海賊版資料
「狂気のONE PIECE全話解説」

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狂気のONE PIECE全話解説
 ・以下の文章は 某所 での29条3項様の解説をほぼ原文で掲載させて頂いております。
 29条3項様には改めて御礼申し上げます。
巻十二「”伝説は始まった”」

第100話 「”伝説は始まった”」

   100話目でピッタリと「グランドライン前」を終わらせると言う演出は、
  作者自らいいでしょ?とか(巻十五のSBS)言っていただけあって、たしかにイカす。
   しかもこれのために展開が非常にスピーディーになって、いいテンションで読み切れると言うオマケのメリットもついてきた。
   欲を言うなら、巻十一の最後に持って行って欲しかったところではある。
   でも逆にこの構成になることによって99話の「ルフィが死んだ」の方が印象的な回になっているので一長一短というところか。

   あと、この回はスケジュールがきつかったのか全体的に絵が雑な印象もある
   特にスモーカーの煙攻撃など、スクリーントーンを使わない画風と相俟って、一歩間違えば手抜きに映る危険な絵である。

   コミックスの扉を見るとこの回を掲載したジャンプは合併号だったようなので、101話から作画が綺麗に戻るのも納得。(1週間休める?)
   しかし考えてみればこの後1週間が開くことを考えれば、丁度100話にあたる時に合併号となり、
  しかも話を一区切りできた、と言うのはかなり理想的な偶然である。

   まさに「これが全て偶然か?まるで"天"がONEPIECEを生かそうとしてる様だ!


第101話 「”リヴァース・マウンテン”」

   いつものごとく、ジワリ、ジワリと物語の設定を説明して行く手法が光る。
   しかも特に大きく破綻していることもないので、後づけではなくある程度前から考えているものなのだろう。

   それから結構注目すべきはP35。「グランドラインの入り口は山よ」のページ。その2コマ目と3コマ目。

   テーブルの回りに5人が集結しているわけだが、それぞれの仕草が各キャラの個性を表現していて面白い芸コマである。
   3人はテーブルについているのにサンジだけ台所によっかっかっている、この微妙な距離感も、
  入って日の浅いサンジの位置を暗示しているようで面白い。
   灰皿がテーブルに乗っているのに(多分これ灰皿だよね?)、わざわざそれから離れて立っている。

   もしかしたら料理中(鍋がコンロに乗っている)の可能性もあるが、鍋から煙が上がっていないのと、
  雰囲気的に食事のための集結と言うより、ナミが「重要な話があるから集まって」だと思われる。

   ちなみにサンジは料理中もタバコを吸うトンでもないコックなので(食材の香りとかに悪影響ないか?)
  タバコは「料理中でない」という証拠にはならない。

   それから、こういう読み方は「作者そこまで考えてる訳ないから、単なる一人よがりで意味ないだろ」と思われるかも知れないが、
  そうではない

   作者は常に作品世界を自分の頭の中で構築しており、その脳内世界に適合する絵を原稿用紙上に表現していく以上、
  各キャラクタを絵として描く際には無意識的にその性格や位置関係が反映される。
   たとえばこのシーンでサンジが料理をしていると言う認識がなければ、
  作者は「ごく自然に」鍋から立ち上る煙を「書き入れない」ことを「選択」するわけである。

   である以上、作者が計算でやっていないとしても、絵からその状況を作者の思惑以上に深く分析することは、
  そう意味のないことでもないのだ。


第102話 「”さて、偉大なる航路(グランドライン)”」

   表紙連載のヘルメッポのある決意、ってなんだったんだろう?
   これだけだとイマイチどういう会話が交わされていたのか分からないのだが…

   さて、あまりこの回は語ることがないのでつまらないことで一つ。
   ラブーンに飲みこまれた一行の第一声「どう思う?」で使われている吹き出し。
   これは発声者を示す尖りが内側に(左に出っ張るのでなく、右側に凹みの形で表現されている)出ている。
   この他、本作ではあちこちで使われている。

   この作品だけで見かけるものではないが、どうも、その使い分けがよくわからず、またそれ自体が一般的でもないので、
  ちょっと違和感を覚えるところである。
   二つを使い分け、画面構成や美的関係上なんらかの役割を果たしているならともかくとして、そういうことでもないようなので、
  どうも何故使っているのかわからない。どうなのかしら。どうでもいいのかしら。

  <改定>
   ・・・と、当初は思っていたのだが、これは良く読むと
  「セリフの発言者と、吹き出しの間に一人以上の別キャラが挟まっている時に使われている」ことが判明した。
  例えば
   ・36P3コマ目 「だってそう描いてあんだもん」はナミのセリフだが吹出しとナミの間にサンジ(背中)とウソップが入っている。
   ・89P2コマ目「ラブーンの肉を狙っている」はクロッカスのセリフだが間に沢山の他の人物が挟まっている。
   ・160P1コマ目「詩人だねエ」はMr・9のセリフだが間にミス・ウェンズデーとMr・8が挟まっている。
   ・173P1コマ目「認識した上での発言とは思えんな」はMr・8のセリフだが間にゾロが挟まっている。
  など。

  画面構成を自由自在に操るために、新たな手法を生み出す尾田先生の力には頭が下がる。

   (情報提供:シマシマさん…どうもありがとうございます)


第103話 「”クジラ”」

   Mr9とミス・ウェンズデー初登場の回である。なかなかに手抜きなようで面白いネーミングセンスである。
   しかもこの時は何とも言えないネーミングであるが、これがその後Mr1へ向かってどんどん遡って行くという展開になり、
  後の展開を期待させるという、うまい伏線になって行くから、恐れ入る。

   しかし、伏線王の尾田氏にしては、このミス・ウェンズデーだけは何とも不可解極まりない。
  後に彼女が物語のキーキャラクターとなるアラバスタ王国王女・ネフェルタリ=ビビと判明するわけだが、
  180度性格もノリも、キャラクターそのものが変わってしまう。

   何度も言及しているように、フィクション世界のキャラクター描写には一貫性がないとリアリティが生じない。
   しかしこのミスウェンズデーについては一貫性どころか完全に人格分裂してしまっている。これは一体どうしたことか。
   ここまでの展開を考えると、この時点では「ミス・ウェンズデー = 王女ビビ」の設定が決まっていなかったというのはありえないので、
  全く原因が不明である。

   作品自体の面白さで一気に押し切ってしまってはいるが、
  ここまで緻密に作りあげてきたストーリー構成や世界描写への信頼を根底から覆しかねない、致命的欠陥といっても過言ではないだろう。

   もともとはお転婆お姫様、というキャラで一貫性を持たせるつもりだったのだろうか。
   お転婆だけど、国の運命と言う思いものを背負い、実は結構真面目ないいお姫様、という展開を計算していたのかもしれない。
   それが段々ズレて来た結果と言うところなのだろうか。

   ミス・ウェンズデー&ビビの描写は、本作には珍しいほどの明白な大破綻をきたしている。
   ここにあえて触れず、目をつぶって「ミスウェンズデーとビビは別人だ」と割り切ってしまえるかどうかで、
  この作品をこれ以後も楽しめるかどうかが決まるのかもしれない。ちなみに私は割り切りました。

   残念と言えば、残念極まりない展開である。どうにかならなかったものだろうか…


第104話 「”約束の岬”」

   ラブーンの感動エピソード。ラブーンの無垢な瞳が哀しさを醸し出している。
  そして、常に過去よりも未来を切り開くルフィの破天荒だが人間の器の大きさを感じる行動。
   素直に清々しい感動を呼ぶ名エピソードである。

   目が「キッ」となったり「パチ…」と瞬きするのは、この体の構造上、あり得ない(クジラに目蓋はないだろう…)と思うのだが、
  勢いで見せ切ってしまう。


第105話 「”記録指針(ログポース)”」

   例によって設定紹介の回。ログポースと言う小道具はかなり面白い。台詞回しも小ワザが効いている。
  「あいつらが落として行ったんだよ」「あいつらが?」「何故俺を殴る」「ノリよ」「ノリか」と一コマでかなり長いやりとりをやってしまう。
   一コマで台詞一往復以上させるのは、よっぽど台詞のテンポが良くないとゴチャゴチャしてしまうものだが、
  そうならず綺麗にまとまっているといえよう。また間延びしてしまうので二コマには分けられない。
   絶妙な言葉選びのバランスで成り立っている面白いやり取りである。

   また、サンジに助けられたミスウェンズデーのあとの「おいっ!」というMr9の台詞もただのツッコミかと思ったら、
  それと兼ねて「頼みがある」への呼びかけも兼ねている。
   兼ねさせることによって純粋なツッコミとしての鋭さがちょっと鈍るが、どちらかといえば物語展開上必要なのは「頼みがある」の台詞で、
  そこにスパッとギャグを挿入した感じなので、それなりにうまい小ワザであろう。

   しかし、気に成る言葉「ラフテル」…つづりはどうなるんだろう?
   私が一番ありえると思っているのは「LAPHTER」。ラフテルって、読めますね?
   で、他に何か別な読み方出来ませんか?…そう、気づいた方もいるでしょうが「ラピュタ」とも読めますね(強引)。
   画像的にもなんだかそっくりだし。

   まさか天空に浮かんでいるのではないかと、密かに心配してみたり。


第106話 「”歓迎の町”」

   大混乱のグランドライン航海からウイスキーピーク上陸。
   混乱状態ではゴチャゴチャ効果線多用の黒っぽい画面、一段落後は効果線なしの白っぽい画面で静と動の効果的転換、
  といういつもの演出技法も冴えている。

   新登場キャラのイガラッポイは、また独特口調を持つキャラであるが、彼の「ゴホン、マーマーマー…」は、
  キャラデザインや名前、どっしり構え系のキャラクターと調和しており、成功事例に入れてよいのではないだろうか。

   ちょっと細かすぎるツッコミになるが、ルフィがイガラムに「おっさん、かみ、まきすぎ」と突っ込むのだが、
  突っ込むタイミングが悪く、「歓迎させては頂けませんか」「おっさん、かみ、まきすぎ」「喜んでーーっ!!」という台詞の流れになってしまい、
  3バカの台詞へ繋がるテンポに水を差している。

   まあ、そこ以外は全体的にテンポもよく、作画も丁寧なので良質な回である。


第107話 「”月光と墓標”」

   大騒ぎの歓迎の宴が、なかなかに盛り上がった雰囲気を描写出来ていて、楽しい。

   それと同時に、サボテン岩を見上げただずむイガラッポイのあおり絵の「どっちが岩やねん」というシュールさも絵的に面白い。

   そして宴会の騒がしさから一転した静寂、そしてまた静かな緊張感から100対1の大騒動の戦闘、
  という場面転換のメリハリが効いて良質な回といえる。

   しかし、作者はサンジに比べてゾロに美味しいシーンを用意しすぎな気がする…この回もカッコよく決めるシーン連発である。
   これでは2人の差が開く一方だと思うのだが…


第108話 「”100人の賞金稼ぎ”」

   前回同様、ひたすらゾロ大活躍・決め台詞・決めシーン連発のゾロびいきの回。
   コロコロ視点や方向の変わる画面構成が、前後上下左右から敵が襲いかかって来る様子を上手く表現している。
   それと同時に”新顔”の刀の説明まで挿入して行き、退屈な戦闘の繰り返しになるのを避けている。

   また、ウイスキーピークに到着した瞬間のルフィ一行に歓声を上げていたシスターの親子や、
  サンジが口説いていた女の子たちがしっかり登場している
など、ザコキャラをただのザコキャラと言う記号で終わらせない
  魚人のとき同様の方針がここでも発揮されているのもポイント。


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