26
【タブー2】
場所はタブのとある病院に戻る。
リクの居る部屋というより病室の窓からは、微妙な光が漏れてきていた。
時間的には、シフト山付近のモンスターの洞窟で、ヴェロンがグルーブと戦っている頃である。
気が付いたらすっかり朝になっていた。
昨日は、怪しい医者ことシドによる能力開花の影響で、体の自由が利かない状態だったが
目が覚めると、何も無かったかのように自然と体が動いた。
背中も随分と軽く・・・って
そう思いオレは後ろを振り返ってみるが、ソコには何もいなかった。
流石に、あのままヒミコが寝ている状態だったらリアクションにも困る所だった。
「う〜ん?お目覚めかねぃ?」
背後から意図しない声で、また変な声を出してしまった。
「背後から声をかけたのは悪かったねぃ。
よく眠れたみたいで何よりだね」
「いや、ほんと、いきなり声をかけられると心臓に悪い・・・って」
「ん〜。あんまりじっくり見られると困るねぃ。
着付けが終わってるわけでは、ないからね〜」
直ぐに目を逸らして前を向き直したが、肌襦袢的な恰好とまではいえないモノの
それでも長襦袢姿という、異性の前に居るには十分不恰好な姿であった事には違いない。
こういうと失礼だが、ヒミコが特に色気のあるタイプでもないのだが、それでもソレはないだろうと。
昨日は気が付かなかったが、よく見るとこの部屋には一部カーテン風に仕切りされている場所があり
ヒミコはソコから声掛けの為に、一部だけ体を乗り出していたという事らしい。
オレが振り向いた事に気付くと、すぐ様逃げるように仕切りの内側に隠れた。
・・・いや、ちょっと待て。
という事は、結局ヒミコもここで寝ていたって事じゃないのか?
なんだか、頭が痛くなってきたな。
細かい事は考えない方が利口という事か。
「ん〜。食事の準備ならもう出来てると思うから、何だったら先に食べててもいいよ。
この部屋を出てすぐ目の前にある「特別室」って所に用意してあるねぃ」
「あ、あぁ。そうさせてもらう」
一応、仕切りがあるとはいえ、この空間に居続けるのは精神的な意味で辛かったので
この提案は非常に助かった。
ヒミコ側としても、そうして貰う方が良いという事もあるだろう。
部屋を出てみると、すぐ左前側にその特別室なる看板と入口が見えていた。
右側は一面ガラス張りになっており、ソコから朝日が嫌なほど入り込んできている。
右手で光を抑えるように進み、特別室のドアを横に移動させた。
そこは会議室の様な長方形型の机の並びになっており、奥の方で二人が向かい合う様に食事をしている風景が見える。
一人が昨日の怪しい医者だというのは分かるが、もう一人を確認する前に向こう側から声をかけてきた。
「君も此処に来ていたとはね〜。どの面って感じもするが・・・」
何故、怪しい医者と仲良く食事をしている風なのかは後で考えるとして
そこには、ご都合良くヴィルが座っていた。
「確か・・・ヴィルだったか?
どうやら、うちのマスターが世話になっているようで」
「はい?
確か・・・リックだったかい?君にそんな事言われる筋合いはないけどね。
ネルソン君の件もあって、君が平然とここに居る事自体が信じられないね」
・・・。
どういう情報を得ているのかは分からないが、
ヴィルとしては、オレがネルソンを見捨ててスティーユから脱出している事になっているのだろう。
だとすると、足止め以前の問題になりそうだな。
「どこまでヴィルが知っているかは分からないが、スティーユについてはエムケーの罠だ」
「ネルソン君が、君みたいな疫病神に負けて取り残される理由がない。
つまり、君達がネルソン君をハメただけだろ?
リディさんの件だって同じだ。
・・・いや、最初からそうするべきだったんだ!」
この男。既に人の話をまともに聞く状態じゃない。
こんな状況で「足止め」だけで済むのか?
「シシ。ここは病院だ。変な気は起こさない事だな。お?」
シドがオレら二人を睨みつけるように言う事で、ヴィルは落ち着きを取り戻したのか
オレを無視するように奥側にある窓の方を向いて食事を再開した。
ソレを見て、二人からやや距離を取りつつシド側の座席に座ると、オレも食事を始めた。
ただ、この状況にはヴィルの異常さを差し引いても違和感がある。
気にする必要もない事だとは思うが、釈然としない事で余り良い気分ではない。
「・・・あぁ、小僧は8割って所か?」
今度は何の話だ?
「シシ。自覚がないって事かぁ?
まぁ、後は小僧の好きなようにやればいいけどなぁ」
「好きも何も、オレは自分でここに来たわけじゃない」
「・・・それはつまり、ネルソン君の次は私という事か?」
何がつまりなのか分からないが、会話に割り込んできたこの男が
完全にオレに敵意をむき出しにしている事だけは分かる。
「話があるなら、食事後でも良いだろ。
こちらにも言いたい事はあるからな」
「はい?
君の話を誰が信用出来るというのかねぇ?
それに私は、リディさんを救わないといけないんだよ!
君が、じゃなくてね!」
ヴィルの余りにも理不尽な怒りに、言葉の返しを忘れてしまった。
確かにヴィルにとってみれば、リディが仮病を使っている事を知らない状況なのだろうだから
医者を連れて行って救おうと必死になるわけか。
「シィード先生には一刻も早くリディさんのもとに駆けつけてもらいたいんですが、可能でしょうか?」
先に食事終わった二人は再び会話を始めた。
「シシ。それはマスターの言う事でも聞けねぇ相談だな。
そのリディっていう御嬢さんがどんな子かもわからねェからなぁ」
「あ、あぁ。そうですよね。
こちらに写真があるんですが・・・」
「だからな、わたシ一人じゃ行く意味がねぇって言ってんだよ。お?」
「あ、いえ。ですが、こちらも・・・」
必死なヴィルでさえ、このシドの謎の迫力に圧倒されてしまうようだ。
先程までオレに対して発していた殺気はすっかり萎えている。
「シシ。そっちの小僧と何の因果があるかシらねェけどもな
男ならきちんと"蹴りつけて"行くべきじゃねぇのか?」
「・・・ええ。それは当然そうです」
そう言ってまた、オレの方に鋭い眼光を飛ばす。
オレはソレを受けていても、無視をして食事を続ける。
「シシ。"たいシた"タマだなぁ。
だが、ここは病院だ。妙な気は起こすなよ」
諭しているのか煽って居るのか良く分からないシドの言葉だが
"おかげ"でヴィルが暴走しないで済んでいるのは助かる。
そんな落ち着かない状況ではあったが、朝食を食べ終わるとオレもようやくヴィルの方を向く形となった。
「まぁ、"語り合う"事で分かり合う事も、あるかもシれねぇからな」
シドがチャカす様にオレら二人の方を見ながら話す。
その言葉に反応し、ヴィルは即座に立ち上がると、今までで最高の眼光をオレに浴びせた。
"ガン"の飛ばし合い対決というモノがあるなら、完全にオレの敗北だ。
しかし、その空気も一瞬で消え去る事になる。
左側の小さな音と共にドアが開くと、そこに見覚えのある二人が立っていた。
「という事で、話の半分ぐらいは聞こえてたんだけど、場所を変えないかい?」
ハリネズミの様な頭の男ことスリックと、着物女に戻ったヒミコが合流した。
「ヒミ・・・と、そっちは誰だ?」
「というか、マスターに名のる程の者じゃないですね」
スリックがヴィルと絡んだおかげで、オレはヒミコに状況確認出来る状態に"なれた"。
「ヒミコ。コレはどういう事だ?」
「う〜ん、リク。
中の中と言いたいけど、これは下の下だねぃ。
でね、シドさん。確か地下に広めの安置室があったよねぃ?」
「シシ。あるっちゃ〜あるけどなぁ・・・。
もう、口だけじゃすまなさそうだなぁ。これが若さって奴かぁ?」
そう言ってシドは軽く肩を鳴らし、特別室から一番先に出て行く。
ヴィルはその様子を見てスリックと絡むのを止めると、倣う様に追いかけて行く。
オレ達は、そこからやや離れて後ろから付いて行く形となった。
「下って事はあまり良くない状況という事か?」
「う〜ん。ここにヴィルが居た事がそうだねぃ。
スリックも何か考えてそうだけどね〜」
「というか、ヒミは付いて来る必要が無いはずなんだけどね。
ここからは、男同士の語り合いだからね」
「・・・スリックとやらも煽ってるだろ。
警察の人はみんな"そういう"性格って事か?」
「というか、誰と比べてるのかね?
それに、リク。今、外で聞いていた事しか分からないけどね
ヴィルと本気で話し合いをする気なら、それは無謀ってものだね」
「それでも・・・オレがやるしかないってか?」
「というか、それはおれの立場的な物もあるけどね
実際の所は、リクが他の新種と違うという点が大きいのかもしれないね。
ねぇ、ヒミ?」
「・・・」
「というかね、ヒミからも聞いてると思うけど、おれがヒミに頼んでリクをタブに連れてくるようにしたわけでね
それは"あの子"の為って事にはなってるんだけど、結果、リクの為でもあるんだよね」
「・・・マテリアルとしては、"リディ(あの子)"の為にオレに戦って欲しいと?」
「というか、ちょっと誤解しているぽいけどそういう事じゃないね。
極端に言うと、無駄に戦わずともこれからの試練を乗り越える才能があるかどうかって事だね」
「・・・よく言っている事が分からないのだが」
「う〜ん。私もスリックの言ってる事は理解できないねぃ。
それに私達がマスターと揉めるのは問題になるんじゃないかな?」
「という事は、どうもヒミも勘違いしてるみたいだね。
というかね、ヴィルと戦う必要はないんじゃないかな」
「スリックはオレに何をさせたいんだ?」
「というかね・・・リクの目的は何かって事、かな?」
・・・!
「という事で、気が付いたみたいだけど、上手くやれるかはリク次第って事だね」
話し合いでも、戦いでもない。
ヴィルの足止めがオレの当初の目的で、それは今も同じだ。
戦いにならないよう適度にあしらい、かといって結論が出そうな話し合いにもしない。
「スリックはああ言ってるけどねぃ、戦いになる可能性の方が高いと思うんだよね。
これを一つ、リクにあげるよ」
ヒミコはそう言うと、オレに一つの煙管を差し出してきた。
例の肉体強化のブレイカーだ。
「という事で、準備はこれで一応した事になるのかな」
「う〜ん、スリック。
それは私がブレイカーを渡す所までが準備って事なのかねぃ?」
「そうだね。そういう事にしといていいよ。
というわけで、リク。あとは君次第だ」
他人事の様に言ってくれるな。
確かに今までのオレなら、ヴィルと戦う意味はないし適当な話し合いだけで済ませようとしたはずだ。
勿論、最初から引き伸ばす話をするつもりだったが。
「ところで、スリックがここに来たという事は
この町の警察とは上手く話が付いたという事か?」
「それも・・・ヒミから話を聞いているのかい?
という事で細かい話は省くけど、おれは時間稼ぎをしていただけだからね。
ヒミ達がこの病院に着いた事で、あちらさんも手を出し難くなった事もあって
自然に解放されたという感じだね」
「出し難くなった、とは?」
「というか、あちらさんは、ヒミがこの病院に来る事を阻止したかったんだよね。
入った以上は、病院内で暴れない限り手出し出来ないという感じかな。
新種にも理解のあるシィードがこの病院に戻って来ているから、余計にね」
「それならここの警察は何故、スリックを隔離するようにナビ職へと誘導したんだ?」
「というかねそれは、あちらさんがおれを倒す気もあったからだね。
ヒミがこの病院に着くまでは、地味に戦っていたんだよ。
戦うとはいっても、おれの相手ではなかったから、適当にあしらってはいたけどね。
ヒミが病院に着いた事を教えると、戦う動機を失った事で自然解散になったわけだね。
基本的に警察同士の争いはご法度だから、今回の様に保護と排除する対象が同じという理由でもない限り
戦う事は厳禁なんだよね」
「病院に着いた事を知ったのはヒミコの存在か?」
「というか、そういう事だね」
あちらさんこと、この町の警察「コクガンキョウ」の一人は
表向きはヒミコとか「マテリアル」関連の新種であるオレを、病院に連れて行かせず排除させるのが目的だったようだが
実際はソレをダシにして、スリックと戦う方が本来の目的という事みたいだな。
その為、オレ達が病院に入ってしまった事で戦える理由がなくなったらしい。
だとすると、今病院から離れると「コクガンキョウ」絡みで面倒な事になる可能性があるというわけか。
スリックの話では、相手は格下らしいが、当然ソレはオレに当てはまるわけじゃない。
そんな外にも出られない状況になってしまったオレがやれる事は
気が乗らないが、ヴィルを抑え込む事ぐらいしかない。
幾つか階段を下りると、進むべき道は一つしか無くなっていた。
ソレを理解した瞬間、オレは二人から逃げるように道の先へと進んでいた。
「ん〜中の上ってところかねぃ。
リクはそう言われても嬉しくないだろうけどもねぃ」
「というかね、彼は怒りが先にキている雰囲気だけれど
頭の中は思いの外、冷静に対処出来ている印象だね。
ともかく彼は大切なギフト候補。こんな所で失う事だけは、おれが絶対させないよ」
「ふ〜ん。こうなるとエリア警察は手が出せないからねぃ。
一体誰を使う気なのか気になる所だね」
「ヒミは変に考え過ぎだね。
というか、早く追いつかないと、今の彼なら無謀なケンカをする可能性もあるかもね」
「う〜ん。さっきと言っている事が矛盾してるね。
冷静なのか興奮状態なのか、一体どっちなんだろうねぃ」
後ろの2人は何やら話をしながら、オレが安置室に着く頃には追い付いた。
安置室のドアを開けると、ソコは予想だにしていない光景となっていた。
「・・・つまり、そういう事なんでしょう!
私が下手に出ればいい気になってさぁ?
ちょっとそこで黙ってもらえますか!」
それは、鞭を持ったヴィルが、シドを攻撃して痛めつけている図であった。
不意を突かれたのか、シドはうつ伏せに倒れており無防備で攻撃を受けている状態になっていた。
この光景には知り合いのヒミコが黙っているわけが無く
スリックやオレが止めようとする前に、すでに"赤色の着物"が素早くヴィルの方へと向かって行く。
オレの足下には煙管が転がっており、ブレイカーの効果を持続させる行動はしていたようだ。
「ヒミはMKだからさぁ・・・結〜局、そこの新種の味方って事かい?
いやいや。
所詮は新種同士って事かい?
・・・あぁ。
それならさぁ?先に逝っちゃえよぉ!」
ヴィルの鞭は、地面に叩きつけられた動きとは無関係にヒミコの方へ向かっていく。
ヒミコもその不規則な動きに戸惑ったのか一瞬ダッシュを止めて、鞭の動きを避けようと方向転換をした。
しかし、その動きを読んでいたかの様に、鞭の先端も方向を変えてヒミコの左肩を上から叩きつけた。
ダッシュの勢いのまま叩きつけられ、その場にヒミコは倒れた。
「おい、ヴィル!何のつもりだ!」
近づくモノ全てが敵のような行動に、オレの頭の中は真っ白になっていた。
「というか、ヒミの状態もなんかおかしいね」
スリックの言う通りで、鞭の不規則な動きというのはあるが
だからといって、肉体強化している筈のヒミが立ち上がれない一撃にも見えなかった。
そして、様子を見ようとしたオレが動くよりも先にスリックが動いた・・・
というよりは、ソコだけ時が違うかのような不自然な動きでヒミコの所に移動していた。
ソレをしっかりと確認する間もなく、"再びの動き"によってオレの横に二人が戻って来た。
「まるで意識が無いね。
呼吸は普通だけども、目は開いてるし、というかこれは一体どういう状態なのかね」
スリックの言う通り、ヒミコの状態はおかしな事になっていた。
コレがヴィルの鞭の効果によるものだとすると、あの鞭に攻撃を受けるだけで危険という事になる。
「・・・というかマスター。
君の目的はシィードやヒミじゃないだろ?」
「ええ。
シィードさんは私をここに留める為に、時間稼ぎをしたとしか思えませんでしたのでね。
ちょっと立場を分かってもらう為に手を出したまでですよ。
ヒミにいたっては勝手に気絶してるだけですね。あの攻撃で気絶するとは思えませんし」
先程と違い、ヴィルは落ち着いた口調でスリックと対話を始めた。
ソレがかえって不気味さを増す結果になっていた。
「という事で、リク。
おれはこの二人を保護する必要があるから、ここを君に任せる」
「こっちの件こそ警察の仕事じゃないのか?」
「というかね、実はこれがおれの限界でね、そちらには手が出せないのさ。
一般人ならまだしも、管轄外でマスターが絡むとなると、【マテリアル】自体にも影響が出て来るって話なんだよ」
「・・・管轄か。つくづくフザケタ設定だな」
そう言いながらも、オレの世界の事をふとリンクさせていた。
だが、目の前に危険人物がいるのに管轄も何もないだろう。
リディの印象もあるせいか、「マテリアル」自体が益々信用出来なくなった。
「リック・・・ここではマテルを使う事が規制されている。
厳密には私も使えはしないが、それはマスター権限で何とでも出来る。
でも、私はね、紳士・・・なんだよ。
だ〜が、このナビ職の中でなら、君のふざけたマテルも使い放題だ。
さぁ、どうする?入らずに逃げるか?それとも、この鞭でここで一方的にやられるか?」
言葉選びもそうだが、ヴィルの目は固まったまま異様な空気を作り出していた。
その言葉と同時に、左側の空間に持っていたナビ職で小さなドーム型の建物を作り出した。
当然にコレは完全なヴィルの挑発で、そのナビ職に入ったら最後だ。
今までのオレなら、そう考えていたはずだ。
しかし、今は、シドによる能力開花によって【解除】のマテルにも可能性が出てきている。
実際試していないから一発本番という事になるが
コレを使いこなせば、時間を稼ぐ事も可能だと確信していた。
「その中で戦わなくても、オレはお前に負ける気はしないけどな。
だが、ヴィル。
そっちがその気なら、あえて乗ってやる!」
オレは、この世界で初めて
いや、生まれて初めてかもしれない、決着をつけたいと思う相手と出会った。
「たかが新種の癖に、生意気なこと言うんじゃねぇ!
さっさと来いよ。こっちは時間が惜しいからな!」
オレはその場で拳を強く握ると、ナビ職の方へと歩き出す。
「というか、リク。
一応言っておくけどね、ナビ職を解除できるのは使用者だけだよ。
というか、内装についても何があるか分からないよ」
「・・・あぁ」
オレがヴィルに対して決着つけたいと思ったのも、スリックの態度も関係していたんだろう。
話半分でスリックを背にすると、ナビ職の中へと入った。
マテリアルが、ヒミコが、シドが、リディが何を考えて行動しているのか、考えたくもない。
その事と、ネルソンの思いや、この世界のご都合的な全てがどうにもならない怒りの矛先となって
完全にヴィルに向く形になっていた。
「ん・・・スリック?
これは・・・って、ちょっと左肩が痛いねぃ」
「というか起きたのかい、ヒミ。数分意識が飛んでいる状態だったよ」
「う〜ん。・・・これは下の下だねぃ。
私は完全にMKの敵という認識になったようだねぃ」
「んん?」
「・・・タベスに居た分身(クローン)がMKによって処刑されたって事だねぃ。
おかげで一時、体の自由が利かなくなったという事だねぃ・・・
う〜ん、シドさんは気絶したままだけど、リクはどこに行ったんだい?」
「というか、そこのナビ職の中だよ」
「・・・それは、リクを罠のある場所に行かせたって、事かい?」
「彼の意志だからね。おれが止めるのは野暮だよ」
「・・・最悪級の極下だね・・・スリック。
この手のナビ職は、内側からじゃないと出入口は出来ないからね。
・・・シドさんを、安静にさせてくる」
ヒミは左肩を庇いつつ、身長からしても担げる筈のないシドを右に背負うと、そのまま安置室から出て行った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ナビ職の中は想像以上に何もなく、鞭を持ったヴィルがオレの方を睨みつけているだけだった。
「意外だな。
てっきりオレをハメる為だけの罠を用意していると思ったが」
「私の事をなんだと思っているんだ?
そもそも君はね、とんでもない大罪を犯しているんだよ。
私がそんな極悪人と同じような、腐った手を使うと思っているのかい!」
ヴィルの中で勝手に話しが進んでいるようだが、何の事を言っているのか完全に理解出来ない。
「大罪とは何の事だ?」
「まだシラを切るっていうのか!
"君ら"がネルソンを見殺しにしたっていうのは分かっているんだ!
そして、それは私の計画を潰す為なんだろ?」
「ヴィルの計画が何の事かは知らないが、ネルソンを見殺しにしただと・・・
ふざけるな!」
オレの理性を抑えていた何かは、ここで完全に解除された。
ヴィルの方は、オレの豹変に一瞬だけ驚いたようではあるが、直ぐに憎悪への表情へと戻る。
「まるで、リックは自分が被害者みたいな事を言うんだな?
冗〜談は止めてくれないか?
君が見殺しにしたんだよ!ネルソンをね!」
「・・・ネルソンは・・・。
ネルソンは、ヴィルからどう足掻いても逃げ出せない状況だった。
だから、その呪縛から逃れる為、ヴィルの計画とやらを潰す結果を作り出すしかなかったんだ。
ソレも、スティーユに残るっていう最悪の結果でな!
・・・それに、ネルソンを利用していたのはヴィルの方じゃないのか!」
「はぁ?利用する?
・・・さっきから、リックは的外れなんだよね。
新種は、マスターの為だけに生かされている物にすぎないじゃないか?
だ・か・ら〜
利用されるのは当然の事で、寧ろ生かされて有り難いと思うべきじゃないか?
リディさんは良い女だから、その事をリックには言えないんだろうけどな!」
「・・・マスターって言うのは、そういう考えでオレ達エリアスターを必要としているわけか。
リディも、そう考えていてもおかしくはないだろうな。
正直、胡散臭いしな」
「はぁ?何言ってるんですか!リディさんが胡散臭い?
新種如きが、リディさんを咎める発言する事をしてんじゃないよ!」
「オレは、リディに好印象を持っている訳じゃないからな。
オレをこの世界に巻き込ませた張本人で、それでいてここのご都合に合わせる為
今度はギフト選抜とか言うのに巻き込ませようとしているからな。
だけどさ。
マスターっていうモノが、ヴィルの様な考えのモノだけじゃない事も理解してるつもりだ。
若干ではあるけど、リディを助けてフェリスを見つける方がまだマシって感じでさ・・・
と、ごちゃごちゃ言ったが、ヴィル。
オレは"きっと"、お前の考え方が気に食わないって話だ!」
「・・・もう黙れ。消えろ!」
オレとは別の興奮状態にあったヴィルは突如冷静さを取り戻すと、ほぼ同時に鞭の先端をオレの方に降り投げた。
突然の攻撃に反応できず、右肩に一撃を食らってしまうとやや右ひざをついて蹲る形になった。
それとほぼ同時に、次の攻撃に備えてヒミコからもらった煙管を使用しようと行動する。
ところが、予想外にヴィルは更なる攻撃をせずに、鞭を再び地面に降ろした。
予想外と言えば、鞭での攻撃を食らった時に解除のマテルを使う余裕がなかった為に判明した事だが
この鞭は"ただの打撃"でしかなかった。
となると、ヒミコが気絶した理由はこの鞭の攻撃とは全く別の所にあるという事だろうか。
それとも、オレの得意マテルを理解した上で、あえて"ただの鞭"として使っていたという事か。
いずれにしても、鞭の攻撃に脅威は無いと理解したオレは、一定時間吸い終わると煙管を戻した。
「そのままオレを痛めつけるのかと思ったが?」
「私はね・・・怒りを溜めているんだよ。
リックが、想像以上の障害だという事がはっきりしたからね!
リディさんは誤ったギフト選びをしてしまったんだ。
君のその腐った考え方によってね!!」
再び鞭を振り上げると、オレの足下を狙うかの様に地面を叩きつけた。
それもまた不自然な動きで先端がオレに向かってきているが、今度は苦にする事なくソレを振り払う。
若干の痛さはあるが、煙管のブレイカーの効果もあって十分耐えられる。
「ヴィルはもっと賢い人だと思ってたけどな。
危険だと思ったら即時に手を上げるタイプだとは思わなかったな」
攻撃態勢を止めようとしないヴィルを止める為に、オレの時間稼ぎは始まる。
「普通の人になら手は決して上げないね。そんな野蛮な行為をする必要が無いからねぇ・・・
だけどな、リック。君はそうじゃないんだよ。
君がここに居続ける事は、結果的にリディさんを苦しめるだけになる。
君が誘惑を続けて、リディさんの気持ちをおかしな方向にコントロールしている限り
それを止めるしか方法がないのは分かるでしょう?
じゃあ、どうやって止めるかと言うと、不本意だけどさぁ・・・男として戦うしかないじゃないか!」
・・・"ヴィルの物語"の中では、オレが大層な危険人物になっているんだろうな。
そして、このままお話をして終わりになる程、落ち着いた状態にも見えない。
それならば
「戦う・・・か。
不本意だが、ソコだけは同じ意見だな。
オレも今となっては、ヴィルを止めるしかないからな」
一つ息を吐き出して、ヴィルの攻撃を待つように不自然な構えをした。
ソレを合図にしたのか、再び鞭の先端が飛んでくるが、強化しているオレにはほとんど効かず
"やはり"いとも簡単に往なした。
コレは肉体の喧嘩をしたことがない同士だからこその行動で
鞭での攻撃はただの切っ掛けであり、次の仕掛けに向けた下準備だった。
この攻撃でダメージを与えられるとも思っていないだろう。
お互いに、人を痛めつける事に関しては抵抗感があるからこそ分かる事だが
本命の攻撃一撃で仕留めたい気持ちも大きいだろう。
マテル規制地域のタブでも、ナビ職の中ではマテルを使える。
ヴィルも言っていた事ではあるが、ソレはヒミコが以前説明していた通りだ。
よって、ヴィルの本命の攻撃は、マテルによるモノになるだろうと考えた。
ヴィルの言葉はオレには理解出来ない領域にあるが、行動の方はまだ理解出来るモノだった。
解除のマテルしかまともに使えないオレは、マテル勝負を挑んでも勝てる道理などないだろう。
そもそも、ヴィルの得意マテルすら分かっていない。
いや・・・分かっていない事はないか。
ネルソンの話とか、今までの行動を考えればだいたい想像はつく。
ただ、分かった所で、どちらかの気持ちが折れるまでやるしかないって事だけは確かだ。
不本意だけどな。
オレの目的は、リディを助けるための時間稼ぎだ。
だが、これから行おうとしている事は時間稼ぎでもなんでもない。
本命の攻撃を見極める為の見せかけの喧嘩だ。
ところがオレの予想とは違い、ヴィルは鞭での攻撃一辺倒であった。
ソレも次第に威力が強まっているように思える。
だとすると、鞭の攻撃を続ける事で煙管の効果が切れるのを待っているだけなのか?
いやソレは、戦闘に不慣れなオレでも鞭での攻撃の間に補充可能だし、実際何度か行っている。
ソレを見ている以上、効果切れを待つ行動を続けるのはおかしい。
何よりこの状況は、オレが当初思い描いていた戦いを引き伸ばす時間稼ぎの形であって
ヴィルにとってはあまり理想的ではない形の筈だ。
じわじわとダメージを与えるより、急いでオレを倒しリディの元へ戻りたい筈だ。
ソレもマテルを使えば大ダメージが与えられる可能性が高い。
異常な状態になっているとはいえ、この行動は明らかにおかしい。
「いい加減諦めないか!リックが諦めればリディさんも助かるんだ!
君がそうやって時間稼ぎをしている間にもリディさんがどうなるか!」
言葉の途中だが、また鞭の攻撃が始まる。
だが今度は今までの軌道と違い、先端が直線的に伸びてくると、そのままオレの腹部を直撃させて突き飛ばす攻撃に変化した。
どうやら、今までの攻撃は軽いジャブみたいなもので、これが本番という事らしいな。
しかし、コレもオレの想定内の行動だ。
直線的な鞭の先端は、直撃させた後に逃げるかの様に動こうとするが、ソノ前にオレの伸ばした右腕に収まっており、次の攻撃は不可能になっていた。
ただ、オレは直撃自体を回避したわけではない為、突き飛ばす勢いのまま後ろに倒れ込みかけている。
ソレを見たヴィルの眼が一瞬見開く。
そして、次の瞬間には、ソノ顔が面前まで近づいていた。
獲物の鞭は根元手前から外れて短剣へと変わっており、ソレが倒れ込んでいるオレの急所目がけて飛び込んできた。
この速さはスリックの不自然なモノとは違い、どちらかと言うとソレはまるで"マスター"の瞬間移動の様な・・・
オレは無我夢中で、目の前の短剣を左肩に受けて致命傷をズラす事に成功した。
ただソレは致命傷を避けるのが精一杯だった為、見た目にも痛さが分かる出血を受ける結果になった。
そして、そのままの勢いで押されるように仰向けに倒れた。
これで攻撃が終わりではなく
視線を直ぐに上げると、ヴィルが短剣を持って次なる攻撃を仕掛けようと構えているのが見えた。
その短剣を振り降ろす瞬間に、横回転しながら同時に意識して移動のマテルを使う。
その場から逃げると、鞭を持った右手で"痛み"を押さえながら片膝をついた状態で立ち上がる。
ヴィルの方は、短剣を振り降ろした状態からゆっくりとこちら側に向きを変えた。
傷元を押さえる事で出血が止まるわけでもなく、たったの一撃でオレは大きなダメージを負ってしまった。
だが、移動のマテルの有効な使い方が出来た事は収穫だ。
オレの移動マテルは直線的で距離感を全くつかめないが、体を横回転して移動するイメージにする事で
移動距離はほとんどないが、相手の攻撃を避けるには適した移動になったからだ。
「っははは。正に新種らしい無様な逃げ方だね。
ご覧の通り、リックを倒そうと思えば、私はすぐに出来るって事だよ!
なぁ、もう分かっただろ?だから、この私に汚い仕事をさせないでくれないか。
そして、ここで自害してくれ。それがリディさんの為だ!」
・・・本番の攻撃まで時間稼ぎに見えたのは、喧嘩慣れしていない点というのと自分の手を汚したくないって理由なのか?
いや、緩急をつける意味合いで、時間をかけて攻撃したっていう考えが妥当か?
ならばこの台詞はヴィルの適当な言い訳に過ぎない。おそらく、真の目的は別に・・・
・・・って、ヴィルが居ない。
ゴチャゴチャと考えていた瞬間、ヴィルが目の前から消え、同時に後ろに気配を感じた。
ヴィルもリディと同じく、瞬間移動的なマテルを使えるという事か?
ソレが得意マテルになるのかは確かめる余裕はないが、おそらく、短剣で急所を狙っているのは間違いないだろう。
今度は前方に向かって移動のマテルを使い、そのまま壁へと衝突した。
右腕だけで防御したが、それでも煙管の強化のおかげで左肩程のダメージを受けた気にはならない。
直ぐに振り返ると、背に壁をつける形で右膝を地面につけた中腰状態へと戻り、左肩を右手で再び押さえた。
この状態なら、先程の様な後ろからの奇襲攻撃をされる事もない。
ヴィルは短剣を振り降ろした状態から再び起き上がり、その状態を見たオレを睨みつけたと思いきや
またその場から消えた。
次に現れた時には、オレの左肩側に腕が伸びて壁に手を付けており、左手で急所目がけて攻撃をしていた。
オレは左肩を庇おうと構えていた為、横回転での移動のマテルを使うにしても左側に重心をかける格好となっており
ヴィルの腕を出した行動は、オレの動きを一時的に完全停止させていた。
その結果、行動の選択肢が無くなった事で覚悟の決断をしやすくなったとも言えた。
心臓目がけて飛び込んできた短剣を左手で無理矢理掴み、壁に衝突した際に落としていた鞭を再び右手で掴んで
そのままヴィルの顔面目がけて振り抜いた。
意図しなかったカウンターをヴィルは諸に受ける形となり、鞭の先端の勢いのままに横に倒れた。
オレには"使える武器"が多くない事が、無意識的に左手を犠牲にした鞭の攻撃に繋がったのだろう。
結果的に短剣を手に入れる事も出来た。
「痛ったいな!これはすっごく痛いぞ!リック!」
ヴィルはふらつきながらも立ち上がろうとしたが、体が持たずにしゃがみ戻った。
やや間合いを取る様にこちらを見ながら後ろに下がると、両手を地面に付けたのが少し気にはなるが
鞭でのダメージは想像より大きいようだ。
ソレはオレの左肩程ではないだろうけども。
「これは、奥の手でね・・・
こうなると、もう、私の意志は関係なく、確実に終わらせることが出来る!」
終わらせる。か。
オレの時間稼ぎは最早無理な状況だ。
左腕は初めから自分のモノじゃなかったような部品の感覚になっており
冷たい汗と血の色だけが唯一感じ取ることが出来る状態になっている。
コレは長くは持たない。
つまり、お互いの利害が一致している状況になっている筈だった。
だがヴィルは、オレの代わりに無駄とも思える時間稼ぎをしているかのように両手をつけたまま動かなくなった。
微妙に何か呪文のような呟きをしているようにも見える。
この行動が、オレに余計な事を考えさせる機会となった。
ヴィルは本当に、リディを今すぐに助けたいのだろうか?
オレがヴィルの立場なら、さっさと邪魔な敵を倒したい筈だ。
いや、それだけでなく、必要としている医者のシドを時間稼ぎをしたという理由だけで倒したりしている点もおかしい。
ネルソンの件もあって、元々のストーカー気質な性格による狂いとも考えられるが
それでも、リディが病気だという前提を考えたら、あの行動はおかしい。
いや、それを言うなら朝食をシドとのんびりと食べている時点でおかしい。
あの時の違和感は、このヴィルの行動だったんだ。
まるで、リディを助けるのは二の次のような行動。
言い換えれば、リディを助けるという理由をつけて、別の事をする為にタブの病院で待っていたかのような。
・・・と考えると
本当の目的は、オレとこうして戦う事の様に感じてしまう。
オレと戦うというよりも、スティーユにネルソンを置いてきたモノに対して戦うというべきか。
だとすると、当然にジュリの方にも何かの手を打っている可能性がある。
あぁ。
ソレがデントグラスを持っている金髪という事になるのか。
だが、あの手のモノが直接ジュリに手を出せるようには思えないから、モンスターに襲わせる方法を取るといった所か。
いや・・・スティーユの件で考えると、金髪も巻き添えにして倒すつもりなのかもしれないな。
デントグラスが無い状態のジュリがナビ職を降りなければいけない状況になり
助けるために金髪もモンスターと戦う羽目になってという感じで。
ただ、金髪はタブに来るまでに、かなりの重症を負っているから
実質、ジュリ一人でモンスターと対抗している可能性の方が高いだろう。
ネルソンの過去話でも言っていた事だが
ヴィルのマテルやマスターそのモノの影響なのか、支配状態から逃げ切ることが出来なかった。
それは、ヴィルが常にネルソンの考えの先を行っていたとも言えるのだろう。
ネルソンはヴィルの事をバカだと言っていたが、実際はピエロを演じている振りをしていただけなのかもしれない。
結果的にだが、ヴィルにとってはネルソンを失った事による復讐で、リディも助ける事にも繋がるわけだ。
オレと1VS1になる状況を作ろうとしたのも、確実に倒せる状況を作る為とも言える。
その状況を作る為に、鞭を使ってマテルだと思われる何かでヒミコやシドを倒す。
残るはスリックだが、警察の縛りがある為に端からマスターには手が出せない。
1VS1にはなったけども、オレには解除のマテルがあるからヒミコ達を倒した手段を使えないのか
手段を使っているが、それでもオレを倒せないという事なのか。
ヒミコ達を倒した方法もそうだが、それ以外でも何かまだ引っかかる。
考え過ぎといえばそれまでだが、オレに違和感を覚えさせるように仕向けている印象すらある。
ゴチャゴチャ考えているこの時も、ヴィルは何かを呟きながら床に手を付けて動く素振りすらない。
時間稼ぎの可能性も捨てきれないが、何かのマテルを使う為の準備も兼ねているのだろう。
もしかすると、コレがヒミコ達を倒したマテルなのかもしれない。
オレは以前にも、こういうマテルの使い方を見ている。
エスケの町にいたサーティスに、水のエネジスがある部屋に監禁される時
似た様な呪文らしきな呟きの後、左手を壁に付けて建物を破壊されないようにしていた。
とすると、このヴィルの行動もこのナビ職を強化させているという事だろう。
ならば、急いでヴィルの行動を止める必要があるが、左肩のダメージが想像以上に深刻という事もあり
仮に壁から離れてヴィルの方に行けば、瞬間移動でまた後ろを取られる可能性が高い。
罠を作っていたと分かっていても、ソレを直ぐに解除出来る気もしない。
時間稼ぎだと思わせておいて、実はコレがオレを倒す最速の方法なのか?
違和感を覚えさせ考えの選択を増やす事で、オレの行動を後手に回させる。
そうする事で常にヴィルが主導権を取る形になるわけか。
「こんなにオレを倒すのに時間をかけて、リディを救うつもりはないって事か?」
「っははは。リックは変な事を言うね?
まぁ、リディさんを狂わせている張本人だから、そう言うのも変じゃないのか。
いや、変だから変なのか」
やはり、ヴィルは余裕だな。
リディを救う事に焦る必要が無いと分かっているからだろう。
一方で、オレの怪我は時間が経つほど体力を奪うだけだから
ヴィルとしては時間をかけた方が有利に運ぶってわけだ。
全くもって、状況が逆になってしまっているな。
時間稼ぎをされて困るのはオレの方だ。
その状況を利用して、ヴィルは明らかに罠を張っているだろう。それも分かる。
動かないといけないのに動けない。
「時間切れならオレの負け。動いても負けか」
左肩を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「随分時間をかけたねえ。
リックが何も考えず、本能で私に攻撃をすればすぐに終わったはずなんだけどね」
その台詞の意味はオレが壁から離れた事で形となって現れる。ドーム型の壁周辺が剣山の様に変化した。
これで背後を取られない為の策は使えなくなった。
それは、移動のマテルで攻撃を回避出来なくなった事も意味していた。
移動しても運が悪ければ串刺しになるって事だ。
「・・・こっちは時間がかかっても構わないからな」
ワザとらしく、だが、ヴィルの真意を確かめるように言葉を使う。
「とてもそんな余裕がある様には見えないけどね。
気が狂った人の言う事はよく分からないね。
・・・ふふ、こうなった以上、残るのは一人だけって事だ!」
狂っているのはどっちだか。
勿論、ソレが演技だっていうのも分かっているが、これ以上ヴィルの思い通りにはさせない。
再びヴィルが目の前から消えた。
他に武器を持っていれば"こんな手"を使わないと理解したオレは、急いで建物の中心部へと移動する。
ヴィルは見えるように移動していた。つまり、コレは移動のマテルだ。
瞬間移動で背中を取る攻撃から、移動の勢いを利用した攻撃でオレを突き飛ばし串刺しにするという方法なのだろう。
今まで通り、瞬間移動で背後を取る行動をするにしても、オレが"剣山"ギリギリに背中を合わせていれば後ろは取れない。
となると、ヴィルが取る行動は移動のマテルで移動の勢いのままオレを串刺しにする事だ。
それに対抗するには"剣山"から最も遠い中心部で待機するという事になるわけだ。
オレが中心部に移動した事で、瞬間移動の攻撃に切り替える可能性はあるが
左を犠牲にしても、武器を受ける覚悟を一度見せている事から
背後からとはいえ、武器攻撃に対して一瞬の躊躇を生ませることが出来ている筈。
お互いに肉体派でない以上、防御しにくい攻撃で仕留めると考える方が自然だ。
よって、ヴィルは移動のマテルで攻撃してくる可能性の方が断然高い。
移動の勢いはあるだろうが、中心部に居れば串刺しになる程ではないだろう。
それでも、ヴィルがこの攻撃を使った理由は一つしか無い。
だが予想と違い、視線からヴィルが消えると、ほぼ同時に背後から一つの衝撃を受けた。
ヴィルは瞬間移動を使ってオレの背中を蹴り飛ばしていた。
不意を突かれたが、飛ばされないように常に足腰に力を入れていた為、
少しよろける程度で、しかも肉体強化の効果が残っているせいでほとんどダメージはない。
直ぐに振り返るが、そこにヴィルの姿はない。
この攻撃は想定外だ。
まず、何故蹴りの攻撃なんだ。背後を取っているなら短剣なりで急所を狙う方が手っ取り早い。
武器攻撃に躊躇したとも考えられるが、ソレは瞬間移動の攻撃をしないという前提があってこそだ。
これは、ヴィルにはもう武器がない事を意味している。
だが、それならば尚更、瞬間移動での攻撃は失策としか思えない。
ここまで周到にオレの先を行っていた筈のヴィルらしくない攻撃だ。
それに瞬間移動ならば、呼吸さえ合えばカウンターを食らわせることも出来る可能性がある。
そんなリスクのある攻撃方法を取る意味が分からない。
そう考えているウチにまた背中に衝撃が走った。
コレも同様で、ほとんどダメージはなく、また振り返るがやはりヴィルの姿はない。
確かに、この状況はオレが一方的に攻撃を受ける形であり、何時かは肉体強化のマテルの効果は切れる。
効果が切れるまで地道に背後からの攻撃を繰り返すって事なのかもしれない。
肉体的にも左肩の傷の痛みは増してきているから
何もしなくても時間が経てばオレが自滅する状況でもある。
ソレは、やはり人を痛めつける事に関しての抵抗感からなのか?
ならば
オレはその隙をついて、形勢を逆転させるしかない。
右手で左肩をかばう様にまた片膝をついてしゃがみ、ほとんど機能していない左手は床に付けた。
コレは意味の無いハッタリだが、先程のヴィル同様に呪文のような言葉を呟いて出方をうかがう。
しゃがんだ事でヴィルの攻撃の対象は背中から頭部になっているはずだ。
なので、左肩を押さえている右腕は、いつでも頭部を防御できるように準備していた。
それでもこちらが受けてばかりでは、結局消耗してしまう。
右手を懐に入れ、レコカを取り出して見ている振りをする。
「・・・ヴィル。
実の所オレの方にも時間が無くなってしまった。
リディからのレコカの通信が途絶えた」
これはヴィルにもバレる嘘だが、この状況を変えるには"マスター"の餌で反応を見るしかない。
予想通りに直ぐに効果が現れ、お互いの間合いからやや離れた目の前にヴィルが現れた。
「それは、リディさんがようやく、正気になったという事ですね。
私のナビ職の中にいる以上、そんなデマに騙される必要がありませんから」
「へ、へぇ。
じゃあ、リディは無事なんだな」
言葉と同時にレコカから鞭に持ち替えヴィルに向けて攻撃を始める。
しゃがんだままだが、ヴィルが現れると同時に鞭の攻撃を繰り返す。
見た目には俺がヴィルを攻めている構図になった。
ソレを数回繰り返したのち、一つの小さな異音が足下から響いた。
―かかった―
オレは鞭を捨てるように置くと、異音側に向き直しながら立ち上がり
持ち替えていた短剣を空に向けて振りかざす。
振り切る前に何かに刺さる感触を受ける。
ソレがヴィルのどこかである事は確実だ。
姿を現したヴィルの左腕にしっかりと短剣が刺さっている。
ソレを見て力のまま引き抜いた。
ヴィルが倒れる事はないが、非情な叫びが室内に響く。
オレは左手を通して床に解除のマテルを使っていた。
生き物という設定のナビ職とはいえ、建物である以上は変化の解除も有効だと思っており、実際一部を解除することが出来た。
ソレも怪しい医者のおかげで、見た目は床だが、実際踏むと歪んだ物質として解除できるまでに、マテルの"調整"が出来るようになっていた。
年数を重ねた木造住宅の軋み音に似たような形である。
瞬間移動とはいえ、結果的にはその場に移動している事に関わりないわけで、空に浮いているわけではない。
その場に足をつけば姿を現すほんの一瞬前に音が響く。
そして、響くだけでなく足下の違和感でヴィルは一瞬攻撃を躊躇う。
その隙をオレは突いて、先手のカウンターを食らわせる事に成功したというわけだ。
瞬間移動での攻撃に対抗する術を見せつけることが出来た。
これで、ヴィルは移動のマテルの力技を使うしかない。
オレが中心部に居る限り、一部解除された床の音がヴィルの居場所を教える事になるからだ。
あとは、音だけでなく、床自体を変化させる事が出来るとヴィルに思わせる事に意味がある。
オレが自身周辺の床に罠を仕掛けようと思えば仕掛けられると思わせる事が
ヴィルに移動のマテルを使わせる事に繋がる。
「中々・・・小賢しい事をするね。リック。
それに、本当にリディさんの情報が不明だね。
私のナビ職から抜け出せる道理は無いはずなんだが、システムのエラーって事かもしれないし
何れにしても、もう終わらせようか」
「まるで、何時でも終わらせられるような台詞だな」
「前にも言ったと思うけど、戦いは悲劇しか生まない野蛮な行為なのさ。
出来るなら避けて通りたいもの。
でも・・・そうも言ってられないね」
言葉と同時にヴィルが消えた。こりずにまた瞬間移動なのか?
いや、これは・・・
思ったのとほぼ同時に頭部を右腕でガードしたが、その腕に強烈な衝撃が走ると共に体が吹き飛ばされた。
異音が鳴る場所手前まで瞬間移動し、居場所をオレに把握させる前に移動のマテルでオレを蹴り飛ばしたって事か。
想定はしていたが、実際食らうとソレ以上の威力があった。
事実、"剣山"手前まで吹き飛ばされてしまっていた。
肉体派タイプのモノなら、オレを剣山に突き刺す事も可能だったに違いない。
そして、この状況はオレに最悪の決断をさせる事になる。
なるというより、無意識にオレ自身が仕向けたというべきなのだろう。
ヴィルは戦いを否定しているが、このナビ職の中から出るには決着をつける必要がある。
オレだって戦う事なんかしたいわけじゃない。
戦わなければならない状況に置かれ、どちらかしか生き残れないのであれば
オレは生き残りたい。
少なくとも、人生を終えるなら自分の世界で終わりたい。
白黒にしか見えなかったあの世界でだ。
ヴィルも決着をつけるかのように、瞬間移動でも移動のマテルでもなく
真っ直ぐオレの方に歩いてくる。
一定の距離から移動のマテルで蹴り飛ばすのは分かっている。
オレもせめての抵抗で、煙管のブレイカーを口に咥え肉体強化を持続させている。
「飛べぇ!」
ヴィルの叫びと共に姿が消え、ソレが攻撃の合図となった。
次に現れた時には左脇腹あたりに衝撃を受け、そのまま壁に向かって突き飛ばされた。
不意打ちではあるが、怪我をしている左側を攻めてくるのは想定内だった。
だが、防御が間に合わず呼吸も一時止まってしまう。
壁への串刺しこそ回避できたがあおむけに倒れてしまい、起き上がった目の先にヴィルが待機している事は感じ取れた。
呼吸が整わず起き上がれないオレの首元の服を掴み引き上げると、そのままの状態で壁に向かって移動のマテルを使った。
「これで終いだ!」
まるで狂ったバイオリンの絃の様な異常な声で、ヴィルは叫びと共に笑った。
オレを掴んだ腕を壁に押しつけながら。
オレは串刺しとなり、そのまま果てた。
ヴィルには、そう見えていたはずだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
オレは、この後の記憶がほとんどない。
いや、ないというより、忘れたかったのだろう。
ただ、自分が死ぬのが怖くて必死に最後のあがきをしたのは覚えている。
左脇腹を蹴られて倒れた時、咄嗟に床に解除のマテルを使った。
ソレによって、移動のマテルに必要な踏み込みで些細な狂いを演出した筈だ。
ソレによって、若干の衝撃軽減になった筈だ。
ソレによって、壁に衝突した際に・・・
ソレによって、オレは・・・生き残った。
| 前の話 | 目次 | 次の話 |