壊れてしまえば、楽だったのに・・・
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第二章 彷徨いの迷い子
〜Orphans〜
ヴァイスは、突然発動した圧倒的なルークの力に驚愕していた。 そう。圧倒的と言うしかないだろう。彼から発せられる殺気に、場の精気が留まることなく収束していっているのだ。しかもその収束の仕方に、異質な物は感じられない。つまり、純粋な魔力によって、それは成されているのだ。 (魔力がないはずではなかったのか?) ヴァイスは、その異常な程の精気の収束に、額から脂汗がにじみ出ているのに気付いていた。恐怖すら覚える。しかも、それが先程まで魔力の欠片すら見せていなかった人間なのだ。 だが、感情が高まるということは、それだけ隙ができるということでもある。ヴァイスはゆっくりと精神を制御し、恐怖という戒めを抑制する。そして彼は魔術を構成しようと意識を高める。 しかしそれよりも速く、ルークは動いていた。ヴァイスが気付いたときには、既に彼の目の前にはルークがいた。そして彼は握りしめた、闘気の籠もった拳を、そのままヴァイスの身体に向かって打ち込んだのだ。 ヴァイスは闘気を込めた両腕を十字に交差させ、その攻撃に備える。だが、彼の身体は、まるで重量のある鈍器にでも殴られたように、その場からはじき飛ばさると、そのまま進行方向にあった家の壁に叩きつけられた。 信じられない破壊力だった。如何に闘気を用いたとしても、闘気の防御を貫通して、これほどの威力を出せるとは考えにくいことだ。しかも、生身の人間がだ。闘気による防御がなければ、ヴァイスは致命的なダメージを受けていただろう。 そして、それはルークが人を殺すことに躊躇いを感じていないことを意味している。まるで別人だ。 そう。確かに、別人だったのかもしれない。ルーク自身、自分を包み込んでいるこの力には違和感を持っていたのだ。だが、そんなことに疑問をもつよりも、彼にはしなければならないことがあった。 (リニアっ!) ルークはヴァイスには目もくれずに、ヴァイスが殴り飛ばされた事で開いた道を、そのまま足に闘気を込め、物凄い瞬発力で駆け抜けた。 そしてヴァイスは、それを阻止しようとする様子もなく、ただじっと去りゆくルークの姿をじっと見ていた。 「どうして逃がしたの?」 ルークが去ってしばらくして、そのまま壁に身体を預けていたヴァイスの耳に、若い女の声が入ってきた。 「レイシャか・・・」 姿を確認するわけでもなく、ヴァイスが呟くように女の名前を呼ぶと、彼女は呆れたように言葉を返した。 「顔ぐらいこっちに向けなさいよ、全く」 言われて、ヴァイスは初めて彼女の方に振り向いた。そこには金髪の女が立っていた。歳は確か18だったとヴァイスは記憶している。彼の直接の上司であるキース=レイモンドの娘だ。 「で、質問に答えて」 彼女はにっこりと微笑むと、ヴァイスにもう一度そう尋ねる。とは言っても、彼女が心から笑っていないことくらいは、彼にも解っていた。彼女は話を逸らされるのをひどく嫌う。 仕方なく、といった感じで、ヴァイスは彼女の質問に答えた。 「今のルークは危険すぎる。確かにやりあえば、感情にまかせて動いている分有利ではあるだろうが、もし一撃でも喰らえば致命傷になりかねない。そんな危険な戦いをするような状況でもない」 淡々と答えるヴァイスに、レイシャは疑わしいものを見るような目で、彼に言った。 「本当にそう? あの女の事が気になってるんじゃないの?」 レイシャの言葉に、ヴァイスの瞳に怒りの色が浮かぶ。 「どういう、意味だ?」 それでありながらも、静かに、感情を抑えながら、彼はそう言った。だがレイシャは全く動じる様子もなく、淡々と言葉を続けた。 「別に。私情をはさんでないならそれでいいわ。それに、状況が変わったしね」 「状況?」 怪訝そうに、ヴァイスは言葉を返した。そして、レイシャの言葉を聞いた後に、彼は大きく目を見開いた。 「馬鹿なっ! どういうことだっ!!」 それまでの冷静なヴァイスとはまるで別人のように、彼は声を荒立てながら、レイシャの肩を掴んだ。 「痛いわねっ。そんなに力入れないでよっ! 第一、私に聞いても仕方がないでしょ!!」 自分でも手に力が入っているのに気付かないほど、ヴァイスは興奮していた。彼はちっと舌打ちを打つと、そのままレイシャの肩を放し、ルークが走り去った方向へ、走り始めた。 ヴァイスがいなくなった後、レイシャは走り去った彼に向かって小さく呟いた。 「全く、損な生き方しか出来ない男ね・・・」 彼女のその言葉は、漆黒の闇に包まれるように、ジェチナの闇に消えていった。
「来るなって言っているでしょう!!」 荒々しい、ジェシカの怒鳴り声が、静寂の街の中に響きわたる。彼女は、リニアを護るようにして、迫り来るギルドの暗殺者達と対峙していた。 「おいおい。大人しく捕まれよ、ジェイクの妹」 暗殺者を指揮する、アサシンギルドの幹部であるワームは、にやにやと下賤な笑みを浮かべながらそう言うと、ゆっくりとジェシカに近づいていった。 「黙って着いてくれば、手荒な真似はせずに、優しく可愛がってやるぜ。もっとも、俺はどっちでもいいがね」 そう言って、ワームはその笑みをより好色の物にする。リニアは途端に耐え難い悪寒のようなものが走るのを感じる。彼女はそれほど人を選り好みする方ではないが、彼女の本能は生理的に彼を受け付けなかったのである。 「ふざけないでっ、誰がリニアを渡すもんですかっ! 特に、あんたみたいな下衆にはっ!!」 どうやら、ジェシカもリニアと同じ感覚を味わっているようで、あからさまに不快な表情を浮かべていた。だがワームはそれすらを楽しむかのように、未だその笑みを止めようとしなかった。 「忘れるなよ、こっちにはバルクがいるんだぜ。てめぇらがどう足掻いても、逃げられやしない。そして、死神様も今頃切り刻まれてるだろうぜ。ヴァイスは奇妙な術を使うからな。魔術を使えないカス如きに負けることはないだろ」 そう言って、ワームはバルクの方を振り向いた。当のバルクは、ひどく忌々しそうに、ちっと舌打ちをする。どうやらバルク自身も、彼のやり方には嫌悪感を抱いているようだ。 だが確かに、逃げ道はなかった。気付いた頃には、ギルドの暗殺者達に周りを囲まれていたし、他の暗殺者はともかく、バルクを切り抜けるほどの力は、リニア達にはない。だが・・・ (一か八か、駄目でもともとよ) 彼女は密かに決意をしていた。その右手には、一本の短刀が握られていた。赤い、鱗のような模様が刻み込まれた短刀・・・。リニアはその短刀に呼びかけるように叫んだ。 「炎の怒りよっ。我が道を遮りし者達を貫けっ!!」 彼女が言葉を吐いた刹那、彼女の周りに精気が収束し始める。それも、かなりの速さでだ。 「ファイアランスっ!!」 次の瞬間、リニアの手に溢れんばかりの炎が宿ると、その炎は二本の槍となって迸り、ワームに放たれた。指揮官さえいなくなれば、場が混乱する。そう踏んだのだ。それ自体は悪い作戦ではなかっただろう。 だが彼女のその想いも空しく、それが叶うことはなかった。 「光よっ、我が前に現れ、我を護れ! ライトカーテン!」 そう叫びながら、ワームが右手を差し出すと同時に、彼の眼前には光の幕が展開する。そしてそれはリニアの放った魔術を遮った。 「残念だったな・・・。どうせ俺が何の能力も持たないボンクラとでも思ったんだろうが、ボンクラでギルドの幹部は務まらないんだよ」 ワームはそう言うと、笑みを一層深めながら、最後にこう付け加えた。 「交渉決裂だ。楽しませてもらうぜ」 そして、ギルドの暗殺者達が動いた。
乾いた音が、夜の街に響く。そして、少女の口からは、赤い一筋の雫が流れ落ちた。 「いい加減に、良い返事を聞かせて欲しいもんだなぁ、お姫様よぉ」 少女の目の前にいる男は、下賤な笑みを浮かべながら、彼女の胸ぐらを掴み、リニアを吊り上げながらそう言った。 少女――リニアは、口の中に血の味が広がっていくのを実感していた。何度かの平手打ちにより、彼女は口内を切っていたのだ。だが、リニアはぶんぶんとクビを横に振ると、ワームを睨み付けた。 「いや、よ、絶対に。貴方達なんかに、負けたりしない・・・」 リニアは目にいっぱいの涙を溜めながら、ワームに向かって、そう言い放った。みんなの協力を無駄にしたくなかった。そして、何よりこの男に心を制されるのだけは、どうしても我慢がならなかったのだ。 しかしその男、ワームはまるでその返答を待っていたかのように、にぃっと笑うと、さも可笑しそうにリニアに囁く。 「本当は別にどうでもいいんだぜ。ただいくらか協力してくれた方が、事が楽に進むだけだからな。だけどな、協力してくれないなら協力してくれないで、色々と俺達も無茶をできるわけだ。例えば、ジェイクの妹で楽しませてもらうとかな」 そう言って、ワームは後ろをちらりと見る。そこにはぐったりと横たわっているジェシカの姿があった。 先程まで彼女は、バルクによって俯せで組み伏せられながらも、怒鳴り続けていたのであるが、ワームに腹部を何度も蹴られ、そのまま意識を失ったのだった。 「貴方はっ!!」 リニアは、深い、憎しみの瞳を、ワームに向けた。だがそれに怯むような男ではない。彼はまるでその視線に、快感を覚えるかのように、再び下賤な笑みを浮かべると、もう一度リニアの頬をはたいた。 「俺が聞きたいのはそう言う言葉じゃないんだよ。協力するのか、しないのか、それだけを答えればいいんだ」 「・・・・・・っ」 リニアは、思わず呻く。口内の痛みと、屈辱、そして何もできない自分に対してだ。ジェシカの倒れている姿を見て、更にそれが感じられる。 (ごめんなさい、ルーク、御母様) 拒むことは、できなかった。ルークを信じ続けられないことも、母親の足手まといになることも、耐え難い事ではあったが、目の前で倒れているジェシカを見殺しにすることは彼女には出来なかったのである。 そして「協力します」とリニアが言おうとした、その時だった。 「リニアっ! ジェシカっ!」 そこに現れたのは、ルークだった。彼はひどく息を荒らしながら、リニア達が来たのと同じ通りから、出てきたのである。 「るー、く」 瞬時に、リニアは強い安堵感に包まれる。安心して良い状況ではないのにも関わらずだ。だが彼が来てくれたことが、彼女にはひどく安心できたのだ。 不意に、それまで我慢していた涙がこぼれ落ちていく。 「り、にあ」 だが、そのルークの様子は、いつもの彼とは異なった。まるで、空虚を見るかのように、虚ろだったのである。 彼の漆黒の瞳には、リニアと、彼女の口から流れる赤い液体が映っていた。そして、彼の脳裏には、それとは別の映像が浮かんでいたのである。 『ごめんね』 あの人の最後の言葉が、ルークの頭の中に響きわたる。それはひどく懐かしい声だった。彼が最も大切に想っていた相手の声・・・。彼の、母親の声だった。 (どうして、謝ったの?) (僕は、母様を護りたかったのに・・・) (僕が、護っていたのに・・・) (僕は、やっぱり母様を苦しめていたの?) (この家を出ることを望んでいたから?) (それとも、あの男の息子だから?) (あの男と、同じ名前だから?) 『違うよ・・・』 (え?) 『お前は、母様の死を望んでいたじゃないか』 (違う・・・) 『違わないさ。お前は恨んでいたじゃないか!』 (恨んでなんかいない・・・) 『嘘だ。自分にあの男の名前を付けたことを、そして、自分をあの家に縛り付けていたことを恨んでいたじゃないか! 壊れることも許されず、ただお前は苦しんでいたじゃないか!』 (それは、母様が望んだ事だからっ・・・) 『だから恨んだんだろう? 母様は、それを感じていたんだ。そして、苦しんでいたんだ』 『母様の心を苦しめたのは、お前だよ。母様の心を殺したんだ』 『本当に殺したのと、何が違う・・・』 『お前が殺したんだよ』 『母様を残して消えた、あの男と同じように・・・』 「そうさ、何も違わない・・・。俺はあいつと、何も変わらないっ」 こぼれた、ルークの言葉に、ワームは訝しげな表情をする。 「何を言ってやがる。おい、バルク、こいつは邪魔だっ、片づけろ」 彼の目には、ルークは満身創痍という風に映っていた。ヴァイスに受けた傷は、それほど目立つ物だったし、例えヴァイスに勝利してここに来たとしても、かなりの苦戦をしただろうと、彼は踏んだのだ。 あとはバルクをぶつければ、それで済む。少なくとも、そこにいる一同は、そう思っていた。当の本人である、バルクでさえも。 「悪いな、ルーク。気が進まない命令ではあるが、一応仕事でな。お前には眠ってもらうぜ」 バルクは、そう言うと、ルークに向かって瞬速の速さで突進した。だが・・・ 「邪魔を、するなぁぁぁ」 突然ルークがそう怒鳴り声をあげると、彼の姿は閃光になり、次の瞬間には、突進してきたはずのバルクは、物凄い勢いで、それまでの進行方向とは全く逆の方に弾け飛んだ。そしてそのまま地面に叩きつけられ、動かなくなる。 それは一瞬の光景だった。その動きを捕らえることができたものは、いないだろう。ルークは、一瞬にしてバルクとの間合いを詰め、彼の頬を殴り飛ばしたのだ。しかも闘気を込めずに。 結果として、バルクは命は取り留めていた。だが、自分の突進力と、異常なまでに強化されたルークの腕力によって、彼は一撃で意識を刈られたのである。 「バ、バルクさんっ」 暗殺者のうち、二人ほどがバルクの元に駆け寄るが、ルークにはそんな事はどうでも良かった。 「殺してやる」 凄まじい殺気の籠もった声が、辺りに重く響く。場の一同は、それに恐怖を覚えた。リニアも含めてだ。だが、ワームだけが、平静を装いながら、言葉を返した。 「けっ、こっちには人質がいるんだぜ? いくらお前が速くても、お前が仕掛ける前に、この娘を殺す自信はあるぜ」 だが、その言葉が終わる前に、ルークは動いていた。彼の姿は、一瞬ぶれると、次の瞬間にはワームの目の前にいた。そして一筋の閃光が舞うと同時に、ワームはそれまでリニアを掴んでいた右腕の感覚を失った。既に、その腕はもう彼の胴体から、切り離されていたのである。 リニアはようやく戒めから解放され、地面に尻餅をつく。そして咳き込みながら、ルークの方を見る。瞬間で彼は左手で、ワームの首を掴んでいた。人間離れした握力でだ。 絶叫を放つほどの痛みを味わっているであろうワームが、叫べなかった理由はそこにあった。だがワームはあまりの苦しさに藻掻いていた。左手で、必至にルークの腕をかきむしり、先が無くなった右腕を狂ったように振り回す。そのせいで、辺りにはおびただしい量の血が飛び散り、地面を赤く染めていた。 「お前は、俺と同罪だ・・・」 ルークが、そう呟いた。その言葉に、リニアは強い危機感を感じた。一瞬、リニアは彼が虚を使っているのかとも思った。だが、彼の目は正気だった。だからこそ、彼女は危機感を感じたのだ。 「駄目っ! ルーク!! 壊れるっ!!」 リニアは、残り僅かの体力を振り絞って、口内の痛みに耐えながら、そう叫んだ。壊れる・・・。その場にいた者は、おそらくその意味が、ワームに対する物だと思っただろう。 だが、彼女の意図はそれではなかった。壊れるのは、ルークの心だ。ルークの心は、死という感情に敏感であるからだ。 ルークは、人を殺した後には、例え虚を使って、死の感覚を誤魔化していたとしても、確実にその後に、吐くほどの、罪悪感を味わっていたのである。だが、虚を使うことで、それは半ば自分の行為ではないように、錯覚させていたのだ。 リニアはその事は知らなかった。だがこのまま、虚を使っていない状態のまま彼が人を殺せば、彼の心が壊れてしまうことは、なぜだか彼女には解った。 死の感覚と、人殺しに対しての罪悪感とを、同時に受け入れることができるほど、彼の心が強くないことを知っていたのである。 彼の精神は、死神であるにはあまりにも繊細で脆く、そして優しすぎたのだ。 だが、今回は、リニアの声は、ルークには届かなかった。というよりも彼自身が聞こうとはしなかったのである。 (もう、リニアにあんな想いをさせるものかっ) 今、ここで状況を変えなければ、リニアはこれからも狙われ続ける。だから、彼はその手をはなさなかったのである。 (俺は、あの人も、リニアも護れなかったんだ) 何より、ルークは自分が許せなかった。彼はその手の握力を、次第に強めていく。今のルークにはワームの首を握り潰すことなど、造作もないことだ。だが、すぐに殺す気など毛頭なかった。なにせ目の前の男は自分と同罪なのだから・・・。 リニアには、もう止められなかった。止める術がなかった。彼女の声は、もう届かなかったのである。その事に愕然としながらも、彼女は混乱する頭で、何とか彼を止める術を考える。 だが、ルークを止めたのは予測もしなかった人物であった。 「やめろっ、ルーク=ライナスっ」 その声と同時に、ルークに向かって一筋の閃光が迸った。だが、それはルークに当たる事はなく、彼の側の地面に激突すると、そのまま地面を穿った。 しかしそれによって、ルークの視線は、それを放った男に向けられた。そこにいたのは、ヴァイスだった。 「その男を殺せば、俺は立場上お前達を捕らえなければなくなくなる」 「何を言っている。仕掛けてきたのは貴様らだろう!」 ルークは怒りにまかせて彼を怒鳴りつける。彼の言っていることは、滅茶苦茶である。どちらにしても、リニアを捕らえようとしていることには違いがないのだから。だが、次のヴァイスの言葉は意外なものだった。 「アサシンギルドは、彼女から手を引いた」 「なっ」 一瞬、ルークはおろか、その場にいた全員が、その言葉に驚いた。だがヴァイスは構わず言葉を続ける。 「赤珠国王家が、ミーシア=サハリンという分家の王女の死亡を表明した」 「どう言うことだっ!!」 ヴァイスから出た言葉に、ルークは思わず気絶しているワームを投げ捨て、彼に向かって怒鳴りつけた。そんな彼に、ヴァイスは自分が知っていることだけを告げた。 「赤珠王家は昨日、国内でサハリン家長女の死亡と次女の生存を表明し、今日、長女の葬儀が行われた。赤珠国では、長女の死体を確認したという話になっているらしい」 「まさか・・・」 死体など、確認できようはずもない。なにせ、彼女はここにいるのだから。 (リニアを、切り捨てたのか?) 不意にそんな事が思い浮かび、ルークは思わずリニアの方を見た。だが、何故かリニアは安心したような表情を浮かべていた。 「よかった」 彼女の口から出たその言葉に、皆が耳を疑っただろう。だが、彼女は周りに構うことなく、言葉を続ける。 「アーシア、ちゃんと戻れたんだ。これで御母様の足手まといにならなくてすむんだ・・・」 満足そうにそう呟くと、リニアはその場にぺたりと座り込む。彼女にしてみれば、ようやく心配の種が無くなったということなのだろう。皆が、そう思った。 だが、リニアの瞳からは、大粒の涙がこぼれだしていた。それは、痛みによる涙でも、安堵による涙でもなかった。 「あれ? どうして涙が出て来るんだろ?」 リニアは、頬を伝う涙を腕でごしごしと拭きながら、次第にひどい寂寥感が襲ってくるのを感じていた。彼女は、解っていたのである。自分が捨てられたことに・・・。 「おかしいなぁ」 それでも、彼女の精神は、それを認めようとはしなかった。認めてしまえば、心が崩れるのが解っていたから。ずっと強さを保とうとしていた彼女には、それが出来なかったのである。 だが、不意に彼女は、自分が暖かい何かに包まれるのを感じた。 「大丈夫だ。大丈夫だから」 それはルークの声だった。彼自身、何が大丈夫なのかは解らなかった。だが何とかリニアを安心させようと、そうリニアを抱きしめたのだ。 リニアは心が満たされていくのを感じながら、片方で自分の心が崩れていくのを感じていた。そして彼女は支えてくれるその暖かさに護られながら、大声で泣いた。
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