実質、眷属の頂点に立つ者だとリニアは聞いている。 もっとも、それはお伽話の中でのみ生き残っている伝承ではある。ロードどころか、冥貴族はおろか、闇の眷属の末端すら、世間的には認知されていないというのが現状だ。仮に邪眼という力が目の前で使われたとしても、それは異種の魔術を使ったとしか人の目には映らない。 だが、リニアの目の前にいるその女は違った。 「どうしてコキュートスに次ぐ至宝の一つであるトゥースがここにあるのかしら。イウヴァルト」 髪も、服も、全身を黒で覆われたその女は、冷ややかに男を見据えながら、そう尋ねた。女は長い黒髪を垂らし、黒いマントを羽織っている。それはリニア達を襲ってきたあの男と同じもので、そのマントの下には、女が先程から着ていた黒い洋服を着ていた。 だが、先程までの彼女とは決定的に違う点、それは彼女の瞳だったのである。その双眸は、いつの間にか黄金色に変化しており、それがリニアに、彼女がディーアであるという認識を躊躇わせていたのだ。 「な、何故、俺の名を……」 恐怖に引きつった顔で、男はその女にそう言葉を絞り出した。女は首に掛けられた――リニアが見た彼女の十字架とは明らかに形が異なる十字架を右手で弄びながら、冷ややかな微笑を浮かべ、ゆっくりと答えた。 「私が聖地にいた当時の北の人間は全て把握しているわ。長い時間が経っているとはいえ、仮にも血を授けた自分の主の顔くらいは覚えていて欲しいものね」 女の言葉に、ようやく男ははっと何かに気付いたような表情を浮かべた。 「まさか、ヴェリス様……、なのか……」 男が口にした名前を聞き、リニアもまた驚愕する。誰もが知らないはずはないのだ。冥霊帝ヴェリス。かつて、世界を混沌の淵に引きずり込んだ反乱の首謀者、龍帝に仕えた四戦帝。その中の一人にヴェリスという女魔術士がいたはずだった。 「覚えていたようね。だけど、それよりも答えてくれないかしら。冥貴の末端に位置する貴方が、トゥースまで持ち出して外界に飛び出した理由をね」 口調は優しげなものだったが、その言葉に凄まじい威圧が込められていたのはリニアにも解った。ヴェリスという女を知らないリニアでさえ、その威圧感を感じているのだ。黒マントの男が、どれほどの重圧を感じているのかは、リニアには予想がつかなかった。 ヴェリスは、更に言葉を続ける。 「もし、トゥースの力を引き出したいという私欲のためにそれを持ち出したのだったら、北の元領主として、貴方を裁くわ。もっとも、私はジュールのように甘くはないから、覚悟はしなさい」 「あ、貴女とて、私欲のために眷属を裏切り、聖地を出たではないか。そんな貴女に裁かれる覚えはない」 ヴェリスの言葉に、男は滝のような汗を流しながら、そう言葉を返した。もちろんリニアには二人の会話の意味が解らなかったが、ヴェリスにはそれが理解できたようで、静かにその瞳を閉じた。 「そうね。確かに私は眷属を裏切った。けれど、私は王を裏切った覚えはないわ」 王という単語に、男は明らかに反応する。 「冥貴族は王のもたらした力によって存在する種。貴方は力を得るために交わした血の盟約に逆らったのよ。王の血を受けた者は領主に、領主の血を受けた者は冥貴の名を持つ。冥貴を支えるのは、盟約という名の血の系譜。貴方はそれを犯したのよ」 そして、ヴェリスはこう言葉を続けた。 「ジュールは、今の北の領主は、貴方が外界に出るのを許してはいないでしょう?」 ヴェリスのその言葉に男は身を震わせると、間を置かずして男はヴェリスに背中を見せた。だが、それはヴェリスの次の言葉によって遮られることになった。 「私の瞳は貴方を捉えているわ。それがどういう意味なのか、貴方には解るはずだけれど?」 それは圧倒的な力だった。ルークやバルクとは明らかに質の違う、どちらかといえばヴァイスに近い力の質。それに、この部屋にいるリニアと男はのまれていたのである。 しかし男は最後の意志力を振り絞って、ようやく一言だけ、言葉を言い放った。 「それは全て詭弁ではないか。領主だった貴女にならともかく、眷属を捨てた女にそれを裁く権利はないはずだ!」 必死に抗おうとする男に、ヴェリアは再び冷たい微笑を浮かべ、優しげな口調でこう答えた。 「そうね、所詮、冥貴の末端である貴方には解らないでしょうね。じゃあ、こう言わせてもらうわ」 そしてそれまでとはうって変わって、その瞳に凄まじい殺気を込めて、彼女は言葉を続けた。 「貴方は、リニアを傷つけた。ジェシカとレイシャもね。私が貴方に危害を加える理由はこれだけで十分でしょう?」 リニアはその言葉を聞き、初めてヴェリアがディーアに間違いないと認識した。おかしな話ではあるが、それまでは彼女がディーアであると納得することができなかったのだ。 そして、それを認知したとき、リニアはディーアが誰に似ていたのか、ようやくその答えを導き出していた。 だが、リニアがそれを頭で理解するよりも先に、彼女の耳には聞き慣れたディーアの声が聞こえてくる。 「リニア、目を閉じていなさい。見ない方がいいわ」 だがリニアはそれに従わなかった。従えなかったというのが正しいかも知れない。ここで目を瞑ってしまっては、『ディーア』が本当にどこかに行ってしまうかも知れないと思ったのだ。 しかし、ディーアはそれ以上は待たず、男との会話を続けた。 「まずは、右腕から潰そうかしら」 ディーアの言葉につられるように、男の右腕はぐしゃりと嫌な音をたてて潰れていく。男の絶叫が部屋の中に響いた。 「それとも、左腕を弾こうかしらね」 今度は男の左腕が一瞬膨れ、まるで内部から爆発するように、肉塊が弾けた。さすがにリニアはそれを直視できず、両目を塞ぐ。そしてリニアは、その暗闇の中で、彼女に似ている人物が誰であるかを確信する。 ディーアに似ている人物……。それはずっと気になっていたものだ。だがずっと解らなかった人物でもある。それは―― (ディーアは、ルークに似ている) 表面的な雰囲気は全く違う二人だ。だが、リニアを傷つけられ、こうも冷酷になれるディーアは、アサシンギルドにリニアが傷つけられた時のルークと全く同じ雰囲気を放っているのだ。 そして時折彼女が見せる哀愁の表情。それもまたルークに似ていたのである。 リニアがそんな事を考えていると、突然、場の精気が集束していくのを感じた。驚きながら目を開くと、そこにはディーアが何かを握りしめながら、苦悶している男を見据えていたのだ。 精気は彼女が握りしめている何かに集束していた。そしてまるでその精気が形を持つかのように、異形なる物が、何かを握りしめているディーアの手に現れ始めたのである。 「これが、貴方が見たかったトゥースの精霊、ベノムよ」 それは無数の、蜘蛛に似た小さな虫だった。その数は精気が集束していくに従って次第に増えていく。そして、数秒が経つ頃には、それはディーアの肘を覆う辺りまで、増えていた。 「自分が起こした事件だものね。貴方が、けじめをつけなさい」 そう言うと、ディーアは虫がまとわりついたその右腕を前に差し出した。瞬間、数えきれない数の虫が一斉に男に襲いかかっていったのである。 「た、食べてる……」 再び始まった男の悲鳴に、リニアはそれが何を行っているのかを瞬時に理解した。その虫は男の肉を喰らっていたのだ。言いようのない気分の悪さを覚え、リニアは耳を塞ぎ、もう一度目を閉じた。 五分ほどそんな時間が過ぎただろうか。ようやく男の叫び声が止み、それからしばらくして、リニアはようやくゆっくりと目を開くことができた。 だがそこにあったのは、惨状ではなく、酷く幻想的な光景だった。 目映いばかりの光を放つ虫が、赤い水たまりの上を飛んでいたのである。それは先程まで男の身体にまとわりついていた虫であった。そしてそれらはゆっくりと集まっていき、幾つかの光のまとまりとなっていった。 「行きなさい。ベノム」 残酷でありながらも、酷く美しい光景に心を奪われていたリニアの耳に、ディーアのそんな声が静かに入ってきた。そして、彼女の言葉に反応して、その光の塊は一層その輝きを強めたのである。その光は螺旋を描きながら空中を舞うと、部屋の天井を貫き、一斉に散っていった。 リニアがぽかんと貫かれた天井を見ていると、彼女は不意に暖かい両腕に、その身体を包まれた。 「ごめんなさいね、リニア。本当なら、眷属が関わっている事件に、貴女を巻き込みたくなかったのだけれど……」 それはディーアだった。表面的な雰囲気は全く別人であるが、内面から感じられる雰囲気は、リニアが知るディーアそのものだった。そのだめだろう。あのような光景を見せられた後だというのに、不思議と彼女が怖いとは思わなかった。 「えっと、貴女は、ディーアだよね?」 それでも、リニアはその答えを彼女の口から聞きたかったのだ。するとディーアは少し寂しそうな顔をしてそれに答えた。 「私はディーアだけれども、ディーアは私ではないの。ディーアは私が作り出した私の精神の欠片……。私が眠りにつく際に生み出した私の心の一部なの」 そしてディーアはその腕の力を強める。 「もう少し貴女達と一緒にいたかった。だから、ディーアは私をすぐに呼び起こせなかったのね」 ディーアはリニアを少し引き離すと、寂しそうに笑ったのである。そして男に殴られたリニアの頬を、優しく撫でた。 「痛かったでしょう? 本当なら、貴女にこんな思いをさせる前に、目覚めるべきだった」 悔いるようにそう言ったディーアに、リニアはふるふると首を横に振った。 「ディーアは私を助けてくれたじゃない」 彼女にとって、それは酷くありがたい言葉だったのだろう。リニアの台詞に、ディーアは小さく微笑んだ。そして彼女はもう一度リニアを抱きしめると、その耳に囁くように言った。 「お詫び、というわけでもないけれど、イウヴァルトに精気を抜かれた娘達には、精気を戻しておいたわ」 おそらくは、さっきの光がそうだったのだろう。リニアには良くは解らないが、ディーアが大丈夫というのだから、大丈夫なのだろうと納得する。 そしてディーアは更に言葉を続ける。 「あと、ジェシカとレイシャも大丈夫のよう」 「え? 本当に?」 その話を聞き、リニアの表情はぱぁっと明るくなる。ディーアはそんな彼女にゆっくりと頷いた。 「あの子が、ここに来ているもの」 「え?」 ディーアの不思議な言葉に、リニアは驚きの声をあげる。そして同時に、ディーアの雰囲気が再び重圧的なものに一変した。 「リニア、悪いけれど、もう少しだけじっとしていてね」 意味が解らず、リニアは声をあげようとする。だが、彼女の口から言葉が出ることはなかった。それだけでなく、身体もほとんど動かなかったのだ。 「リニア!!」 リニアがそれに気付くのと、聞き慣れた、荒々しい男の声が聞こえてくるのは同時だった。何とか顔を声のする方に向けると、そこには彼女が思ったとおり、ルークが立っていた。 そして、ディーアはその声に反応したかのようにすっと立ち上がると、彼女は信じられない言葉をこぼしたのだ。 「あら、早かったのね。もう少しでリニアの精気が奪えたのに」 驚いて上を見上げると、そこには先程のような冷淡な笑みを浮かべたディーアの顔があった。それは彼女の知るディーアのものではなく、おそらくヴェリアという女のものだったのだろう。 混乱する頭の中で、これから起こるであろう出来事に、リニアは強い不安を覚えていた。
|
<Back to a chapter /Novel-Room /Go to next chapter> |
---|