第72話 「”分相応”」
ONEPIECEは只の冒険海賊漫画ではなく、妙に深いテーマを持ちこんで来るのも魅力である。
このアーロン編では「魚人」が登場し、人間を下等として扱う。
結局アーロン編だけでは何とも言えないが、グランドライン進入後、また魚人が登場する予定のようであり、
もしかしたら魚人と人間の関係から民族問題を描くつもりなのか?そんな雰囲気を伺わせる回である。
だが、ここまでに「魚人」というものを全く描いて来ていないし、アーロン編以後はまた魚人の話は無くなるので、
下手に描こうとすると浮く危険性は十分である。人間以上の存在・「魚人」をあまり物語の中心として深く描くつもりがないのなら、
手を出さないのが賢明だろう。現にここまでのエピソードで、魚人の存在は、唐突過ぎて物語世界に定着しきっていない。
またこの後グランドライン進入後に「国」というものをテーマにして結構深く描いているので、
「民族問題」を描こうとしている、と言う予想も、あながち単なる妄想とは言えないのではないか。
ここらあたりからただ一過性の、奪うだけの海賊行為ではない、統治する、という概念を持ちこんでいるのは
この後の「国」についての展開への伏線だろうかとも思わせる。
ONEPIECEがここまであまりに周到に伏線を張ったり物語を積み上げたりしているので、尾田氏の構想がどれだけのものなのか、
予想出来ないだけに非常に怖い所である。勇み足をしすぎないよう、願いたい所ではある。
第73話 「”偉大なる航路(グランドライン)”から来た怪物」
アーロンはじめ魚人たち、はっちゃん、チュウ、クロオビは、それぞれなんらかの魚介類の魚人であるのが明言されている。
しかしよく見るとアーロン一味の子分達も、どうもそれぞれ元となる魚介類があるようだ。
わかった限りではマンボウの魚人(シャカシャカ…ウッ!と言ってる…ウッ!マンボ!ってことだろう)、
金魚の魚人(額に金の字+顔の横のひれがそれっぽい)、鮭の魚人(「酒」と書かれた酒瓶を持ってる)、鯉の魚人(額に「恋」の字)、など。
こういう単なる記号的ザコキャラをそれだけに終らせず、キャラクターを持たせる所が、相変わらず凄い所である。
作品世界のキャラクターはそれぞれに生きている、それを主張する描写を貫いている。
そしてナミの過去の回想…アーロン海賊団が村を襲ってきたところで、きちんとこれらのザコ魚人達の何人かは登場しているのだから、
徹底している。さすがである。
第74話 「”仕事(ビジネス)”」
さて、長編漫画で連載が長くなって行くと、どんな作品も大体絵柄が変わって行く。
これは実際漫画を書いたことのある人間でないと分からないのだが、どうしても、一様でいられない。
原因は分からないが、私はその間の作者自身の人間性の変化が、絵にも反映されてしまうのだろうかと思う。
翻ってONEPIECEはどうかというと、絵柄そのものの違いは他作品と比べるとかなり小さい方だと思える。
だが一点、連載開始当初から明らかに変わっている所がある。
1巻の頃の絵と、この頃の絵と、明らかな変化がある。良く見比べて欲しい。1巻の頃の絵の方が、実は綺麗だとは思えないだろうか?
何故か?線をよく見て欲しい。キャラの一番外側の線が、細くなって来ているのがわかるだろうか。
絵としての見栄えを良くするためには、一番外側の線を太くくっきり、顔や服のしわなどは細い線で描くのが基本である。
それなのに、逆行しているのである。
仕事が忙しくなって、いちいちぺン先を太いのと細いのと持ち変えるのが面倒になったのかは知らないが、
これによって明らかに絵の雰囲気が変わって来ているのが分かると思う。
(ついでにアップの時も一番外側の太い線を一本の太い線で描かず、細い線を束ねるようになっている)
では、手抜きになってしまったのか?というと、そうとばかりも言い切れないのである。もう一度初期の絵と今の絵を見比べて欲しい。
今あって、初期の絵にないものはないだろうか?
もうかなり感覚的なものなのかも知れないが、比べると
動きの自然さや、キャラクターのリアルな存在感と言うのは、初期のものよりも現在の方が上なのである。
漫画の絵の線と言うのは、よく見れば分かるが、一様な太さではない。同じ顔の輪郭でも線の太い所と細い所がある。
しかし、そのコントロールは非常に微妙であり、綺麗な絵を描こうとすれば、慎重・丁寧になる。それだけ、勢いは殺がれる。
絵は、描くもののメンタリティが直接に反映される。綺麗な絵を描こうとすればするほど、実は心が集中し、落ちついてしまうため、
絵から勢いが無くなるのだ。
そして、この作品に求められるのは綺麗さか、勢いか?それを考えれば、この変化が好ましいものだということは、わかると思う。
第75話 「”海図と魚人”」
前話の続きで絵の話。太線が使われ無くなったことにより、絵の中のメリハリが小さくなって来ている。
その一番の影響を受けるのは、ゴチャゴチャした画面である。
人間の輪郭を太い線で描き、背景などを細い線で描くと、絵にメリハリが出来、見やすい。
逆に線が一様になってしまうと、どれが主なのかわからず、見づらい。
またも初期の絵と見比べてもらいたいのだが、初期の絵は、一枚の絵を、パッと見た瞬間に何が描いてあるか判別しやすい。
それに比べ、今は…
具体例としては、海軍が撃ってきた大砲をアーロンが噛み砕き、「交渉は?」「ナシだ」のあとの、魚人達が「海戦だ!」と騒ぐシーン。
もうゴチャゴチャである。この辺になると結構微妙である。
あまりしっかり描きすぎれば絵が画面から浮き、勢いに乗ればゴチャゴチャになる。バランスが難しいのである。
こんな傾向の中、本作で多用される効果線を使うより「どん!」とかのデカ文字を使う方策は、
ゴチャゴチャ感を取り除く一助になっており、まさにうってつけの演出といえよう。
第76話 「”ねる”」
絵の話ばかりで来たのでストーリーの話を。
題名の”ねる”の通り、ルフィはナミの反応を見て倒れたと思ったら寝てしまう。さすがにこの展開はやりすぎのように感じる。変すぎる。
この後の展開の組み立てやすさから言うと、たしかにうまいのではある。
ルフィを敢えて外してしまうことで、一騒動後にナミと接触やすくなるわけだ。
ここでルフィにまともにショックを受けさせると、ルフィの心情までしっかり描かないといけなくなってしまう。
しかし、それにしても、変すぎる。
ルフィがいくら天真爛漫の天然ボケとはいっても、だからといってなにをやっても許されるわけではないし、
性格がつかみどころなさ過ぎると、ルフィのキャラクタのリアルさまでもが失われる。
「なんだかわからない」ということは「なにをやってもいい」というわけではないのだ。
しかも、ルフィはここまで「何だか分からない」キャラではなく、「直感で行動してしまう愛すべきバカ」だった。
だが、この「ねる」は、それとは明らかに違う。キャラ描写より話の展開を重視した、と言う事だろうが、
主役のキャラ描写を軽視するのもどうだろう。
だが、ならどうするのがいいんだよ、と言われると困るのではあるが…
第77話 「”夢の一歩”」
ナミの回想シーンに突入である。ここでようやくナミのセリフに出ていた「ベルメール」の正体が明らかになる。
それにしてもうまい。ノジコ・ナミ・ベルメールの三人模様が見事に描写されている。
ルフィ・ゾロ・ナミ・ウソップと、回想シーンでの子供時代の性格と、現在のキャラクターに一貫性があり、リアリティを感じさせる。
それに加え、ここではノジコまでもが現在の姿と相俟って、リアルなキャラクターに成長しているのも見所である。
また、平和な日常シーンはあまり描きこみせず、すっきり白っぽい画面、
アーロン襲撃からの緊張感あふれるシーンは、効果線や描き込みをふやして黒っぽい画面、
というメリハリで演出も相変わらずの秀逸である。
「アーロン一味だ…!!!」「アーロン!?」「そんなバカな!」のコマで中心にドラえもんの紳士バージョンみたいな変なキャラがいるが…
この程度の遊びは一応許容範囲か?話の勢いがあるから気にもならないが、一歩間違えば大変な水差しになっているような気がする。
第78話 「”ベルメールさん”」
ONEPIECEきっての名エピソード。
高いテンション・巨大な悪役・悲劇のドラマ・それにザコ海賊たちの書き分け(前述の金魚・マンボウなどが登場している)
・お遊び要素(海賊の中にパンダマンが紛れ込んでいる)。各名物要素が満載である。
空手家の筈のクロオビがサーベルを使っていたりなど、気になる点はあるが、
そんな事を気にさせないパワーと勢いに満ち溢れた回である。言う事ナシ。
最後のページの巨大銃声でしめくくる演出もドラマのテンションを異常なまでに引き上げている。
第79話 「”生きる”」
前話の勢いそのまま最高のテンションで駆け抜ける。
ノジコやナミの絶叫の迫力は、女性キャラの顔を崩して描けない作風では絶対に出ない。
最初の方に書いた、口を大きく開ける演出が遺憾なく発揮されている。
また、ストーリー的にも丁度伏線を使い切ろうと言う所で「海軍本部」という新しい伏線を持って来る絶妙な構造である。
読者にとって、アーロン打倒後はグランドラインへ行くことになるのだろうと言う予想はあるが、
グランドラインについての情報が殆どなく、そのため、先の展開の期待形成が困難になって来所である。絶妙のタイミングである。
第80話 「”罪は罪”」
ストーリーは一気に急展開していく。この長くも短くもない、丁度いい勢いのストーリー運び。バラティエ編とはえらい違いである。
この話では、ルフィとサンジがズレっぷりを見せているのだが、どうも印象が違う。
サンジは勘違いばかりだが、ルフィはまるで全てを分かっているかのような天然ぶり。
ここまでの展開もサンジは場違いな挨拶をナミに送ったり、
怒るゾロに対し、仲間だったら一番言ってはいけない傷の部分に触るようなセリフを吐いたり、
わけのわからない勘違いセリフ(「ナミさんの胸のどこが小者だぁ!」)を言ったり。どうも、浮いている。
大体、ウソップは少なくとも他の三人に認められて仲間入りしているが、サンジはルフィだけしか仲間にしたがっていない。
それに加えてバラティエ編のつくりのまずさを引きずり、どうも彼がルフィ海賊団に調和するのはまだ先のようだ。
先に進めば進むほど、尾田氏がサンジの扱いに苦慮しているような雰囲気を受けざるを得ない。
少なくともアーロン編でのここまでの彼の言動は、彼のキャラ定着を遅らせる方向でしか作用していない。
まさに「涙」…
第81話 「涙」
ネズミとアーロン、二人の悪役を見事なまでに悪に描き切り、この後のルフィらの戦いから迷いを排除する。
これだけ悪いんだから、ぶちのめして構わない、という描写である。
この徹底した描き込みは、クロ→クリークを経て、かなりレベルが上がって来ているように思える。
そして、感動の「助けて…」のシーンである。立ち上がった村人達の喧騒と、一人残されたナミの静寂。
それを描き込みの多い黒っぽい画面と、描きこみの少ない白っぽい画面による演出。
また、ナミのアップとルフィのアップが印象深くなるよう、その直前のマスではワザと小さく画面構成されている。
さらに助けて…のあとのルフィの後ろ、「ザワッ・・・」という効果音。
まさに読んでる側に鳥肌が立ったことを見透かしているように、置かれた擬音語。そして出撃。
この回はここまでのワンピースの中で最大のテンションを内包した傑作エピソードだと言って、間違いないだろう。
友のピンチを救う為、立ち上がる仲間たち。王道ではあるが、だからこそ燃える。
むしろ「王道」という言葉をよい意味に響かせる、それがONEPIECEの凄さの証明なのだ。
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