16
【ブロク】
ウチにとって、これから行く町は天国に近いものだ。
世界でも有数の温泉地【ブロク】
"今更"バローグに行く理由は、確かめたい事があるからだけど
折角ブロクに行ける機会が出来たのだから、コレを逃す手は一つもない。
ウチはウエブで色んな出会いをした。
リクと出会い、フェリスを見つける為に必要になるマスターのリディとも出会えた。
後はフェリスがある場所に行く為の"準備"が必要だ。
今のウチでは、ウエブの国王の息子、いや、その側近自衛兵でさえ何もする事が出来ない。
他にも、メレオン絡みで衝突したクラーク。
更には大会前に出会ったギンエイ、シロクロとアオイ。
そのギンエイが倒した、円形の剣を持つフレンツと、ウチをハメたブルックス。
リクが頭脳でも苦戦した水女こと、レイン。そしてその仲間だったキユウ。
リクやリディも絡んでいた別マスターコンビである、ヴィルとネルソン。
幾つかの人物とは、もう会うことが無いのかも知れないけど
あの時のウチでは、敵わなかった人物がほとんどだぞ。
リクは言っていた。
ウチら新種はマテルを一部しか使いこなせないからこそ、今以上の可能性もあると。
だからこそ、剣技の鍛錬を怠る事はしないが、マテルの鍛錬も入れる事にしたんだ。
これ以上、ウチは、もう、失う事はしたくないんだ・・・。
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ウエブからトリノの車で走ること数日。
貧相な町並が姿を現した。
オレがそう感じたのは、ウエブの近代的な町並みに慣れた事が要因だが
ソレを抜きにしても、今まで訪れた町は規模の違いはあるモノの、町並み自体はとても福相だった。
それだけに、オレはこの町に来てからのジュリのテンションの上がり方に違和感を感じていた。
「ウチにとって、ブロクは第2の故郷と言っても差し支えないぞ。
リクは先を急いでいるかもしれないが、やや少し、ブロクに滞在しても構わないだろうか?」
オレは、エリアスターの故郷扱いになっている「バローグ」に行く事には賛成していた。
ソレはジュリの目的とは異なる理由になるが、最終的に【フェリス】というエリアスターが求めているという設定のエネジスを
見つける事に繋がれば良いからだ。
出会った最初の頃にリディやトリノが言っていた、エリアのリフォーム云々から考えると
おそらく、フェリスを見つける事がエリアスターの選択ってモノに繋がっているのだろう。
だが、その選択によっては、エリア・・・つまり宇宙が消滅する展開になるとすれば、やはりとんでもない話だけどな。
トリノ達が、今更この世界の"事実"を喋るとは思えないが、
それでも情報を得る事で、エリアを消滅させずにこの世界から抜け出してみせる。
『ムッツリモードになったリッ君には、今話ししても無駄っぽいねぇ』
「むむ。怒っているのではないか?」
『いんや、隊長より少しだけ付き合いが長いから分かるけど、あの表情は妄想に浸っている状態ですな』
「妄想?」
『まぁ、リッ君も男の子って事で・・・』
「おい、リディ。今、変な事言おうとしてなかったか?」
オレの勘というか、最近リディが良からぬ事を言おうとする空気が分かるようになってきた。
そういう時は"スルースキル"を解除して突っ込みを入れておく方がいい。
『ん?リッ君があまりにも人の話を聞かないので〜』
「ソレは悪かったな。今は何の話だ?」
『うんとですね、リッ君のムッツリについt・・・』
「うむ。ウチの事なんだ。少しブロクに滞在しても良いかという事でな」
二人が同時に話したが、リディの方は無視しても良さそうな気がするな。
寧ろ構わない方がいい気がする。
「何かブロクでする事があるのか?」
「うむ。
・・・リクに怒られること前提で告白するが・・・」
・・・?
何だ、この間は。
「ブロクは世界有数の温泉地なんだ。
こういう機会でもないと中々訪れる事もない場所でな・・・」
ジュリの態度がもどかしく見えるのは、普段と違ってはっきり言わないせいもあるのだろうけども
それが戦士の顔から一人の女性の顔になっていたからだろうか。
「・・・要は、温泉巡りがしたいというわけだな」
少しガッカリしたような口調でオレは返答した。
「む・・・いや、そ、そうだ」
ジュリの態度もあって、妙な空気感になった事は流石に察した。
リディの方を一瞬見たが、いつも通り?にやけて見ているだけで当然アテにもならない。
「・・・体力面ではジュリが主体になるからな。
湯治的な意味合いもあるだろうし、別に急いでバローグに行く理由もないから、オレは反対しないよ」
「そ、そうか。
それならば、お言葉に甘えて英気を養う事にさせてもらうぞ」
普段「喜」の感情をあまり顔に出さないように見えたジュリが
この時ばかりは隠すことなく表情に出しているのが分かる。
「うむ。何事も準備が大事だからな。ウチは先に銭湯の準備をしてくる」
『・・・隊長はすっかり観光モードに入りましたねぇ。
しかも、お風呂の銭湯と戦いの戦闘をかけたギャグも出るとは、絶好調ですな』
その言葉をギャグと捉えるのはおそらくリディぐらいだとは思うが
なんにせよ、また数日はブロクで足止めになりそうだ。
ここで何か情報を得る事が出来るとは思えないが、特にジュリには気分転換が必要かもな。
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ブロクに着いてトリノから降りると、貧相ではあるが確かに温泉街の町並みというのは理解できた。
少し離れた所にある活火山が温泉街同様に煙を上げている。
多くの人が浴衣のような服に身を包んでいるのも印象的だな。
「このチケットがあると、一日フリーパスでブロクのほとんどの温泉に入る事が出来るらしいぞ。
リク達は買わないのか?」
着いたのと同時ぐらいに、ジュリは観光案内所らしきな建物に入って
台詞通りのフリーパスの入浴券を購入していたようだ。
「オレは気が向いたら入るよ」
『隊長早っ。チケットっておいくらですの?』
「2000ダイアだぞ。今は格安な時期だからお得だぞ」
オレはウエブでカードを作ってからはリディに代わって"財務大臣"的役割を担う事になり
ブロク滞在用として、それぞれに1万ダイアを"お小遣い"として渡しているのだが
このペースの浪費ならば、所持総額が底つきそうな気がしないでもない。
そもそも、その2000ダイアがどれだけ得かなんて、オレに知る由もない。
カードには2300万近くのダイアが入っているんだから、細かい事を言うなとは言われそうだが
チリも積もればって事もある。
ジュリに関しては今回だけだろうと思いたいが、別にオレからお小遣いをもらう必要もないはずのリディが
普通に請求をしてきた点からも、リディには今後も気を付けないといけないな。
ウエブでの借りがこのお小遣い程度で済めばいいが・・・。
結局、リディもフリーパスを購入したようで
気が付いた頃にはジュリと共に目の前にあった温泉地に消えそうになっていた。
「おい、宿泊地はどうするんだよ」
『財務大臣様がお気に入りの場所を選んでくだされ。
私達はセントウに入りますので〜』
・・・。
コレはオレにもダジャレだという事は分かったが、そんないい加減な事でいいのか?
場所が決まったらレコカに情報を入れておくしかないのか。
オレが持っているレコカの情報を更新するには、通信屋という特定の場所が必要になるが
お喋りモードだった時のナビ職が言うには、こういう町でも比較的大きな宿泊施設ならば設置されているという話しだった為
その点は心配していなかった。
・・・んで
「・・・今日はだんまりモードなのか?トリノ君」
車からボールに戻ったトリノはクルクル空に浮いて回ることなくオレの手に収まっている。
ブロクはエリア警察の管轄地なのではあるが、マテルの使用が禁止されていない珍しい場所だそうだ。
エリア警察がある場所というのは大概マテルの使用を禁じているらしいが
隣り町の【タベス】の影響もあるのかマテルの使用を禁止していないそうだ。
マテルが使えるところはトリノも空に浮いて行動できるはずなのだが
ブロクではそれを行っていない。
故障かと思ったが、会話自体は普通に出来ている。
と言っても、必要最低限な事しか言わないモードのようだけどな。
「空に浮いていると何か不都合な事でもあるのか?」
「・・・あるという事だ。観光気分なのもここぐらいまでにしろよ」
「そうなのか。それにオレは観光気分ではないが」
「リクの話じゃない。リディは少しマスターとしての自覚が抜けている事がある」
「・・・マスターって言うのはオレ達がフェリスを見つける為に必要な人物だという事は分かったけど
それ以外にも役割があるのか?」
トリノが答えない事前提で質問をしてみるが、案の定何も返答しない。
マスターの件はジュリから少し聞いていたが、自覚が抜けているって部分からすると
ココで"寄り道"をしている時間はないとも聞き取れるな。
リディは【エリアドライバー】という役割でもあり、【マスター】という役割でもある。
【エリアスター】と【新種】と違って、その二つの名称がイコールだとは考えにくいが
ネルソンのマスターであるヴィルというストーカー男も、移動に関するマテルを使っていた点を考えると
マスターはエリアドライバーの資格も持つ事が多いと考えた方がいいのか。
そういえば、マスターでありエリアドライバーでもあるという点は、ジュリが優秀な部類と言っていた気もするな。
トリノがマスターを"軌道修正"してくれるにしても、とりあえずは数日間の宿泊地を探さないといけない。
先程と矛盾するようだが、ダイアはそれなりにあるのだから、少しは贅沢しても良いのかもしれない。
トリノには否定していたが、実際の所オレも観光気分になりつつある。
それに、下手な場所を選ぶとマスターのご機嫌を損なう事にもなりかねない。
いや、別にマスターの機嫌など、どうでも良い事なのだが
後で何かがあると怖いので、ココは満足してもらう方向で行く方が良いのかもしれない。
いや、全くもって情けない話だが・・・。
そう心が浮き沈みしながらも、
観光案内所で、3人個室の部屋の空きと通信屋が設置されているこの町でも有名な宿泊場所を確認してもらった。
ジュリが先程言っていたフリーパスがお得という点も、こう考える理由だったが
今は所謂シーズンオフという時期なのだろうとオレは思っていた。
それであれば部屋の空きもそれなりに期待できる。
予想通り、希望通りの部屋は空いていたが
一日一部屋5万ダイアというのは、ソレなりの部屋って事なのか?
この世界の貨幣価値が分からないが、オレの世界と同等に考えると、ソレなりの部屋という気がするが。
正直、オレは体を休めれれば何処でも良かったこともあり、速決して予約も入れて貰う。
ついでにココに設置されていた通信屋の機器で、レコカの情報を更新しておいた。
「一人5万の部屋とは、随分気前がいいな」
こればかりはトリノに突っ込まれても仕方ない。
只々苦笑いをするだけだった。
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「・・・というわけで、入る順序というのがあってな
まず「かけ湯」。コレをしっかりしないと体に負担をかける事になるぞ。
次は入る温泉の種類だが〜」
脱衣所にて、ほぼ産まれた時の状態になって準備万端のリディであったが
すぐに銭湯とは行けず、ジュリレスターからありがたい温泉の入り方のご教示を頂いている状態であった。
しかし、これは流石にリディには有難迷惑という物で
『隊長・・・とりあえず入ってから聞くよ』
「む。そうか・・・まずは入ってからだな」
だが、リディはこの時、失言をしてる事に気が付いていない。
ジュリレスターの温泉薀蓄は、銭湯に入ってからが本番だったのだ。
温泉の種類から始まり、体調における入る順序、温泉の歴史的な事などをほぼ休む事無く聞かされた上
途中で抜け出そうとしても、あのリディさえも行動をさせてくれない謎の圧力が襲い掛かっていた。
体自体は回復しているのだが精神的に疲労を重ねる結果となった。
「じゃあ、リディ。次へ行くぞ!」
『う・・・うん』
最早こうなるとリディに拒否権はない。
このあと暫く、リディは温泉がトラウマとなるのであった。
『・・・ん?』
「む。どうかしたのか?」
『いんや・・・ちょっと見た事のある子っぽかったけど・・・他人の空似かな?』
リディは何とか温泉に入る間隔を延ばそうと、喋りで時間を稼いでみるものの
しかし、ジュリレスターにはそれもお構いなく
湯冷めをしないように計算された入浴時間通りにリディを案内する。
ところでだが
リディが見かけた女性の事であるが、確かにリディは見た事があるはずの人物であった。
それは"きちんと"見た事がない為、記憶的にも曖昧になっていた。
半分はジュリレスターのご教示から逃げ出したいという気持ちもあったからなのだが。
『お、リッ君が部屋を見つけてくれたみたいだね』
「そうか。それならここを出たら一度、宿に向かう事にしよう」
『うんうん。それが良いですよ』
オーバーとも見える頷きでジュリレスターに同意する。
「うむ。食事の後、後半戦だな」
『これ・・・前半なの?』
「そうだぞ。まだこの温泉地の三割も制覇してないからな。
あまり長居していてはリクにも悪いしな」
リディは上手い事逃げる口実を出したつもりが、食事の後も続くと分かると
天国から地獄に落とされた気分になっていた。
それでも、温泉そのものはジュリレスターの薀蓄話を差し引いても、"それなり"に満喫する事が出来ていた。
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とある温泉宿から、一人の女性が満足した顔持ちで歩いて出てくる。
何やら独り言のように呟いている事を除けば、どこにでも居そうな観光客である。
「リフレッシュもしたし、これでターゲットを見つけに何時でも行ける」
"ターゲットが何処に居るのか見当はついてるのかい?"
彼女の下の方から声が聞こえるが、その声の主ぽい人物は何処にもいない。
しかし、彼女は普通に対話を続ける。
「ターゲットは一度タツキが見た事がある。だから大丈夫だ」
"でもさ、タッちゃん。その彼とは一度対立したんだろう?"
「うん。だが、タツキと同じ顔を知っている奴だ。二重の意味で話を聞きたいよ」
"う〜ん。ちょっと、それはジェラシーだね"
「・・・あなたはどの女性にも同じ事言うでしょ?ほんと信用ならないね」
"ちょ、ちょっと、それは誤解ですって。
僕は大切な女性の区別はきちんとつけているつもりですよ"
「ま〜なんでもいいけどね。さっきの会話を聞くにターゲットの仲間が居場所に案内してくれるでしょ」
"僕は温泉に行けなかったから、何のことかわからないけどさ、大丈夫そうだね"
「結果、一人になる時を狙うには、こういう温泉地は絶好よね」
この女性は、ウエブの町でリクを襲ってきたタツキという女性であり
リクの彼女である、ハナカという女性に瓜二つな人物でもある。
ちなみに、先程リディが見かけた「見た事のある子」というのも、実はこのタツキの事であった。
そのタツキ"達"は、リディ達が温泉地から宿泊地に向かって行くのを尾行していた。
タツキと何やら話ししていた者は、声だけしか確認出来ないが共に行動している様ではある。
なお、リクが選んだ宿泊地は貧相な町の割にはそれなりに人通りの多い場所にある為
尾行するにもあまり怪しまれずに行える条件になっていた。
そうして
リディとジュリレスターが「ブレムルテン」という名の宿泊地に入っていく。
それを、タツキ"達"も確認する。
「よりによって、ここを宿にするとはね。
ブロクは古い建物が多いせいか意外に思うんだけど、結構高級志向な温泉地なんだよね。
その中でもこの宿は割高な所って聞いた事があるね」
"ブレムルテンかい?安い部屋でも「数万」は必要な所だね"
「だよね。ウエブの大会に出てたらしいから、ダイアは持ってるんだろうけどさぁ。
・・・で、この宿泊出費は個人負担なのかな?」
"僕が後で何とかするから、ここは我慢して宿泊決めてきてよ"
「え?温泉チケット代も含んだブロクの滞在費を払ってくれるって?
さっすがヴェロン君は太っ腹だな。
じゃあ、よろしく」
"え・・・あ、あぁ。い、いいですとも"
ヴェロンという名の声の主は明らかに動揺していたが、タツキの言う通りに返答するしかなかった。
そうして、ブレムルテンの一番安いシングル部屋を一泊分確保する事となった。
「レコカが示すには最上階の3階にいるみたいだな」
"男女グループだから、部屋は別々って事もあるし、もう少し注意深く見ていた方が良いよ"
タツキ"達"はシングル部屋にて、リディ達の動向をレコカで確認していた。
少しすると3階に居たと思われるリディ達は2階へと移動し、そのまましばらく動かなくなる。
「2階で動かなくなったね。じゃあ、部屋の近くまで行くか」
"気を付けなよ。ターゲットには顔を覚えられてるんだから"
「一人ならば、逆にばれた方が良いって考えもあるよ」
根拠のない言いわけをしたタツキは、焦らずに急いでレコカが示す2階へと進んだ。
レコカを操作し、リディ達が借りているであろう部屋の位置も特定完了している。
後は、2階に居るはずのリクが一人になるのを待って行動するだけだ。
だが、ターゲットの部屋からやや離れた所でその時を待っているが、しばらく経っても動きが全くない。
「中々出て来ないな。乗り込むべきか?」
"ち、ちょっと待った。タッちゃん。まだ見張りして10分も立ってないよね?
それに、さっき一人になる方が良いとか言ってなかったっけ?
結果オーライって事もあるけどさ、焦ると良い事ないよ。
もうちょっと粘ってみようか?"
「そうだけさ、てかね、そもそも、タツキにこういう持久戦の任務を与えた事自体が間違いなんだよ」
"でも、タッちゃんは実戦向きじゃないよね?"
「ま、そうだけど。それでも新種の"扱い"なら慣れてるけどね」
"・・・う、うん。そうだね"
ある意味でタツキの一方的な会話が続いていたが、そのせいで後ろから一つの足音が近づいてきている事に気付くのが遅れた。
不自然にならないように、だが何もない壁で、時計を見るふりをしてその場を凌ごうと壁に寄しかかろうとした瞬間
"お互い"に動きが止まった。
「お前・・・」
「え?・・・えぇ?」
ソコには、来るはずがないターゲットのリクの姿があった。
タツキは頭が一瞬真っ白になりかけた所を何とか堪えて作戦の実行へと移す。
「あ、あの時はすまなかった」
「・・・あの状況の後で、何で普通にこうして再会出来ている理由は聞かないけど
結局、お前にそっくりな女には会えたのか?」
「それは、まだ探している。
あなたがふざけずに答えてくれたら、タツキだってあんな事をしなくても済んだんだ」
「それは、ふざける以前に、お前がいきなり襲いかかってきたからだろ」
「うっ・・・それはあの時は気が動転してたというか。
とにかくだ。あなたに話がある。ちょっと付いて来てほしい」
「・・・断る」
「何故だ?タツキが怪しい人に見えるのか?」
リクは当然というように大きく頷く。
「これ以上絡むなら、やはり警察を呼ぶぞ。警察に"知り合い"も居るしな」
「な・・・」
タツキはどうにも出来ない状況となった事を感じ、もはや力技を使うしかないと下ポケットに手を入れ"準備"をする。
だが、それを防ぐように、タツキの声の動揺を感じていたヴェロンも行動を起こす。
それはほんの数秒の出来事。
タツキの足元に映っていた影がリクの方へ不自然に変化し、リクの影に到達した瞬間
影が立体的に変化し、それがそのままリクを捕まえる。
リクが声を出す瞬間に口元を影の一部が塞ぎ、そのままリクごと影の方へ引きずり込んだ。
「ヴェロン君。助かったとは言わないけど、ありがとね」
"いいえ。これぐらい朝飯前ですよ。
彼を捕獲するので外れますよ。気を付けて帰ってきてくださいね"
「捕まえた以上、もうここには用はなしね。
まったくお高い宿代になったわね」
タツキは呆れる声を残すと、そのまま宿泊する事なくブレムルテンを出て行った。
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ブレムルテンの2階に、リディとジュリレスターの部屋が用意されていた。
リディ達は宿に着くと、最初に自分達の部屋に行く前にリクの部屋がある3階に寄っていたのである。
そこで小話を少しした後にそれぞれの部屋へ戻り、
食事の時間になった時に、2階のリディの部屋に集合するという手筈になっていた。
つまり、タツキ"達"の勘違いであったが、それが結果的にターゲットであるリクを捕まえる事に成功していた。
『う〜ん。
準備が出来たと連絡が入ってから、もう10分以上も経ってるけど
リッ君は方向音痴さんでしたっけ?』
「うむ。そうは思えないが、流石に遅すぎるな」
『リノちゃんはどう思う?』
「・・・こちらに来れない事情があるのかもな。
メインレコカを持っているリクなら、こちらの居場所を調べる事が出来るが、こちらからは無理だからな。
一度、リクの部屋に行く方が良いだろう」
「む?レコカで居場所を知る事が出来るのか?」
『そうだよ。
あれ?隊長もウエブの大会で使ってたから知ってると思ってたけど』
ジュリレスターは一瞬何かを考えたかのように懐に手を入れると
数枚のレコカをその場に出す。
『ん?これはリッ君のレコカだけど、こっちのは?』
「うむ。これはウエブの雑貨屋の店主に貰ったレコカだぞ。
先程のナビ職のいう事が事実なら、メインレコカを持っている者には複製を持っている者の居場所が分かるって事になるよな?」
「そういう事だ」
「・・・とりあえずリクの部屋に行こう。それからでもウチの推測を話すのは遅くない」
『・・・』
リディとジュリレスターはトリノを連れて、既に宿主が居ないリクの部屋の前へ移動し、呼び鈴を数回鳴らしてみる。
・・が、当然、反応はない。
『隊長・・・推測って何?』
「うむ。何者かがリクを連れ去ったという考えだ」
『え?リッ君を?・・・何のために?』
「そこまではウチには分からない。
リクのレコカが生きている以上は命に別状はないと思うけど。
あと、リクが自分の意志で出て行った可能性もあるけどな」
『う・・・ん。いずれにしても、どうやって私たちの居場所を見つけたの?』
「それは、ウチがただで貰ったこのレコカかもしれない。
特に、このレコカの持ち主である雑貨屋店主は、ウエブの大会に出てた者に妙に詳しかったんだ。
もしかすると、ウチは・・・」
『ちょっと待った。
じゃあ、隊長が持ってたレコカで場所を特定した事で、結果リッ君の居場所も特定したって事?
でも、居場所を見つけても移動するのh・・・
あ!・・・』
「ウチ達はウエブの大会で、リディと似た移動を得意とするマスターに会っているよな。
リディも嫌な程覚えてると思うけど、リクもそのマスターと顔見知りだから一緒に行動する事に問題もないだろうな」
『ストーカ君に付いて行く理由もわかんっないけど、
そもそも隊長は、何で雑貨屋の人からレコカを受け取ったの?
しかも、タダってちょっと考えれば怪しいって思うでしょ?』
「うむ。弁解の余地もn」
『ここで言ってても始まらないよ。リノちゃん!何とか方法ないの』
「リクが自分の意志で移動したとしても、リディ達を置いて勝手に居なくなる事は無いな。
誘拐だとしても、今の所はこちらからリクの居場所を知る方法はない」
『そんな悠長な事言ってる場合じゃないよ!私にはリッ君が必要なんだよ!』
「リディ・・・」
『っ私、探してくる!隊長はここに居て!』
「待ってくれ。今回の事はウチにも・・・」
『隊長は移動出来るわけじゃないんだから、あしd』
感情的になって周りが見えなくなっているリディに一撃の衝撃が走る。
『痛った・・・。ちょっとリノちゃん。邪魔しないで』
トリノが頭にある触覚ぽい部分を伸ばしてリディの頭を叩いていた。
「探すって、リディの勘で世界中飛び回るってか?
雑貨屋店主のレコカを元にリクを誘拐をしたとなれば、リディの事も当然情報として入っているという事だ。
マスター対策として誘拐移動先もマテル禁止区域になる可能性が高い。
そうなると、飛び回っても見つからないだろ」
『なら、マテル犯罪者になってでも、ミウちゃんの敵になってでも探すよ』
「馬鹿かお前は」
『痛っ』
「それじゃ元もこうもないだろ。
あと、隣り町のタベスが【MK】の本拠地という点も考慮しろ」
再び触覚に頭を叩かれて、少しだけリディは落ち着いたように見える。
『・・・隊長。ごめんなさい。
リッ君が誘拐されたんだとすれば、その真の原因は私だよ』
「む?」
『MKっていう組織はね、マスターを嫌っている組織なんだ。
マスターとエリアスターが協力してフェリスを見つけるのを防ごうとしてるんだ』
「・・・それはウチも困るぞ」
『多分MKは、マスターを誘拐するのは困難だけど、エリアスターなら容易って考えてる。
特にリッ君なら・・・』
「む?どういう意味だ?」
『MKはエリアスターの人も多いから、仲間に誘いやすいって意味だよ。
仮にMKの仕業とすれば隊長も私から引き離しにかかるだろうから、何だかの行動を向こうから起こすはずだよ』
「うむ。エムケーについては、リクもウチもウエブの大会で関係者に会ってるけど、良い印象がないな。
だから、話しを聞いてリクがついて行くとは思えないぞ」
『そうだったんだ。
いずれにしても、リノちゃんの言う通りにリッ君がどこに居るかわからない以上は
行動したくても出来ないよ・・・』
驚くほど、冷静に状況を判断しているリディはそのまま蹲るように座り込んだ。
ジュリレスターは、それに気付くよりも、またしても何もできない自分に腹を立て
かといって、何処にもぶつけられない苛立ちを心の中で抑えるので必死だった。
「ここに居ても状況が変わるわけじゃないから一度部屋に戻るぞ。
本当に誘拐であるなら、誘拐先から要求があるはずだ」
「うむ・・・」
トリノの言葉にも動こうとしないリディを見て、ジュリレスターは困惑の表情になる。
この状況をなんとかしようと、トリノにこの場を任せ、現実を確認する為というか、リクの部屋を開けてもらう為
1階フロントへ移動すると、少しして従業員と共に戻ってきた。
リクの部屋には部屋の鍵を入れっぱなしにした的な理由で、開けてもらう事が出来た。
部屋の中は当然の様に誰も居なく、
鍵の存在云々のややこしい状況になる前に従業員を追い返させた。
「もしかしたら、入れ違いになってる可能性もあるから、ウチは2階に行ってみるぞ。
リディ達はここで残っていてくれ」
『隊長・・・もういいよ』
「む。良くないぞ」
『さっきも言ったけど、リッ君が私と引き離される理由がこの地域にはあるんだよ。
それに、リッ君からのレコカを見てよ』
冷静なリディの言葉に引き寄せられるように、ジュリレスターもレコカを覗き込む。
「む・・・」
『条件はやっぱり私みたいだね。
これでMKの仕業って事は確実になったよ』
リクのレコカの情報が更新された事で、リクがMK関係者に連れ去られた事も確定的になった。
「場所は当然にタベスか。
一応忠告しておくが、罠にかかりに行くようなものだ。止めておけ」
『リノちゃんには悪いけど絶対行くよ。私のせいだもん』
「・・・リディ」
「こちらはジュリレスターしか居ない。二人とも無事で帰ると考える方がどうかしてるぞ」
『リノちゃん。それは、隊長に失礼だよ。
それに私だって考えがあるんだよ』
「それは、あまり良いイメージがしないけどな・・・」
『だまらっしゃい。私の色仕掛けで落ちなかった男はあんまりいないんだよ』
「本気で言ってるのか冗談なのかわかりにくいボケは止めておけ」
『いんや。冗談じゃないよ。
私が色仕掛けして、隊長がリッ君を救出して、私がバーッと逃げ出せば
ほら、だいたい成功するでしょ?』
「・・・ジュリレスター。冷静な状態でもこんなマスターだが、それでも付いて行くのか?」
「うむ。それしかないだろうな」
「・・・ともかく、今日はお前達は寝ろ。
MKはエリアスターには下手に手を出さないから、急いでいく必要もない」
「そういうわけにもいかんぞ」
『そうだよ。リノちゃんは休み過ぎてちょっとボケちゃったの?』
「あのな・・・今から動いてもタベスの入口に着いた時は深夜だ。
闇の目を持っているならまだしも、暗闇じゃ動くにも動けないだろ。
それに、リクのレコカを使って情報を送ってるという事は、リクもある程度動ける状況って事だ」
「む?」
『ちょっとリノちゃんの言ってる事が分からないんですけど』
「レコカの情報更新はメインレコカ所有者しかできない。
リクが脅されて情報更新したとも考えられるが、一文を読むと
"現在、タベスの連絡塔と言われる所に監禁されてる。
どうやら、リディを連れて来る事がオレを解放する条件らしいが
だが、こういう条件はオレとしては呑めるモノではない。
誘拐犯側としては、マスターとエリアスターを隔離するのが目的のようだ"
という感じになっているな。
これが脅されて作ったとする文章だとすると、まず、MK関係者が検閲している感じには見えない。
こういう場合、普通なら"リクを返して欲しければリディを連れて来い"的な内容になるはずだ。
意味はだいたい同じだが、こういう妙な文章からも、リクが自分で考えて情報を送ったと考える方が自然だろう」
『うん。こういう条件はオレとしては呑めるモノではないって部分がリッ君らしいね』
「俺にはそこは、"リディは来るな"という意味に見えるな」
「なら、ウチはマスターじゃないから問題ないな。
あとウチにはなんとなく分かるけど、リクはリディにはマスターという事を抜きにしても、無理をしてもらいたくないと思ってる雰囲気があるぞ」
『え?そ、そうかな?』
「・・・お前達の考え方は好きにしていいが、俺が言いたいのは今すぐ焦って行く必要はないって事だ」
『うん。なんとなく承知しました』
「なんにせよ、ウチは・・・寝るに寝られないぞ」
ある程度予想できた二人の言動で、諦めたようにトリノはだんまりモードとなり
状況を理解出来ているのか不明の二人は大人しく自分の部屋へと戻った。
一方、"トリノ"は急ぐ必要はないとは言ってみたものの、一つ気になっている部分があった。
トリノが気が付く前提で作っている文章なのかもしれないが、助けを求める文面でない所だ。
まず、監禁されていると言い、解放されるためにはリディを連れてくる必要があるとも言っているが
最終的にそれは呑めないと言っていた。
"これは・・・単純に「マスターとエリアスターを隔離する」条件は呑めないと言っているのか?"
この文体で分かるのは、リクはMKと接触してはいるがMKだという事を理解していない可能性がある点。
助けろともほおっておけとも書かれていない点。
タベスに居るという事が分かっている点。
MKが検閲している雰囲気がない文章の割に、リク自身が何故か自粛した書き方をしている。
そんな印象を"トリノ"は受けていた。
「また・・・ウチが原因でリク達に迷惑をかけてしまった・・・」
部屋の中でウチはその事だけを考えていた。
リディの考えで行けば、ウチがリク救出の最重要な役目という事になるぞ。
だから、今日はゆっくり休んで救出に向けて体力などを温存しろという事をナビ職は言っていたんだろう。
だが、落ち着いて眠れるほどウチは冷静ではいられないぞ。
その気持ちを落ち着かせる為、部屋にあったペンを手に取るとそれを一点に見つめる。
リクが言っていたのは想像の具体化。
ウエブの襲撃があったせいで、数日間滞在延長していた時に
リクと共に、使いこなせるマテルについて研究をした結果の一つとして
ウチの造形のマテルは、想像力によって効果も変わってくるかもしれないという事が分かった。
それを知ってからは、寝る前に毎日イメージトレーニングを欠かさないようにしていた。
素材だけではなく、ウチの想像力によって造形の強度が変わる。
このトレーニングの効果はそれだけでなく、一点に集中する事で冷静さも保つことが出来る様になっていた。
確かに眠れないが、だけども徹夜で体力を失う状況とも違う。
休む時にはきちんと休む事も重要だな。
ウチに出来ない事は多いが、一つでも出来る様に努力していくぞ。
これ以上、有言不実行でありたくない。
ウチは、もう、失う事はしたくないんだ・・・。
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日が昇ったのが分からない空模様の中
思ったよりは睡眠を取る事が出来たジュリレスターと、いつも通りに見えるリディとその手に収められて居るトリノは
MKの本拠地があるとされるタベスへと進む。
表向きはこのブロクと隣町のタベスはマテル使用禁止地域になっている為、
トリノの車や、リディの移動のマテルを使う事は出来ない。
ブロクとタベスを結ぶ定期バスも運行しているようだが
リディの事を考えると、密室になる乗り物は得策ではないと"トリノ"が判断し
自分達の足でタベスへと向かう事になった。
リクが監禁されているとされる【タベスの連絡塔】はブロクとの境にある町外れの建物で
徒歩で半日もせずに到着する事が可能な距離であった。
特に山道のようなきつい勾配もなく、平坦で大地が広がった道を只々歩いて行くだけで
更には林や森もない為、歩いているのが遠くからでも見えるという、目立つ事この上ない状況であった。
この状態をトリノは望んでいたわけではなかったが
『どうせ、狙いは私なんだから隠れる必要はないよ!』
と、ある意味勘違いしているマスターが言うことを聞かない為
ジュリレスターの護衛に僅かな望みをかける状態となっていた。
『・・・それよりも、隊長。やっぱり昨日眠れなかったの?
体調の方が優れているようには見えませんよ?』
「うむ。リクの事も当然にあるが・・・
折角ブロクに来たというのに、半分近くも名湯を逃したと言うのも大きいんだ」
冗談なのか本気なのか分からないジュリレスターの言葉に、リディは言葉に困ってしまった。
「あ、い、いや。リクを救出したらブロクに戻って来たいとか、そ、そんな事は微塵も思ってないぞ」
このジュリレスターの言葉は、ある意味で良い解放感を生む事になった。
『うん。私が居なければもっとゆっくり出来たのかもしれないね・・・』
「む。いや、リディのせいじゃないぞ。
ウチの貰ったレコカが元々の原因だし」
『い〜や。隊長はきっかけに使われただけで、この誘拐の根本は私のせいです。
だから悪いのは私ですよ』
「・・・お前ら、何を自虐自慢し合ってんだ。
そろそろ、エリア警察の駐屯が見えてくる頃だから警戒しておけ」
リディの手に収まっているトリノが、ため息のような言葉でこの空間に割り込む。
トリノの言う駐屯とはブロクとタベスの境近くに建てられていて
表向きは周辺地域のマテル犯罪者などを取り締まっている。
駐屯近くには数件の住居も建てられているが、ここは基本、立入禁止となっていた。
一昔前にはその住居が処刑場として使われていた経緯があり、現在も取り壊さないのには"なにかしら"の圧力がかけられているという噂がある。
そういう建物もある為、トリノが二人に警戒させる意味もあり先程の発言となったわけである。
『ミウちゃんがブロクを巡回してくれてたら助けてくれるかもね』
「それは無理だな。MKの関連は下手に警察も突っ込むことが出来ないしな。
巡回もここには出来ないように仕組んでるだろうな」
「む?どういう意味だ?」
「事実かは知らないが、MKとここのエリア警察は繋がっているという意味だ。
リクが誘拐されている事実を知っていても、見て見ぬ振りをして警察としての出動理由を無くしているって事だ」
『な〜んか裏の話を知ってるみたいですね。リノちゃんは』
「む。とんでもない警察だな」
「・・・余計な事はいい。
ジュリレスターにも一応言っておくが、このあとに見えてくる住居には間違っても入るなよ」
「それもどういう意味だ?」
「争いの跡地でもあり、【スティーユ】と呼ばれる処刑場が残されている」
『入ったら出られなくなる監獄の家って感じらしいよ。な〜んでそんな家を作ったのか良く分からないけど』
「うむ。入る必要が無さそうだから心配ないぞ」
「・・・一応忠告はしたからな」
2人と1ナビ職は、ある意味堂々とブロクのエリア警察駐屯地の方に向かって歩いて行く。
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ブロクのエリア警察駐屯地には20名程の警察官がおり
中でも署長なる人物は、数年以上も変わらずに駐在を続け、タベスのMK幹部と深い付き合いをしていた。
数年以上も駐在を続けるのは当然異例な事であるが、エリア警察上層部はこれを特例で認めていた。
これは色んな面での根回しをした結果とも言えるが、
ブロクでは結果名前だけが生きているだけで、エリア警察としての役目を果たしているとは言い難い状態であった。
マテル使用禁止区域であるブロクで、マテルの使用を結果的に禁止していないのも、こうした背景があってこそである。
他にもこの駐屯所には、エリア警察と無縁の人物が【特別警備隊】という名目で配属扱いされていた。
それはMKとの繋がりが可能とした人事であり、実質ブロクで活動をしているのは特別警備隊であると言える程である。
彼らは当然、堂々とこちらに向かってくる2人を見逃す理由がない。
双眼鏡で人物を確認した特別警備隊は、一応の規則としてここでの上司となるエリア警察の巡査部長に許可をもらい
不審者確認の為、現地へと向かう事になった。
「いよいよ私達の出番という感じですね」
「とりあえず、目的を間違えないでやってくれよ」
「え?ネルソン君。随分と強烈な事を言うねぇ」
「は?アンタまた勝手な妄想モードに入ったのか?
あれから2週間ほどしか経ってないし、仕事復帰後に再会するっていうのは大よそ予測はついてたけどよ
こうも上手く予定通りっていうのもやる気にならんな」
「いやいや。私の方は心配しなくていいから、スレンダーなお姉さんの方は任せましたよ」
ここに特別警備隊という名で配属していたのは
リディが言うストーカ君ことヴィルというマスターと、ネルソンであった。
彼らは思惑があって現在はMKに所属している。
ネルソンはエリアスターのため特段問題はないのだが、何故かマスターであるヴィルも所属していたのである。
これは、マスターが隠れてタベスに来た際、万一エリアスターだけで対応すると引き抜きをされる可能性があるとネルソンが提案し
タベス直前でヴィルと共に選別する事が、マスターとエリアスターの引き離しの成功率も上がるという説得をした所
ブロクのエリア警察所属特別警備隊という名目で在籍する事を認められたのである。
目には目を、マスターにはマスターを、という事のようであるが、彼らの実際の目論見は別の所にあった。
しかし、今は仕事としてリディとジュリレスターを引き離す為に行動していた。
「アンタ、本当にわかってるでしょうね?
今度は向こうにもナビ職がいるはずなんだから下手な事するなよ」
「大丈夫ですよ。
"嫌よ嫌よも好きのウチ"っていうじゃないですか?」
「・・・あのマスターをどうしようとアンタの勝手ですけどね。
下手に刺激されるとメンバーに加えるにも苦労するんだよ」
「う〜ん。そこは任せるよ」
「適当過ぎるだろ。ってそろそろご対面だな」
そんな適当な会話を二人は走りながら続けて、リディ達の方に急接近していく。
「む。向こうから何か来るぞ」
まだ人影のみだがジュリレスターとリディの目にも特別警備隊の二人が映って見えた。
『な、なんか寒気がする』
「む?今日は曇っているとはいえそんなに寒くはないぞ?」
『いや、そういうんじゃなくて・・・』
そうして数秒後、その寒気の原因と対面した。
『・・・"ひつこい"男の子は嫌われるって言われませんでした?』
「む。あんた達は確か・・・」
「この出会いは必然という物ですよ。リディさん」
「決勝前夜では世話になったな。ジュリレスター」
4者4様の言葉で再会となった。
トリノは状況を把握しているのか、特に喋る事は無い。
『って、そんな事よりも、リッ君を誘拐したのはあなただね!』
「誘拐?私には何の事かわかりませんよ」
『あの宿から瞬時に移動させることができて、騒ぎにならない顔見知りって言ったら
あなたしかいないんだよ!』
「あなたしか居ないって、リディさんも強引だねぇ。う〜ん。それも嫌いじゃないけど」
全く話が噛み合わないと見たリディは
『隊長!私につかまって!』
リディは条件反射的にストーカー男のヴィルから逃げようと体勢を整える。
「ま、待った!アンタらリクを迎えに行くんだろ?」
『・・・うん』
「じゃあ、交換条件があるのも分かってるよな」
『うん。だけど君達には関係ない話ですよ』
「いんや〜おおあr」
「アンタはちょっと黙ってろ。ややこしくなるから」
ネルソンが一度この状況を落ち着かせようと話題を振っていく。ヴィルはお構いなしだが、それもネルソンが制止した。
ジュリレスターはやや攻撃の構えを見せつつリディの前で待機している状況である。
「俺達は訳あってMKに所属している。それはそっちのマスターがしようとしている事と根本な部分は変わらない理由でな。
だから取引がしたい」
「む?」
「リクとそこに居るジュリレスターを俺達の仲間に引っ張る。
そして、そっちのマスターだが、マスターの資格を失効してもらってエリアドライバーとして協力して欲しい」
『ええ?』
「目茶苦茶な話だな。第一この話はリクが飲まないと思うぞ」
「俺はそう思わないな。
第一このままそっちのマスターがリクと交換になったらまず生きて帰ってこれない」
「ちょ、ネルソン君。それは困るよ〜」
「・・・。
んで、俺の提案はアンタら全てを生かす為の最善策だと思うがね?
どうだ?シカトしてる振りのそちらのナビ職さんは?」
ネルソンは姿の見えていないトリノにも話を振る。
「ナビ職の立場から言わせてもらえば却下だが、決めるのはリディだ」
リディの手に収まってるトリノは声のみ登場する。
『うん。リノちゃん・・・私もここで降りるわけにはいかないよ。
つまり、却下という事で』
「ウチもリディと同じだぞ。理由があるにせよウチはエムケーには良い印象がないからな。
まして、あんた達はクラークと手を組んでた。信用できないぞ」
「・・・はぁ。じゃあ交渉は決裂って事か。
やはり、リクじゃないとこういう話はまとまらないっぽいな。
アンタらのそういう行動がリクを苦しめるだけって考えた事ないだろ?」
『まるでリッ君の事に詳しいような言い方だね』
「付き合いはほとんど無いけどよ、分かるのよ。
特にマスターであるアンタがここに来たらリクも思い切った行動が取れなくなる。
俺達エリアスターにはマスターが必要っていうのはフェリス絡みじゃなくても実感しているはずだろうし
それにさ、実際オレ達の仲間にならなくても表向きは協力するっていう"ウソ"で、一時協力って方法もあるんだぜ?
信用できないって点は俺もある意味同意するけどよ、今置かれている状況を判断して行動するべきじゃないか?」
「む・・・」
『うん。君もなんとなくリッ君っぽい考え方だなっていうのは理解したよ。
でも、できないものはできないですよっ!』
「・・・リディ。そうだ。出来ない事はウチにも沢山ある。この件に関してもそうだ。
・・・悔しいけど、ネルソンの提案に一時乗っかる方が今はいいと思うぞ」
『ちょ・・・隊長。そんな弱気でどうするんですか!
諦めたらそこで・・・』
「ジュリレスターは俺とヴィルをぶっ倒してリクを救出する方法も取れるって頭で考えてる筈だ。
でも、それをしないっていうのはどうしてかわかるか?マスター」
『その前に、マスター、マスターって言わないで。
いや、確かにマスターでもあるけどさ。
隊長は中身の見えないMKって組織にちょっと腰が引けてるって感じはするね』
「む。・・・すまん」
『いや、隊長ぽくないなって意味だよ。責めてるわけじゃないよ』
「弱気になってるのは自分で腹が立つほどわかってる」
二人が話すのを見てネルソンがさらに喋ろうとしたがあえて間を置いた。
それは、リディも気が付いていると確信したからである。
『・・・納得は全然しません。でも、今はリッ君を助けるのが優先。
怪しい提案全開の君の提案に乗っかってあげますよーだ!』
「うん。君はいいマスターになれたかもね。
少なくとも俺のマスターよりは少しは良い。頑固なようで聞き分けが良い。
悪い言い方をすれば、場に流されやすいけどな」
『なんかよく分からないけど、今度は君呼ばわりですか。私にはリディっていうちゃんとした名前があるんですよ。
リーちゃんて呼ばなくていいけどさ〜』
「俺もネルソンっていう名前があるのよな。お互い様だろ?」
『む〜大人げない人だね。ネルソン君は』
「ははっ。それは否定しませんね。リディ。
さて、表向き協力するって話になった所で、ここが重要なんだけれども
リクを迎えに行くのは俺とジュリレスターって事になるわけだが」
『・・・そう、なるよね』
「俺のマスターと共に先に【デント】で待機して欲しいんだ」
『・・・』
「別の町に先に行く必要があるのか?
タベスで合流は危険としても、早めに合流する方がいいと思うぞ」
「いや〜実に合理的な案じゃないですか。スレンダーなお姉さん。
リディさんは私が命を懸けて全力でお守りしますので安心してください」
「む。いや・・・」
「まずいな。少しここで喋り過ぎたようだ。
本職のエリア警察の奴が俺達の様子を見に来ているようだ。
もう考えてる時間はないな。リディも相性が合わない相手だろうけど、少しの間我慢してくれ」
『うん・・・。隊長、リッ君の事よろしくお願いします』
「リディ・・・」
「リディさん、さぁ早く私のナビ職に乗って下さいっ!」
今の現状は、奥の方から数名のエリア警察の者が近づいており
ヴィルが右手からトリノとは別のナビ職を動かし、2シータースポーツカー風な車を作り出していた。
これは、リディはマスターなのでこのまま居ると厄介という事で、ヴィルと共に【デント】という町の方角へ移動しようとしている状況である。
一方、ネルソンはジュリレスターをエリアスターとして保護するという形にし、
リクが監禁されている【タベスの連絡塔】まで連行する振りを即席で提案行動した。
渋々ながら、リディはナビ職の車に乗り込むと、それから10秒もしないうちにエリア警察の面々が合流する。
「おい、ソレをどうするつもりだ?」
「彼女はエリアスターなのでタベスで保護する。
どうも別のマスターとケンカ別れをしてここまでやってきたとの事だ」
ネルソンは特別警備隊としての仕事を淡々とこなす。
ジュリレスターはネルソンに何も話すなと言われてる為、エリア警察の質問にも口を開かない様に努力しているようだ。
一方で、まだナビ職の車に乗っていなかったヴィルの方にも
別のエリア警察の一人が絡んでいる。
「俺には複数人が居たように見えたが、その車ん中に何か隠してないか?」
「さ〜て、どうでしょうね。
私はこれからマスター業務があるんでお先に失礼しますね」
飄々と返答を交わし、ナビ職の車に乗り込むとデントの方角へ車を走らせていった。
「ちっ。マスターには俺達は手は出せんからな。
おい、そっちのMK。変な隠し立てしたら直ぐにお前んとこの上司に伝えてやるから、そのつもりでな」
ここで言うMKとは、当然にネルソンの事になる。
「ご心配なく。あのマスターは変人ですが嘘をつくのは下手ですから」
真顔でそう返すと、ジュリレスターを連れてタベスの連絡塔がある方へと歩いて行く。
「適当な言い訳過ぎるだろ、あの特別警備隊の奴ら」
「ま、所詮は新種共ですよ。飼われてるだけって事に気付けない可哀想な奴ですわ」
「どうせもうすぐで潰し合うんだろ?束の間の友情ゴッコって奴だな」
「いや、そうならんようにあいつ等MKとか作って集団になった気で居るんじゃないのか?」
「ま、バローグの二の舞になる事は目に見えてんのにな。はは」
数人のエリア警察の者は思い思いに適当な話をしていた。
その声が微妙にネルソンとジュリレスターにも聞こえていたが
構っている暇はないのでそのまま歩いて行く。
「うむ・・・あのエリア警察が言っていた事はどういう事なんだ?」
「気にしない方がいい。ある事ない事適当に言いたいだけの陰口だろ」
「む。陰で言ってないが陰口か」
「・・・アンタは変な所に突っ込み入れるね」
「いや、ウチはあんたじゃなくて、ジュリレスターと言うぞ」
「っ・・・。はいはい。スミマセンでしたジュリレスター様」
「いや、リディのノリで言っただけだぞ」
「な事わかってるよ。どうせアンタとはリクを助けるまでの一時的なお仲間なんだし」
「うむ。リディの事も心配だし、早くリクの所に案内してくれ」
決して仲が良いわけではないジュリレスターとネルソンだったが
お互いにリクを救出するという目的の為なのか、不思議と呼吸を合わせる様に言葉のキャッチボールが成立していた。
何よりお互いに、ここのエリア警察の人が嫌いという共通点が見つかった事も大きかったのかもしれない。
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