ベンチュリー管の謎


ベンチュリー管を付けた3295号

小林戦隊長機3295号のベンチュリー管(空気取入口の右上)



ベンチュリー管とは

 現代の航空機のジャイロ計器は電気式だが、かつては旋回計、水平儀などのジャイロを駆動するために、ベンチュリー管 (2重ベンチュリー管のこと、吸気ポンプとも言う)を使った。これは、ベルヌーイの定理を応用して、計器に繋がった管の中に、飛行速度に関わらず一定の空気流を発生させ、それによって風車を回し、ジャイロを回転させる仕組みである。

 ベンチュリー管は、「赤トンボ」などの低速機ではプロペラ後流の流れる胴体側面に装着されたものもあるが、3式戦のような実用機では、通常、エンジン補機後方に装着されて外からは見えないものである。

 ところが、244戦隊の3式戦のなかには、ベンチュリー管を操縦席左前方の胴体外側に取り付けたものが、写真によって複数確認されている。このような機体は他の戦隊には認められず、おそらく244戦隊独自の改修によるものと思われる。

大馬力の単発機や多発機では、エンジン駆動の真空ポンプを用いるのが一般的。真空ポンプとベンチュリー管を併用した例もあった。

ベンチュリー管

日本航空整備協会編 『航空計器』より。アンダーラインは筆者記入



ジャイロ式射撃照準器

 これはいったい何のための装備なのか…。私は多くの関係者に質問を重ねてきたのだが、ようとして判明せず、数年前の244戦隊会に資料を持参して出席者に意見を求めたこともあった。が、その反応の多くは「こんなものが付いていたとは、いま初めて知った…」というもので、唯一の収穫は、「何か装備品の試験を依頼されていたような気がする」との証言のみであった。

 このように情報は皆無に近いのだが、現時点での結論を言えば、このベンチュリー管は
ジャイロ式射撃照準器(公刊戦史叢書によれば、メ101という名称)用のものだと私は考えている。他には、まずあり得ないからである。

 3式戦の場合、本来搭載している旋回計以外に、例えば水平儀や定針儀を追加装備するにしても、運用上の必然性が認められないし、操縦席や計器板に何らかのオプション装備があったという証言は皆無である。

 高々度性能向上のための重量および空気抵抗低減が至上命題であった時期に、これらに反する装備を追加するというのは矛盾でしかなく、考えにくい。つまり、追加ではなく、本来の装備品が新型に交換され、それが新たなベンチュリー管を必要とした可能性が高いのである。

 当時、計器以外でベンチュリー管を必要とする戦闘機用装備(つまりジャイロ内蔵のもの)は、ほぼ実用化の段階に達していたと言われるジャイロ式照準器しかなく、戦隊の一部の機体にしか装備されなかったのも、少数の試製品だったからだと類推できる。

 菊池俊吉氏撮影による生野大尉機88号は、操縦席のクローズアップではベンチュリー管を外しているが、別の飛行シーンでは取り付けている。またクローズアップでは、故意か否か不明だが、生野大尉は照準器部分を手で覆い隠しているのである。
 これらは、このベンチュリー管を必要とする装備の機密性の高さを示していると推察され、当時極秘事項であったはずの新型照準器が、それである蓋然性を高めるものと私は判断している。

 なお市販出版物の中には、このベンチュリー管を
速度計測用と説明しているものがある。一般航空マニアの間では、むしろこれが常識だと聞き、驚きを禁じ得なかったが、吸引圧発生用のベンチュリー管で対気速度を計るのは不可能である。もし万が一、本ベンチュリー管が吸引圧用ではなく対気速度計測用であったと仮定しても、プロペラ後流の中では無意味であろう 。

初期のベンチュリー管は、ピトー管が発明される以前の航空黎明期には速度計測に用いられたが、これは本件のベンチュリー管とは別物。


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