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【クオリファイ-1】
ここは多分、地下5階のはずだぞ。
でも、この場所に見えるのは草原と幾つかの建物のある空間だけだな。
ほとんどが銀色で構成されているこの町には似合わない木造建築物が幾つか目に映る。
土と春の匂いが広がってて、陽の光も自然に入ってきている雰囲気だ。
この不自然な風景で何をするかもわからない状態だったけど、とりあえず前に進むことにしたぞ。
もう予選が始まっているのか、リクやマスターはここに居るのか
何もわからなかったけど、ウチはジッとしていられる性格じゃないからな。
そのまま、とある建物まで歩くとウチは少し立ち止まった。
これは民家というよりは物置の様な木造2階建ての建造物だな。
なんとなくだけど、ギンエイとシロクロという者に会った酒場に似た雰囲気がするぞ。
あと、ここの入口横にも、レコカを差し込めそうな機械がついていた。
ウチは特に何も考えず、そこにレコカを差し込んでみた。
また同じようにレコカが吸い込まれ、同じように鍵が開く音が響いた。
それを確認すると、これまた何も考えずに引き戸を引く。
ところが、その中には光が無かった為に、中がどうなっているのか分からなかったぞ。
ウチは少しだけなら照明のマテルを使えるので、中に入る前に使ってみる事にした。
明るくなった室内は、木造の壁が見え、左奥に階段の様な物が見えた。
しかし数秒もせずにその風景は暗闇に戻った。
危険な物は無いようだけど、とりあえずはレコカを取り戻す必要があるので、暗闇の中へ行く事にした。
ただ今度は勝手に引き戸が閉まらないように、戸を手で押さえながら入る事にした。
中に入った後、暗闇に眼を慣らす為、少しその場で待機していたのだけど
どういうわけか一向に眼が慣れる雰囲気がないぞ。
壁ぐらいは見えてもいいと思うんだけどな。
そして、レコカを取り戻して外に戻ろうにも、押さえている戸の裏側にレコカがあると思うから
戸を閉めない限り、取り戻すのも無理だと思うな。
もしくは、最終手段としてこの引き戸ごと壊して取り戻すしかないな。
でも確か、会場の物を破壊した時は、ある程度は弁償をしないといけない事になってたはずだから
リクにも借りがある今のウチには、平和的に素直に引き戸を閉めてレコカを取り戻す選択しかなかったぞ。
押さえていた手を放すと、引き戸は自動ドアのように閉まり
再び開けようと動かそうとしても、やっぱり動かなかった。
しかも、レコカが出てきてるだろうと思われる所に手を探ってみたけど
そこに何かがある感じが全くしない。
これはもう一度、照明のマテルで中の様子を見るしかないのか?
だけど、慣れないマテルを連続で使うと
造形のマテルにも影響が及ぶ事がわかってるので、出来れば使いたくないんだけどな。
―とか考えていたけど、それを強い光が消し去ってくれたぞ。
実際にはそれほど強い光ではなかったけど、暗闇に眼を慣らしていたため余計に強く感じたみたいだな。
どうやら、戸が閉まると一定時間後に光がつく仕組みだったみたいだ。
その中は、最初に見た通りに何も置かれてなく
レコカは引き戸の横よりやや離れて飛び出ていた。
レコカを取り戻したウチは、外に出る事より2階の階段へと進んでいた。
戻るよりは、先へ進むのがウチのやり方だな。
そういう事で曲がり階段を上がり2階には着いたけれど、ここも何一つない殺風景な所だった。
ここにも窓が一つもないために、外の状況は全く分からない。
アイテムがあるわけでもなく、レコカを使う所もないわけで
ここから出るには止むを得ないけど最終手段を取るしかないようだな。
ガッカリと肩を落としながら階段を下りると、ウチは一瞬固まった。
曲がり階段であるため、1階の様子がすぐにわからなかった事もあるけど
見えてきた風景が先程の空間と全く異なる事が、すぐには理解できなかった。
その1階は壁が木造であることは同じだが、予備予選にあったような机と椅子がいくつか設置されており
奥の壁には黒板が付けられており、大きな文字で「私語厳禁」とだけ書かれていた。
これを、ウチが2階に行っている間に準備したというのか?
随分大掛かりで面倒な事をするものだな。
机とかに目を取られていて、そこに人がいる事に気付いたのは
階段を下りきって黒板の文字を完全に確認してからだった。
どうやらこれは、ウチが2階に行ってる時に準備をしていたわけじゃなく、
この1階は、先程の暗闇の1階とは別という事みたいだ。
2階に行くことで別の部屋に移動したという事なのかはわからないけど、
檻の部屋とかと似た理屈なんだろうという事で勝手に納得させた。
というよりも、深く考えるのはウチは得意じゃないからな。
私語厳禁という事で、先に座っている人にここの状況を聞くのは難しいと思ったけど
空いている机に紙とペンが置かれていたので、それで状況を確認しようと考えた。
ウチにしては中々気の利いた行動だと思うな。
その机の前に座っている青年の方に進み、その紙を見せて反応を見てみる事にした。
ちなみに内容は
「ここは予選会場なのか?
説明はまだ始まっていないのか?
座る場所は決まっているのか?」
の3点にした。
その青年はその紙を見ると、ウチの方を見てうっすらと口を緩ませると
紙へ書き込み加える。
「多分、予選会場だと思いますよ。
説明らしきなものは何もないですよ。
座席は特に指定されてないみたいですね」
と返ってきた。
紙を受け取って一礼をすると、ウチはそのまま彼の後ろに座った。
どこかで見たような気がする青年だけど、とりあえず親切な人で良かったぞ。
ウチが座った他にも空席がまだ2個ほどあったので、もしかするとリク達もここに来るかもと思ってたけれど
結局別の2人が座って埋まってしまったな。
埋まったのはいいんだけど、もしこれ以上人が増えたらどうなるんだろうな。
座席の取り合いになるのか?
というか、座席に座らないといけないルールなのか?
そういう不安もあってなんだけど、ストレスが結構溜まってきていたぞ。
これでまたカード当てをやるんだったら、ウチは暴動を起こすかもしれないな。
やっぱり待つというのは、たいした時間が経たなくてもとても長く感じるものだな。
1時間以上は待たされた気がするが、ようやく予選の説明が始まるようだ。
地下に降りた時には、10分ぐらいで予選が始まるような事を聞いたはずだけど
実際はそれぐらいしか時間が経ってなかったって事なのか?
そういえば、黒板だと思っていた物は、実は大きな液晶画面だったようで
そこの「私語厳禁」の文字が消えると、「予選説明」という表示に自然と変わっていた。
その変化と同時に、予備予選と同じような音声が上から響いてきた。
「予選進出の皆さん。お疲れ様です。
今回はこちらのフロア全体が予選会場になります。
なお、フロアは三層に分かれており、それぞれの層ごとにチームメンバーが配置されるように移動して頂きました」
「この予選も先程の5種類のレコカを使って行います。
こちらの会場に来る際に腕輪1つと2枚のレコカを手にしていると思いますが、
腕輪にはそれぞれ番号が振られています。
その番号が描かれた5種類のレコカが、フロア内に存在しており
それを全て集めてフロア内にある"カード交換所"で5種類のカードがある事を認められたチームのみ決勝へ進むことができます」
「腕輪と一緒にあった2枚のレコカには数字が入っていると思いますが
腕輪と同じ番号が入った【○】のレコカを持っている人がいるはずです。
そのレコカを持っている人を、この予選では便宜上『リーダー』と呼びます。
リーダーは【○】のレコカを持っていれば良いので、【○】のレコカを入れ替える事でリーダーも変更する事が可能です。
リーダーの役割としましては、カード交換所に唯一入る事が出来ます。
それだけなのですが、リーダー以外がカード交換所に入るとチームは失格になりますのでご注意下さい」
「なお、リーダーには1枚だけ、その他のメンバーには2枚、全く関係ない番号のレコカが渡されています。
関係ないとは言ってもそれは他チームの番号のレコカですので、
そのレコカを交換条件にする事で自分のレコカを手に入れる可能性もあります。
もし、交換が出来なくても、殺める事がなければレコカを奪う事も認められています。
そうやって5種類のレコカを集めて、リーダーがカード交換所へ行くのが目的になります」
「なお、【○】以外のレコカは複数枚用意されています。
建物の中に隠されていたり、フロアに居る大会参加者以外の人も持っていたりしますので
運が悪くなければ集め損ねる事は無いとは思いますが、決勝へ進めるチームは25チームまでです。
当然、先着順になりますの素早く5種類をそろえる事が重要になってきます」
「最初は個人で行動はしますが、この予選はあくまでチーム戦です。
離れ離れになっているチームの仲間と合流するのが最初の行動になるという事です」
「次に、レコカ交換のルールの説明をします。
2つの方法がありますが、どちらも共通の基本的なルールがあります」
「まずはお互いにレコカ交換する事に同意すること。
次に、交換は建物の中、つまり室内でしか行えません」
「1つ目の方法ですが、お互いに同じ枚数のレコカを入れ替えする方法です。
この場合交換するレコカはあらかじめ表向きにしないといけません。
ただし、【○】だけは交換不可です」
「2つ目の方法ですが、リーダー同志で互いに5枚以上のレコカを持っている時でカードバトルをする方法です。
バトルは【○】以外のレコカを使いますが、これは画面で見てもらう方が早いので
液晶モニターを見て覚えて下さい」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【□】
→ 【+】
↑ × ↓
【☆】 ← 【≡】
*矢印の方向に勝つという意味(【□】と【+】なら【□】の勝ち)
*斜めに当たる部分はあいこになる(【□】と【≡】は引き分け)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「勝負方法は5枚のレコカを裏返しにして、勝負するレコカ1枚だけを表向きにして、バトルします。
この時【○】を出したら強制的に負けになります。
引き分けの時はもう一度レコカを組みなおして再び、5枚を裏返しに置いて勝負をします。
勝った者は負けた方のレコカの残り4枚を表向きにして、勝負したレコカを含めて自分の必要なレコカと交換する事が出来ます。
【○】以外なら枚数に制限はありません。つまり【○】が入っていなければ最高で5枚交換が可能ですが
交換ですので、自分のレコカも交換する枚数分を相手に渡す必要があります。
なお、勝った者が渡すレコカはカードバトルに使う5枚以外からでも可能です。
ただし、ここでも【○】は渡せません」
「この説明は受付時に渡しているベースレコカに情報を入れてありますので
説明内容を忘れた時は、ベースレコカで確認して下さい。
あと、腕輪の上部にはレコカを入れる事が出来る挿入口が付いていますので、レコカ収納にお役立てください。
取り出す際は数字の書かれている下側に丸いボタンが付いておりますので、そこを押すと上側の挿入口からレコカが飛び出てきます」
「最後に、チームの誰か一人でもベースレコカを失うと、決勝へは進めませんのでご注意ください」
う、うむ。
これは正直、説明が長いな。
予備予選の時も説明が多かったけど、この予選はさらに長くなっているな。
どうやらウチの腕輪には「70」と描かれているから
「70」の数字が入っているレコカを集めればいいって事なんだろうな。
あとは、リーダーとなる【○】のレコカはウチの所にはないようだ。
で、手元にある「23」の【☆】、「1」の【≡】がウチのレコカだ。
交換するルール説明はあったけど、確かレコカを奪っても良いようなことを言っていた気がするな。
ウチはそちらの方が性に合いそうだ。
「以上で予選説明を終えますが、現在居る室内でのレコカ交換は禁止とさせて頂きます。
なお、この室内から出るには引き戸からではなく階段をご利用ください。
システム上、一人ずつしか上れませんのでご注意ください。
それでは予選スタートです!ご健闘を祈ります!」
先に階段に上がってこの部屋から出る方が得なのか?
ウチは何も考えずに階段の方に進もうと立ち上がったが、事はそう簡単に行かないようだ。
階段近くに居た男がすぐに階段前に座りこんだからな。
「この階段は一人ずつしか上れないって事だよねぇ?
つまり、俺がここに居る限り、お前達はずーっとこの中に閉じ込められるってわけだ。
まして、リーダーになっていればチームも勝ちあがれない。
どうする?
カード交換は出来ないって言ってたが、カードを得ること自体は禁止されなかった気がするなぁ?
俺にレコカを渡せば無事に通してやってもいいんだぜ?
ただし、9人全員が渡さないと通さないかもしんないぜぇ?」
黒い長髪でパーマのかかったこの男。
中々あくどい事を考えているようだが、ウチはレコカを渡す気はないぞ。
実力行使で行こうと考えていたら、ウチの前に居た青年がすでに座り込みの男の所に向かっていた。
「ん?さっそくレコカを渡してくれるのかなぁ?」
「はい。
でも、一つ条件があります。
ワタシのレコカを2枚とも渡しますので、他の人達は全てそのまま通してあげて下さい」
「ほぉ?自分が犠牲になって他のチームを助けるってかい?
そんな得の無いこと信じるバカは居ないなぁ?」
「そうですか。
それでは他の方法を考えます」
そう言いながら、何故かレコカ2枚をその座り込みの男に渡してしまった。
すると、座り込みの男はレコカを受け取ると、これまた何故か立ち上がり、そのまま階段を上って行った。
「どうやら、あの方は分かって下さったようです。
他の人もお先にどうぞ」
この青年が何かをしたようには見えなかったけど
それが他の人達には不気味に映ったようで、何をする事もなく留まっている。
でも、ウチには関係ない話だ。
第一、あの青年が悪い人には見えないからな。
「さっきは紙での回答ありがとう。
ところで、あんたは一体何をしたんだ?」
階段に居た青年の方へ進んで、尋ねてみる。
「ワタシのレコカを渡しただけですよ。
すんなり諦めてくれたので、ちょっとビックリはしましたが、きっと分かってくれたんでしょう」
またうっすらと口元を緩めて答えた。
「とてもそうは見えなかったけどな。
にしてもあんたは今レコカを持ってないんだから、何処からか探し出すか、奪うかしないと先に進めないんじゃないか?
一体、何を企んでるんだ?」
「ワタシがレコカを集める必要はないんですよ。
リーダーが集めれば済む話ですので。
仲間に会えば、2枚ぐらい何とでもなる問題ですよ」
確かに一人でレコカを集めるよりは楽になるだろうから、
2枚ぐらいならどうにでもなるのかもしれないな。
そう考えると、やっぱりウチはリク達と合流しないといけないな。
予備予選の件もあって少し会い難いけれど、こうなった以上はウチが活躍して挽回するしかないな。
「そういうものか。
うむ。今度会った時は、勝負だぞ」
「そうですね。お互い頑張りましょう」
青年に軽く礼をして先に階段へと進み、曲がり階段を上っていく。
淡々とその場を離れたけれど、ウチはあの場で青年と勝負する気にはなれなかった。
2度も助けてもらってる人に力技を使うほど、ウチは野蛮ではないからな。
仮にそれが青年の作戦だとしても、それはそれで納得だ。
ある意味スッキリした気持ちで登りきると
そこは2階ではなく、草原と幾つかの建物がある、あの空間だけが映っていた。
なんて女だ・・・。
説明を聞き終わったオレは、建物を出る前に早速の戦いに巻き込まれていた。
その女はしだれ髪で目元が良く分からないが、この状況を愉しんでいるように見えた。
魔女みたいな黒に近い紺色のマントで覆われている服を着ている。
そして、その女自体を水の薄い膜が覆っていた。
膜のせいなのか声が籠って聞こえる。
「アハハん。
水も滴るいい男達って感じだね?」
そのふざけた笑い声と同時に、その膜からオレ達に向けて水が噴射された。
オレは咄嗟に両腕を交差させて水を防いだが、他の参加者は顔に水の膜が覆われている状態になり
呼吸がとてもできる状態じゃなくなっている。
「あらん?
君には効かないみたいね?
でんも、足元は封じたから似たようなモノね」
と言いながら、オレの方へ近づいてくる。
どうやら、水を防ごうとする為に、オレの解除のマテルが無意識に発動していたようだ。
それでオレだけは水の膜に顔を覆われずに済んだらしい。
しかし、防いだ水は足元に残っていたようで、それがオレの足を固定するように覆っている。
それは鉄の足枷のように固まっていて動かせる気がしない。
「そう警戒しないでよ。
殺しは罰金な上に失格になるから、気絶させるだけよ」
「・・・これは、レコカが目的か?」
「ソレも良いけど、その腕輪のエネジスの方が良いわね」
エネジス?
そういえば予選の説明には一切触れられていなかったが、腕輪にはエネジスが埋め込まれている。
この状態では奪う事は出来ないように思えるがどうする気だ?
「この腕輪ごと奪い取るのか?
簡単には外れないように見えるけどな」
「アハハん。
君自身が取り外して、私に頂戴な」
「外すだって?
このエネジスは外れるのか?」
左手につけていた腕輪にあるエネジスを右手で触れてみる。
すると、思いの外簡単にエネジスを外すことができた。
「他の男達も聞こえてるよね?
エネジスを外して私に与えてくれた者だけ、その水を解除してあげるよ」
オレは唯一抵抗できる状態だが、他の奴らはそうもいかない。
ほとんどの者がなんとか気力を振り絞って、エネジスを外してみせた。
「アハハん。
そのエネジスを私に投げつけて頂戴な。この水の膜が吸収してくれるから私は大丈夫よ」
お前の心配をしている奴は誰もないと思うが
助かるために考える時間もないのか、ほとんどの奴らがエネジスをその水女に向かって投げつけている。
エネジスは水の膜に吸収され、中にいる女の手元に移動していく。
それを確かめるまでもなく、服の中にエネジスを入れ込んでいった。
「さて、残りは君だけだよ」
「・・・水の解除が先だ」
「動かれちゃこの私の優位性意味なしってね?」
確かに解除する理由がないな。
かといって、オレがこの水女にエネジスを渡す理由もないな。
「オレはエネジスを渡すつもりはない。
強引に奪ってみるか?」
そう言って一度外したエネジスを再び腕輪に付け直した。
それを見た瞬間、水女の笑みが消えたように見えた。
「アハハん。
そういう行動をするんだ?
とりあえず、今回はこれだけでいいけど、君のも必ず頂くよ」
優位であるはずのこの水女は、何故か逃げるように階段を上って行った。
だが、困った事にオレを含む残り9人はこの建物から出れそうにない。
よく見てみると、オレの他の奴らも方足を固定されており、顔を水で覆われていなくても動きは取れないようになっていた。
そんな状況なのに逃げるように居なくなったのは何故だ?
この水のマテルは時間制とかなのか?
そう考えていても一向に解除される気配はない。
ただ立っていても疲れるだけなので、その場にしゃがみ込むことにした。
周りの奴らは既に倒れこんでいて、数人は気絶しているように見えた。
あの水女、気絶させるだけと言っておきながら
この放置プレイというのは、目的からずれているんじゃないのか?
それとも、ここから逃げ出した事と関係があるのか?
そう考えてふと足に手を当てると鉄の足枷のようになっていた水が弾け飛んだ。
・・・どう考えても、オレはバカだ。
解除のマテルを持っているのに、一番先に思いつく行動をしなかったわけだからな。
両足とも足枷を解除して、オレはようやく自由になれた。
あの水女が逃げたのは、オレが足枷の方も解除できるかもしれないと気付いていたからなのか?
いや、それだったら、最初に水の膜が効かないって言ってた時点で分かってるはずだ。
・・・良く分からない行動だな。
とりあえず、他の奴らの顔に覆われている水の膜だけは、オレのマテルで解除してやった。
あの水女が罰金を受けるのは構わないが、こいつらがここで窒息死でもされたら、後味が悪すぎる。
今後の事もあるので足枷の方は解除しなかったけどな。
死ななかっただけ良かったと思うしかないだろうな。
何人かは気絶せずに耐えていたようで、オレに助けを求めていたように見えたが
変に絡まれるのは嫌だったので、逃げるように階段の方へと進んだ。
オレはまた、不自然な一面の草原と幾つかの木造建築物がある大地に戻ってきた。
なお、階段から上がってきた所は小さな穴になっており
またその穴に戻るのは不可能に近かった。
予選での説明通りなら、ここは地下で
予選会場となる部分は3つのフロアに分かれているらしいな。
ここがどのフロアにあたるかわからないが、まずはベースレコカで現在の状況を把握しておく必要がありそうだ。
近くにあった建物の壁に背中をつけて、周りを警戒しつつレコカの中心を指で押さえた。
3つの層が白く浮かび上がり、オレは中間層の左端に居る様に黄色く点滅していた。
水色で二つの光が最下層と上部層にあるが、これがおそらくリディとジュリの現在地なのであろう。
上部層の右側に赤く光っている建物があるが、これがカード交換所といった所だろうな。
場所がわかってもフロアの移動方法がわからなければどうにもならないな。
分かっている事は、上部層に居るのがリディで最下層がジュリだろうという事だ。
理由は簡単で、上部層の水色の光が無駄に激しく移動をしているためで、
それは移動のマテルを持っているリディでしか出来ないであろうからな。
分からないとはいえ、フロア移動の可能性がある行動としては建物に入る事になるだろうな。
現に何度か場所を移動しているのは、ベースレコカを挿入して入った扉や建物だからな。
しかし、ここで気を付けないといけないのは、レコカ交換ができるのが室内という条件だ。
建物の中にあらかじめ誰かがいるって事は十分に考えられる。
予選を突破した順にこの不自然な大地に入ってきた事は、腕輪を受け取る順番で分かっている事で
若い数字の腕輪を持っている奴らが、番号の遅いオレ達よりも先にこのフロアで行動できているはずだろうからな。
幾つかの部屋に分けて予選の説明を行ったのだろうけども
あの1回だけで全て行ったとは思えない。
予備予選の説明で、順位は予選において意味があると言っていたはずなので
何度かに分けて予選の説明があったと考える方が自然だろう。
先に説明を受けていれば、その分だけこのフロア内を行動できるわけだ。
後発のオレ達は、先に来ている出場者に行動を見られている状態だと言えるな。
カード交換については両者同意の上でないと行えないシステムだが
奪い取る事を禁止してるわけじゃないから、建物の中で何だかの策を練っている可能性もあるわけだ。
安易に建物に入る事は出来ないが、かといって入らないと先には進まない。
予選突破は25組というのは予選参加数が75組という事を考えると非常に多い数だが、
それでも安心できる数じゃない。
建物に入るにしてもすぐ近くのは危険な気がするので、少し歩いてみる事にした。
それにしても人が一人もいる気配がないというのも変な気がするな。
隠れるにも疎らに配置された木造建築物しかなく、あとは終わりの見えない草原が広がっているだけだからな。
こうやって堂々と歩いている事自体がおかしな行動なのかもしれない。
数分は歩いたであろうが、ベースレコカがないと何処に向かって歩いているかさっぱりわからない状態だな。
近くに見えた建物の壁に再び背中をつけてベースレコカを見てみると、
最初に見た時よりやや右側に進んでいる事がわかる。
そして、いつの間にか、ジュリがオレと同じフロアに移動していたようだ。
リディは相変わらず最上層で休む事なく激しい移動を繰り返しているな。
ジュリはそのまま居てくれるなら、それほどしなくて合流できそうな位置にいる。
それにしても、予想通りというべきかジュリはリディと別の意味で行動派だな。
ジュリもベースレコカでオレ達の居場所を把握していると良いのだけどな。
ベースレコカで居場所を確認したところ、どうやらリクとウチが同じフロアに居る事がわかった。
でも、このままだとリクが来てもどうにもならないな。
ウチは白髪の老人風な人物と共に動きを止められていた。
その場に入った瞬間、足元がぬかるみ、膝近くまでが埋まってしまっていた。
「だからここには来るなと言ったであろう」
ウチはこの老人に来るなと言われたのだが、それでも来てしまった理由があった。
予選説明後、階段を上がって草原へと戻ると、近くに見える建物前まで来た。
するとそこで、ある人物に再会したんだ。
全身が黒マントで、片言で喋るあの口調。
ウチがウエブの城の護衛を解かれる原因となったクラークという男がそこの建物の前に居たんだ。
「あ、あんた!」
「ヨウコソ。
ン?君はボクに会ったことがアッタのかい?」
その言葉でウチは怒りを覚え、即座にクラークに向かって突進した。
しかし、奴はそれをわかっていたかのように建物の中へ入った。
当然ウチも追いかけるように中に入ったぞ。
クラークは間合いを取りながらウチの方を向いていた。
ウチは無心で床に手をあて、そこの素材で槍を作り出した。
「アぁ。ウエブの城デ警備していた、お嬢サンですネ。
この大会で会うトハ、ボク達はヨッポド縁がアルみたいデスね」
「メレオンを持っているんだろう。ウチが取り戻す!」
構えると同時にクラークに向かって走り出した。
クラークに向かって槍で貫いたけども、また槍の先端が溶けて本体へ届かなかった。
「前よりアラい突きダネ。それではボクじゃナクテも、貫ケナイよ」
ウチに冷静さがなかったのは事実だ。
クラークに誘われるように階段を上り、2階まで進んでしまっていた。
その間にも何度も攻撃を試みるが
大振りになってしまっていたのか、槍を溶かすまでもなく簡単に避けられていた。
「一応確認するケド、レコカ交換しなイカい?」
「ウチがこの大会に出た理由の一つは、あんたに取られたメレオンを取り戻す事なんだ!
メレオンと引き換えなら考えるぞ!」
「カード交換ノ条件にはそうイウノは無かッタネ」
「なら、実力で取るぞ!」
槍をもう一度構えなおしてクラークの方へ向ける。
この時、別の声が微かに聞こえていたんだけど、ウチには完全に届いてなかったんだ。
「忠告を聞いタほうガ良いカモよ」
「あんたこそ、ウチの攻撃がこれだけだと思うな!」
槍を構えたまま再びクラークの方へ走りだすと、間合い近くまで来ていた。
「それ以上来てはならない!」
今度は第3の声がはっきり聞こえたが、ウチの足は止まらない。
クラークに向けて槍を突き刺そうとした瞬間、景色が一変した。
ウチの踏み足は地面に埋まり、勢いのままにもう片足もバランスを崩しながら先へと進み
同じように地面へ埋まっていく。
このままでは片手も地面に埋まる体勢になってたけど、槍を使って何とか地面に手を付くのを避けた。
落ち着いて周りを確認した頃には画面が変化していた。
実際のクラークは少し遠くに居て、ウチの横には同じような状態で地面に埋まっている
白髪の老人風な人物がそこに居た。
「腕輪に付いてル、エネジスをボクに渡してクレタら、ソコから助けてアゲルよ」
「ふざけるな!これ以上あんたに与える物はない!」
体勢を立て直して突き刺していた槍をクラークの方へ投げつけたが
それは軽く避けられ、そのまま消えていった。
「申し訳ナイ。槍のプレゼントを受け損ねてシマったよ」
ふざけた回答を残して、それは蜃気楼だったかの様にクラークもその場から消えた。
そして、膝近くまで地面に足を埋めている二人だけが残った。
「あんたもクラークに騙されてここに居るのか?」
自分に腹を立てながらも、白髪の老人風な人物に状況を確認することにした。
「あの男はクラークというのか。
そうだ。ワシも騙されたという事だな。
カード交換を行ったんだが、ワシがカードを渡して、今度はこちらが貰う番になった時に、突如景色が変わってな。
足は膝まで埋まって、しかも腕輪にあるエネジスも奪われたんだ。
どうやら、建物自体があのマントの男が作り出した幻だったみたいだな」
「どうして、エネジスも渡したんだ?」
「あの男は5枚のレコカを持っていてな、ワシの2枚とエネジスと交換という条件だったのだな。
しかも、ワシの番号であるレコカを4枚持っていたんだな。
その交換が成立すればあとはリーダーにカードを渡すだけでワシのチームは予選突破だったんだな」
「それはウチでも思うけど、おかしな条件だと思わなかったのか?」
「嬢さんはクラークの素顔を見たのかな?
ワシには見せてくれてな、ずっと隠していたら怪しくて交換などど考えなかったが
そのせいもあって、ワシはその交換を飲んだのだな。
結果的に、正式なレコカ交換じゃないから室内でもなくても成立出来たというわけだが」
「む。素顔は見てないぞ。
ただ、ウチはそういう幻覚を見せつける事が出来るエネジスをあの男に奪われてしまったんだ」
「そうか。
ただその幻覚が一部は本物だからワシは騙されたのだ」
「本物?」
「嬢さんも入った建物自体は本物で、2階に上がっている所までは本物だったのだろうな。
現にワシも違うフロアに移動しているからな。
ただ、その2階の空間を幻覚で作り出したのがクラークという事だな」
「む。小難しいは苦手だな」
「ワシもうまく説明できんが、クラークは最初、最下層のフロアに居たんだが
カモにする人を幻覚の空間に迷い込ませて、このぬかるみに連れ込んでるという事だろうな」
「・・・となると、さっきベースレコカで居場所を確認したけど、
ウチは今は中間層に居るけど、最初は最下層に居たって事なのか?」
「ああ。ワシと同じ流れならそうなるな。
ところで、メレオンとは一体何かな?」
「先程の話で出てる、幻覚というか違う色を作り出すエネジスだぞ。
クラークはウチから、いやウエブ城から盗み出したんだ」
「そうだったのか。
なるべくあの男には係わらないようにしないといけんな」
「いや、ウチはそうはいかないぞ。
あの男からメレオンを取り戻すのが一つの目的だからな!」
「そうか。無理はしない事だな。
にしても、幻覚がエネジスの効果だとすると
この地面のぬかるみを作ったのは、クラークの得意マテルの影響という事だろうかな?
最初からこういう場所を作っている可能性もあるが」
「うむ。ウチも良く分からないけど、奴は物を溶かすマテルで有名らしいな」
「溶解系のマテルでは、ぬかるみを作れても足が埋まって固定させられているこの状況を作るのは難しい気もするな。
となると、元からこういう場所があって、クラークはそれをうまく利用したという事かな。
ただのカード探しになるわけがないと思っていたが、面倒な事だ」
うむ。
確かに、地面が溶けているというより
ぬかるみの奥の土が足を捕えている感じがするな。
「ところで、嬢さんの得意マテルは投擲か何かかな?」
「いや、投げるのは得意じゃないぞ。
槍を作る方だな」
「・・・となると、この状態では得意マテルが使えないという事だな」
「うむ。そういう事になるな」
「1つ提案なのだが、腕輪に付いているエネジスをワシに貸してもらえないだろうか。
それがあるとワシのマテルで二人ともここから出る事が出来るはずなんだ」
「む?このエネジスでどうにかなるのか?」
「知らんのかね?
本来エネジスはマテルを吸収したり、放出する能力を持っている物で、
マテルの力が入っていないこの腕輪のエネジスの様な物だと
マテルのブースト装置的な使い方ができるんだよ」
「そうなのか。良い事を聞いたな。
このままだと何もできないから、ウチので良ければ貸すぞ。
・・・ところで、どうやってこれを外すのだ?」
「腕輪をつけている本人なら、そのまま素直に外れるようになっているな」
言われるがままにウチは、腕輪のエネジスに手を触れた。
まるで少し強めの磁石でくっついているかのように、思いの外簡単に外すことが出来た。
「それでは渡すぞ」
二人の距離はそれほど離れてはいないが、
手渡しできる程ではなかったため、エネジスを軽くほおり投げた。
ところが、白髪の老人風な人物が受取ろうとしたその時、エネジスと共にその場から消えてしまった。
ウチはすぐにその状況を理解できなかったんだ。
「君を探しテ仲間もここにヤッテくるだろう?
それまでキチンと餌役を頼ンダよ」
姿は見えないがクラークの声だ。
ウチには見えていないだけで、それほど遠くにいるわけじゃないはずだ。
更に今度は白髪の老人風な人物の姿も消してしまった。
そして、餌役などというふざけた事を・・・
つまりウチは、リクやマスターを誘い込ませるための罠という事か。
また、足を引っ張ってるだけじゃないか。
何をやってるんだ・・・ウチは。
「おい!大丈夫か!」
ウチは白髪の老人風な人物が居た方に声をかけてみるが、全く反応がない。
それともクラークが何かをしたという事なのか?
なんで、ウチはまた何もできないんだ・・・。
両足を必死にもがくが、石膏で固められたかのようにビクともしない。
特に爪先の方は何かに絡められているかのようだ。
最後は悔しさと情けなさで目が痛くなっていた。
・・・おかしい。
ベースレコカで見る限り、もうジュリの姿が見えていても変じゃないはずだ。
しかし、見えるのは殺風景で不自然な大地のみで建物も近くにはない。
空間的には同じフロアに居るけど、フロア移動に使った建物の影響か何かで
まだ実際にはここにはないという事か?
やってはいけないと分かっていながらも、つい声に出してしまった。
「ジュリ!ここに居るのか?」
返事がない・・・ただのs
「リク!何処に居るかわからないが、それ以上こっちに来るな!」
ジュリの声が響く。
ここの空間には居るのは確かだが、声だけは聞こえる状態という事のようだ・・・。
目隠しなどで見えなくさせられているのか?
いや、オレにも見えないという事は、両者共に見えないように
風景を変えられていると考える方がしっくりくるか。
そして、来るなという事はジュリが居る所に罠か何かがあるという事だ。
「一体何が起きている?オレにはジュリの姿が見えないんだが」
「ウチにもリクの姿は見えないぞ。これは幻覚を作るエネジスを持った奴のせいだ」
状況的にジュリは原因がわかっているが、動くことが出来ない状態のようだ。
もしかして、あの水女によってジュリも動きを止められているのか?
声を出せるようにしてるのは、オレを幻覚の中に入り込ませるための罠。
いやいや。
声を出されればこのように事前に回避できるし、
ベースレコカがある以上は声を出せない方が罠にかけやすいはずか。
なんにせよ、ジュリを使ってオレをおびき寄せてる事に変わりはないな。
そう考えてる間に一部の空間が歪み、ソコから一人の青年がフラフラになりながら現れた。
「君・・・この中は危険だ。
というよりこの場所自体が危険だ!」
「何が起こっている?ここには仲間がいるんだ」
「いや、ここには誰も居ない。私も幻聴に騙されたんだ」
今度は幻聴だと?
このジュリの声が幻聴?
いや、幻聴の割には随分辻妻の合う言葉の返しを受けたのだが。
「リク!そこに誰かいるのか?黒マントの奴か?」
黒マント?
いや、ここにはハリネズミのような頭をした青年しかない。
「ダメだ。話を聞いてはいけない。
仲間だと思わせる言動で君を罠にかけようとしているだけだ!」
「・・・罠って何だ?お前は一体何を見た?」
ジュリに返答する前にこの男に状況を確認する。
「私はあの空間にあるエネジスに騙されたんだ。
視覚を歪まされ、幻聴も聞かされてな。
自分の考えも読まれてしまうようで、普通に仲間と会話しているような雰囲気になってしまう。
あとはエネジスの周りの地面がアリ地獄のような状態になっていて、足を踏み込めば一気に中心に吸い込まれてしまう。
私は間一髪でそれを避けて、ここに逃げ延びたんだ」
これは・・・都合がよすぎる。
だが、ご都合主義なのはこのエリアの特徴とも言えるから、逆に信用してしまいそうだ。
幻を見せるエネジスがあるという解釈をすれば、一応辻褄は合うけどな。
「リク!黒マントの奴は危険だ。幻覚を作るエネジスを持っている」
「幻聴の言う通りなら、君はリクという名前なんだな?」
「・・・あぁ。
そういえば、お前の方の幻聴はオレには聞こえないんだな?」
「そうだな。腕輪のエネジスを犠牲にした影響かもしれん」
よく見ると、その青年の腕輪にはエネジスが付いていない。
理屈は分からんがエネジスを例のアリ地獄に投げ捨てた事で、幻聴がなくなったという。
「リクも同じことをする必要はない。
幻聴と分かれば無視をすればいいだけだからな」
ごもっともな意見だ。
だが、オレの考えは少し違っていた。
その幻聴自体が嘘だと思っていたからな。
なんでこの青年があからさまな嘘をついているのかは考えないようにしたが
その空間に入るな的な事を言うことで、逆にオレをその空間に入れようとでもしているのか?
となると、ジュリが入るなと言っているので、オレが中に入る事は絶対ないだろう。
それはこの青年もわかる事だろうから、こんな嘘をつくだけ間抜けだ。
じゃあ逆に、この青年にも入られると都合の悪い事があるという事か?
これも、ジュリと意見が一致するため、以下同略だな。
そうなると、ジュリの声が本当に幻聴で、
この青年は本当の事を言ってると考える方が自然になってしまうのか?
どうも変に考え過ぎて、やや混乱気味になってるのは否定できないな。
「ウチは何とかここから出るから、リクはマス・・・、リディの方に向かってくれ!」
「ジュリはどういう状況なんだ?」
「ウチは両足が埋まってる。動けないけど腕は動く。やれるだけ何とかやってみるぞ!」
青年が表情を変えずに、ジュリとの会話をしているオレを見ていたのがやや気になった。
しかし、本当に都合の良い幻聴だな。
会話が普通に成り立つという幻聴・・・それは青年が言うには自分の考えも読まれてしまうからだそうで。
「これは危険だ!」
突然、青年が飛び上がると、オレは見えない何かに足を取られた。
縄のようなもので足を締め付けられているかのようだ。
体をひっくり返され、ジュリの声がする方へ方足を引きずられる。
「リク。エネジスで何とか逃げ出すんだ!」
青年は声を出すだけで、見送るようにオレが連れ去られる様子を見るしかなかった。
見えない縄が突如うねりを上げてオレは少しだけ空に浮いた。
そのまま止まることなく、ジュリの近くへ両足が綺麗に突き刺さった。
ジュリの方がオレより遥かに身長が高いのだが、膝上まで足が埋まるとそれほどの差は無くなっていた。
ソレもあってか、この状況に空しさを覚えた。
「ジュリもここに吸い込まれたのか?」
「・・・違う。ウチは下のフロアから上がって来た。
移動した場所がここだっただけの話だぞ・・・」
疲れているだけではないジュリの声のトーンに、オレは幾つかの不安を覚えた。
「なんで・・・ウチの話を聞いてくれなかったんだ」
「返答はしなかったのは悪かったと思うが、ちゃんと聞いていたよ。
それに、会話をしていた青年はマントの男じゃなかった」
「そうか・・・。片言でもなかったようだしな」
ジュリはオレの方は向かず俯いたままだ。
疲れやオレが言うことを聞かなかった以前のショックみたいなものがあるように見えた。
「リク!大丈夫か?
そこで見える映像は全て幻覚だから騙されるなよ!」
未だにあの青年はオレを騙せると思ってるらしいな。
幻覚や幻聴と言えば、相手の精神状態の変化も表現できると思っているのか?
このジュリは本物だ。
オレは黒マントの男の事を知らないし、それを幻聴にする必要性がない。
ただ一方で、青年も全て嘘をついているわけではないという事だな。
青年の都合の良いようにジュリを幻覚や幻聴に仕上げてるという事か。
あえて考えるまでもないが、あの青年が黒マントの男という事なんだろう。
幻覚の犯人が今頃分かった所で、何かが出来るわけじゃない。
問題はこの足場だ。
アリ地獄とまではいかないが、膝上まで埋まってしまっている。
だが、これが仮にマテルの力で作られているなら、なんとかなりそうだ。
ソレを確かめるように両手を地面に埋めてみた。
ゆっくりとだが自分の周りのぬかるみが変化していく事がわかる。
どうやら仮定は当たっていたという事らしいな。
というわけで、更に深くまで手を差し込んでみる。
格好の悪い前屈姿勢だが、そんなことを考えている余裕などない。
爪先部分には、おそらくオレを引っ張った犯人と思われる無数の根が絡み合っていた。
透明の根を使いオレの足に絡ませてここに引き込ませたという事か。
黒マントの男の得意マテルかは分からんが植物を操るマテルを使っているようだな。
この足場がぬかるんでいるのもこの根が影響しているのだろう。
犯人の根に手を触れ、動かなくなったことを確認したのち
強引に根を引きちぎりながら手と足を使って這いつくばるように地面へ上った。
足場のぬかるみを固定するため、しゃがみながら手を常に地面に置いての行動となった。
オレの持っている解除のマテルはこういう時には活躍できる。
直接的なモノじゃない分、使用するタイミングが難しいモノではあるけどな。
「リク?
どうやって脱出したんだ?」
「今、ジュリも助ける」
四つん這いになりながらジュリの方へ進み、同じように手を突っ込み根を引きちぎろうとするが
身長の事をすっかり忘れていた。
オレの腕の長さではジュリの爪先まで届かなかった。
しかし、爪先以外周辺の土のぬかるみは無くなっている。
その変化に気が付いたジュリは、何故か不安そうにオレを見ている。
「リク・・・もういい」
「どういう意味だ?」
答える前にジュリは、オレの腋を抱えて腕を上げさせて、その場に座らせた。
ジュリはというと、そのまま強引にぬかるみから這い上がる。
「ありがとう。
リクのおかげで地面に上がる事が出来たぞ。
・・・ウチは・・・一体何をやってるんだろうな・・・」
言葉は笑っていたが表情は引きつっていた。
それと同時に右拳を強く握りしめる。
今にも喧嘩をしかねない雰囲気のジュリの方を見る事が出来なかったオレは
なんとか話題を振るしかなかった。
「黒マントの男は植物を操作するマテルが得意なのか?」
「・・・いや、奴は物を溶かすマテルが・・・得意のはずだ」
「この地面のぬかるみは植物の効果だけだけじゃなく、その溶かすマテルも関連していたという事か」
「・・・ウチには良く分からないけど、クラーク以外の敵がここに居たという事だ」
「クラーク?」
「黒マントの男の事だ。まだこの近くにいるはずだぞ」
ジュリの予想と違い、オレはもうここには居ないと感じていた。
おおよそだが、オレがぬかるみから脱出した時には青年の気配がない感じがした。
数分程辺りを歩いたジュリは、クラークが居ない事を理解できたようだ。
しかし、声をかけにくい雰囲気だな。
オレの方を向かずに目の前でジュリは立ち止まる。
「ウチは・・・リクに謝らないといけない事ばかりだな。
予備予選も・・・そうだ」
何の話だ?
オレとジュリは予備予選でそんなに絡みがないはずだが。
「予備予選でウチは何一つできなかったんだ。
そして、この予選でもこうだ。
何のために、ウチはここに居るんだろうな・・・」
オレにはジュリの方を見る勇気は無かった。
肩が軽く揺れているのは分かる。
「オレはオレの為だけにここに来ている。そこまでジュリが考え込む事は無いさ。
正直、ジュリが居ないとオレはこの大会に出る事すら出来なかったんだ。
それだけでも十分ありがたい」
「・・・。
リクは良い奴だな。ほんとに。」
そんなことを言われたのは、ジュリが初めてだな。
しかも、そんな言葉を聞きなれてないせいか、なんとなく居心地も悪い。
少なくともこのエリアに来てからは、他人の事を考える余裕なんてなかった。
いや、今だってない。
ジュリはオレを変に買いかぶり過ぎているだけだ。助けた恩というのもあるんだろうけどな。
「・・・一発殴ってくれ」
こちらを突然向いたかと思うと、とんでもない事を言い出した。
「あ、いや・・・理由もなく女性を殴るっていうのはな」
「いや、ウチが納得できない!!
これではリクの迷惑になる事しかできてない!」
これは・・・殴らないと納得できないって顔だな。
どうしたものか。
「いや、そんな程度じゃオレが納得できないな。
こんな愚痴を言ってないで、この大会で優勝してくれれば納得するぜ」
非常にクサい台詞だが、これが精一杯の返答だった。
ソレを聞いたジュリはしばらく固まったままで、目を軽く閉じていた。
「マs・・・リディと合流しよう。
頼りにならないかもしれないけど、ウチなりに全力で守る」
ぎこちない作り笑いだったが、ソレがオレが初めて見たジュリの笑顔だった気がした。
「ありがとうな。
あと一応・・・リディもメンバーだから合流しておくか」
ジュリの背中を軽く叩いて、オレは少しだけ先へと歩きだした。
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