海賊版資料
「狂気のONE PIECE全話解説」

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狂気のONE PIECE全話解説
 ・以下の文章は 某所 での29条3項様の解説をほぼ原文で掲載させて頂いております。
 29条3項様には改めて御礼申し上げます。
巻六 「”誓い”」

第45話 「”嵐前”」

   相変わらずのテンションとテンポで見せてくれる、厨房でのルフィとコック達のドタバタが見所。

   注目は、テンポを失わないために一コマにセリフを大量にたたき込む所。そして作画面でも、厨房の
  騒がしい様子を描写するために、効果線や効果音をやたら書き込む。ゼフがコック達を静める場面と
  普段の作業場の場面では、全くその雰囲気が違うのを見比べて欲しい。

   尾田氏の絵は丁寧に描き込まれているので、「画面上に沢山のものが書いてある」だけではあまり
  ゴチャゴチャした感じはしない。そこにちょっと雑な(失礼)文字で”ボオオオオオオ”とか”カーンカン!”
  とか入ることで随分印象が変わるのが分かると思う。


第46話 「”招かれざる客”」

   ここで注目すべきは冒頭のサンジとゼフのやりとりの、コマ構成の妙である。30ページ、サンジが「て
  めえが俺を追い出そうとしてもな!!…」のセリフの後の2コマ目。サンジとゼフのセリフ交し合いである
  が、サンジ→ゼフ→ゼフ→サンジというセリフの流れを1コマで自然に見せている

   普通はここは2コマに分けるところである。というのは、普通ならサンジのセリフの吹き出しを大きくサ
  ンジの方に引っ張らないといけなくなるからで、画面が汚くなるのだ。ところが、このコマではサンジの足
  だけが右の方に伸びていることでそれを回避している。

   詳しく説明しよう。日本の漫画は右から読んで行く流れになる。このコマで言えば、最初に目に入るの
  はサンジのセリフである。しかしサンジの全身は未だ目の中に入って来ないわけだ。ところが、右に伸
  びた足だけが、(白い画面に黒い足ということもあり)目の端に引っ掛かる。よって、このセリフをサンジ
  ものだとサンジが目の中に入って来ないにもかかわらず認識出来る。そしてゼフの姿とセリフを読んだ
  後に最後に目を左まで持って行くと再びサンジが認識される。

   テンポを切らないために1コマになっているのだが、画面としては遠くからサンジが叫んでるのをあしら
  って歩いて行くゼフと、歩いて行くゼフを見つめて「口の減らないじじいだ…」というサンジの姿という2種
  類の絵を流して見せている
のだ。

   漫画のメカニズムを計算した、絶妙な構図と言えるだろう。こういう、一コマにいくつもの画面を同居さ
  せ、それを読む者の目の流れと同調させて見せる構図が、ONEPIECEでは散見される。

   ついでに紹介すれば、第1話の「シャンクス」「なんだ」「あとどれくらいこの村にいるの?」のシーンな
  んかも、これに類する構成であろう。

   最後に一つ。ゼフが「女とみるとすぐ鼻の穴ふくらましやがる」とサンジを評すが、直後にナミに絡むシ
  ーンでしっかり鼻の穴が膨らんでいる所が、セリフを投げっぱなしでなくちゃんとフォローしていて好感の
  持てる所である。


第47話 「海賊艦隊提督”首領・クリーク”」

   表紙の「あんたも珍獣」は、笑えた。

   さて、題名のクリークであるが、その力で全てを従える悪の象徴のようなキャラクターなのであるが、
  マイチぱっとしない
。その原因ともなるのが、やはり「騙しうちのクリーク」なんて名の通り、卑怯というよ
  り、あまりにもセコイ戦法や態度である。「お願いですから…残飯でもなんでもいいですから…」という前
  話での情けない姿を見た後では、さすがに「誰も俺に逆らうな!」と凄んでみても、迫力がない。

   こうしてキャプテンクロに次ぐ悪キャラとして登場したクリークも、結局中途半端になってしまう構図が
  ジワジワと見え始めるのである。


第48話 「”その航路、やめときな”」

   戦い前のクリークとルフィのやり取りの回。

   あんまり言及することはないのだが、ゼフやクリークが一人で一コマに映るところで、後ろが真っ白で
  なく、謎の吹雪というか、葉っぱか砂粒みたいなものが後ろに流れている

   よく分からないが、殺気や気の流れなんかを感じさせる演出である。白いコマの連続でしらける画面に
  ある種の気合を見せてくれている。

   しかし、この題名はどういう意味なのだろう?全くこんなセリフは登場しないのだが…


第49話 「”嵐”」

   「鷹の目の男」の話と、クリークとの戦いかと思ったら急に流れのズレる話。そしてナミの逃亡、という
  意外な展開。完全にクリークは話の中心から外されている。

   しかし、「鷹の目の男」の話は、本作では珍しく、この直前で初めて出てきた話題である。ワンピースで
  は、ほとんどの大きなイベントについては2つ以上前のイベントの時から伏線を張っている(総論参照)
  そのため、どうしても唐突に感じてしまうところではある。(たしかに1巻でゾロは「ある男を探しに海へ
  出た」とは言っていたが、ほとんど印象のない台詞であり、覚えていない読者の方が圧倒的ではなかった
  ろうか?)

   さて、ゾロの決意に対してサンジが「バカじゃねえのか」と突っ込む。別にこれ自体はどうと言うことは
  ないのだが、このへんのサンジのスカしたセリフが、実は後になってバラティエ編全部の出来に関わる、
  とんでもない枷になってしまうのである。それを良く覚えておいてもらいたい。

   一方「真っ赤な目の男」がなんらかの伏線なのではないかと気にかかる所だが、さて?


第50話 「”己々が道”」

   ナミ逃亡・ミホーク登場・そしてゾロとの対決。完全にクリーク放ったらかしで進むストーリー
   この展開も、クリークをイマイチ強烈なキャラクターとして見せられなかった遠因があるように思えてならない。
   作者としてはどこかでミホークを出したかったのであろうが…どうも、話の流れが堰きとめられてしまっているように感じる。

   しかし、ミホークの剣のパースのつけ方は半端ではない。フワッ…と弾丸の弾道を変えるシーンでは明らかに遠近感がおかしい。
   この絵は尾田氏のパースの中では失敗の部類か。

   ただ、前述したように「日本」のイメージに固められたゾロに対抗するかのように、帽子や十字架、服のデザインなど、
  ミホークは「西洋」をイメージさせている。このデザイン面での対比で、二人のライバル関係を暗喩するという、なかなか憎い表現手段である。

   ちなみに、短編集「WANTED!」に収録されている「MONSTERS」には
  ゾロとミホークのもとネタと思われるキャラクターが登場しているし、「ROMANCE DAWN」にはルフィがそのまま登場している。
   尾田氏の中にはゾロのイメージがかなり昔からあったものと思われるので、ルフィへの思いと同じくらいとはいかないまでも、
  ゾロへの感情移入も相当なものと推察出来る。

   現に、この作品、雰囲気は変わるだろうが、ゾロを主役にしても成り立つように思える。


第51話 「”ロロノア・ゾロ海に散る”」

   1話全部ゾロとミホークの対決。そしてミホークの圧倒的な強さの描写。

   ゾロに突き刺さったミホークの短刀が本当に痛々しい。
   そう感じさせるのもここまで各キャラクターをリアルに描写し続けて来た結果である。
   リアルじゃない絵空事に見えれば、人が死のうが何だろうが、全く読むものにそのショックを与えることは出来ない。
   堅実な描写を続けて来た成果がここで出て来ているわけである。

   ルフィに対しては強力なライバルが未だ現れない状況であるが、ゾロにはここでしっかりミホークが登場し、
  これで物語でのゾロの最終(?)目標が設定されたことになる。


第52話 「”誓い”」

   1ページ目のゾロを切った瞬間のシーン。ここでのミホークの刀のパースは、無理なく成立している。
   やはりこういう遠近法を無視した構図を成立させるには描く側に気合と勢いが無くてはならないので、
  前述の静かなシーンでは、成立させるのは厳しいものがあるのだろう。

   で、ミホークは帰る訳だが、その最後のシーンからして、キャラが完全にクリークを超えてしまっている。
   そのため、これからクリークとの対決、と言われても、イマイチ盛り上がりに欠けてしまっているのは否めない。

   このクリークのヘボさ、ミホーク登場によるゾロのキャラ向上、
  それにサンジの叫んだ「簡単だろ、野望捨てるくらい!」のセリフ(これが後に大きく響いて来る。後述)。

   これら、この第52話に込められた多くの要素が、結果的に全部サンジに振りかかって来てしまうのである。


第53話 「”サバガシラ1号”」

   表紙連載登場の美女が、なんとルフィを探しているということで、まさかのおまけ企画が本編に関係して来るという、
  意外な展開で、ストーリーに厚みを出す方向性を見せ始めた回。

   ようやくクリークとの対決で、おそまきながら、クリークの強さをアピールすべき回で、現にそれを行おうとはしているのだが、
  それがイマイチ徹底できていない。

   題名の通り、サバガシラ1号の登場で、それをクリークが止めて投げ飛ばすという、クリークの見せ場の筈なのだが、
  あろうことか、肝心のクリークがサバガシラ1号を投げるor持ち上げるシーンが、絵として描かれていないのだ。

   このように、クリークは何度かキャラ立ちさせるだけの個性を見せてくれるセリフやシーンはあるのだが、
  どうも、あちこちでそれに水を差す展開や描写の不徹底により、実らない、という悲しいことになっている。
   この全体的中途半端さが、このサンジ・バラティエ編全部の中途半端さになって行き、
  最終的にはサンジの存在そのものが中途半端になっていく
のである。

   こんなことを言うと全国のサンジファンに怒られそうだが…詳しくは次巻以降で。


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