オーラフォトンを集中した神剣を、全力で振るう。集中し、微塵も休むことなく乱打。
 しかし、ヒミカもその全てに反応して受けていた。

「くっ!」

 一合、二合、三合。
 一瞬の間に幾度も刃をぶつけ合う。
 その都度に。
 キィンと、高い剣戟の音が響き渡った。










黄昏に望む――


/ 再会に想う  3rd











「だあああああああっ!」

 俺は、呼吸すら忘れたかのように攻撃を続けた。
 だが、未だ一撃も当たらない。力で圧倒しようとする俺に、ヒミカは技術と切り返しの速さで対抗してくる。

「くっ! 何故私の神剣魔法を受けてすぐに動けたのですかっ!」

 四合、五合、六合。
 数瞬の間に、無数の技の応酬が繰り広げられる。

「さあなっ!」

 七合、八合、九合。
 俺はヒミカの問いにとぼけて答え、刃を振るうことだけに集中した。でなければ俺の穴だらけの剣技なんて、すぐに破られてしまう。今は拮抗しているが、もし俺が攻撃を喰らってしまえば、大きな隙が出来る。
 その間に距離を取られ、さっきの神剣魔法をもう一度放たれてしまえば終わりだ。
 だから、俺は必死に斬撃を放ち続ける。
 十合、十一合、十二合……。

「おおおっ!」
「く……強いっ!?」

 ヒミカも必死に受けようとするが、力を完全に受け流すことは出来ないようだ。数合に一度反撃を試みてくるが、俺の攻撃に姿勢を崩された状態からの一撃はどれも大したものではない。
 俺だってアセリアやエスペリアとの訓練を続けてきたんだ。あの二人の剣技に比べれば、防御はまだ容易かった。
 そんな応酬が続き、徐々に俺もヒミカの攻撃に慣れてきた。もっとも、さすがに余裕を持てるほどではないけど。
 だが、それでも少しは他に気が回るようになった。
 ヘリオン達の様子が気になって、ちらりと目線だけ彼女らの方を見遣る。
 その先では、俺とヒミカから距離を置いた場所で、ヘリオン達が二人がかりでハリオンを圧倒していた。
 ヘリオンがひたすら回り込みつつ居合の太刀を放ち続け、エスペリアはヘリオンの攻撃のタイミングに自分の行動を重ねることで確実にダメージを狙っていっている。
 ハリオンは防戦一方で、反撃に移る暇など微塵も無い。シールドハイロゥ、『大樹』、そして大気の防御壁と持てる力全てを受けることに費やしているようだ。
 その状況下で、ヘリオンは眼の前の敵だけに必死になっている。
 だが、エスペリアは俺の方にも気を配っているようだ。一瞬だけこっちを向いたエスペリアと、眼が合う。

――こちらは、大丈夫です。

 そんな意思を伝えるかのように、彼女は小さく頷いた。俺も微かに首肯して返す。
 よし……あっちは時間の問題だろう。
 だったら、俺も一気に!

「決めるっ!」

 声と共に一際力を込めて、ヒミカの神剣を大きく弾き上げた。衝撃で、ヒミカは体勢を崩す。

「しまっ……!」
「おおっ!!」

 その隙を狙って、振り上げた剣をそのまま逆袈裟に振り下ろす!
 だがそこで、ヒミカの驚いていた顔が急に冷静になった。眼が、スゥッと細まる。

「大振り過ぎます」

 俺の一撃が加速し勢いが乗る前に、剣の軌道にヒミカのスフィアハイロウが割り込んできた。

「なっ!?」

 その球体に剣先を大きく逸らされ、しかし振り下ろす勢いは止められない。刃はヒミカに当たることなく、ただ空気のみを斬り裂いた。
 そうして剣を振り抜き無防備になった俺の身体に、ヒミカのもう一つのスフィアハイロウがぶつけられた。

「ぐ……!」

 大した威力ではない。が、体勢を僅かに崩され攻撃の流れを一瞬止められる。その間隙をついて、ヒミカは俺から全力で遠ざかろうとしていた。

「根源たるマナよ……」

 マナを集め、神剣魔法の詠唱を行いながら。
 ……ッ! マズい!
 ヒミカの意図を察知し、即座に後を追いかける。だが、彼女も全力で走っているのだろう、距離は思うように縮まらない。
 ようやく俺の十数歩先で彼女の足が止まったと思ったら、俺に向けて掌を突き出してきた。
 先刻と同様、彼女の掌を中心に紅い魔方陣が展開され、渦巻くマナが灼熱の火球へと姿を変える。
 く……間に合わないか!
 俺は追うことを諦め、その場に立ち止まった。さっきヒミカの神剣魔法を受けた時のように、剣にオーラフォトンを集中する。
 ――受け切れよ、バカ剣!
 凌ぎ切るという決意で、俺は炎が襲い来るのを待ち受けた。が。

「……その姿を火球に変え敵を」
「――テラー!」
「包み……!?」

 瞬間。
 ヒミカの詠唱を遮るように高い声が響き、彼女の周囲を黒い霧が包んだ。思わぬ攻撃に彼女の詠唱が途切れる。

「ユート様っ! い、今です!」

 続いて後方から響いてくるヘリオンの声。

「お、応っ!」

 その声に導かれるように、防御の為に集めたオーラフォトンをそのまま刃に乗せる。神剣を上段に振りかざし、一足飛びにヒミカに向かって跳び込んだ。

「く! ファイアボール!!」

 ヒミカは俺の突進に合わせて火球を放ってくるが、不意打ちで集中を乱されたようだ。迫り来る炎はさっき俺が防ぎきれなかった火球よりはるかに小さく、感じるマナの量ががまるで違う。
 これくらいなら!
 俺はオーラフォトンの防御壁を展開させず、火球を剣の腹で受けて防いだ。

「おおおおっ!」

 飛び込んだ勢いのまま、力押しで弾いた。そして、返す刃をヒミカに向けて振るう。
 当のヒミカは、詠唱の為に神剣を地面に突き刺し構えを解いていた。

「く!」

 その為、俺への反応が一瞬遅れた。ヒミカは咄嗟に神剣を構え、俺の刃を辛うじて受けた。が、捌き、流すことは出来なかった。防御するだけで精一杯のようだ。一撃の重さに圧され、ヒミカが後ずさる。
 と、さらにそれから一拍遅れて、

「い、居合の太刀!」

 掛け声と共に、小柄な影が飛び込んでくる。
 そしてその影、ヘリオンが振るう刀は、ヒミカの身体に迫り――
 しかしヒミカは、俺の一撃を防いでいて防御する事ができず。不意を突かれたこととヘリオンの速さとで、スフィアハイロウを盾にする余裕も無い。
 そうしてヘリオンの斬撃は、吸い込まれるようにヒミカの脇腹に流れていった。
 ドッ、と低く鈍い音が響く。
 訪れる、静寂。
 俺もヘリオンも、何も言葉を発さない。
 そして、数秒の沈黙の後……

「………………………はぁ。負けました」

 搾り出すように、ヒミカが低い声で宣言した。
 刀は……黒鞘に包まれたままのヘリオンの神剣は、ヒミカの脇腹に僅かにめりこんで止まっていた。もし抜刀していたなら、致命傷だろう。これで、ヒミカも『戦闘不能』だ。

「ユ、ユート様っ!」
「ああ、やったな」

 ヘリオンが、喜びを隠さずに俺に笑顔を向けてくる。
 俺も微笑みを返し、しかしすぐさま顔を引き締め別の方向へ向き直った。エスペリアとハリオンが戦っている方向へ。そうだ、まだハリオンが残ってる。
 …………が。

「はぁ〜〜。私も降参します〜〜」

 ……唯一残ってた筈の相手は、相変わらず気の抜ける声であっさり降伏してきやがりました。


◆  ◆  ◆


「ハリオン……もう少し粘ろうと思わなかったの?」
「だって〜、ネリーもヒミカもいなくて〜私一人でユートさまたちに〜勝てるわけないじゃないですか〜」
「……それは、そうだけど……」

 模擬戦が終わって。
 俺たちは訓練所の隅で腰を下ろし、身体を休めていた。

「うー! 痛いよー!」
「ネ、ネリー落ち着いて……ちょっとタンコブが出来てるだけなの」
「でも痛いの! エスペリアも峰打ちならもうちょっと優しくしてよー」
「はい、ごめんなさい。でも、模擬戦とはいえ戦いですから。そう手を抜くわけにはいきませんよ」

 エスペリアは文句を言うネリーを笑顔であしらいながら、彼女の傷を治している。勿論、最も重傷だった俺の火傷は真っ先に治してもらっているが。

「パパすごーい! やっぱりパパは強いね」
「……ユート、頑張った。ヘリオンも」
「はは。ありがとう、二人とも。ってこらオルファ人の身体をよじ登るなっ」
「あ、ありがとうございます」

 オルファとアセリアは、彼女らなりに俺たちを称えてくれた。ヘリオンはラキオス最強であるアセリアに褒められたからか、照れた表情を浮かべている。ただ、その割にはあまり嬉しそうに見えない。口元が少し引きつってるようなのが気になった。
 ああ、でもそれより聞いておきたいことがあったっけ。

「あ。ところでヘリオン」
「は、はい。何でしょう?」
「さっきの模擬戦だけどさ。俺の援護に来てくれたじゃないか。よく俺が危ないって分かったな」

 ハリオンを相手にするだけでいっぱいいっぱいに見えたことは言わないでおいてやった方がいいだろう。

「あ、それは、その……」

 ヘリオンは言葉を濁して、少し俯きながらエスペリアの方を見た。その視線に気付いたエスペリアが、にこりと微笑を返す。
 ああ、そういうことか。
 エスペリアが戦況を見て、ヘリオンを援護によこしたってわけだ。ハリオンを抑えるのは自分の方が適切だと判断して。
 まあ、あのままだと結果的にヒミカたちは倒せても、先に俺が倒されてただろうしな。
 ……結局、今回一人も脱落せずヒミカたちに勝てたのはエスペリアのおかげってことか。

「ユート様。お話中のところ申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」

 と、談笑する俺たちに突然言葉が投げかけられた。
 声のする方を見てみると、ヒミカが神妙な顔をして立っていた。傍らには、相変わらずの笑顔を浮かべているハリオン。いや、気付くとネリーとシアー、それにエスペリアまで俺の周りに集まっていた。
 俺の側にいるヘリオンは、反省しているせいか少々暗い表情のままだ。

「ああ」

 ヒミカの様子に、俺も真剣な顔をして答える。

「ありがとうございます。では、先程の模擬戦についてなのですが……」

 ヒミカはそこで言葉を切ると、突然頭を下げた。

「ユート様のお力、確かに拝見させて頂きました。先刻無礼な物言いをしてしまったこと、心から謝罪いたします」
「ヒ、ヒミカ?」

 あまりのヒミカの豹変ぶりに面食らう。
 あ、でもエスペリアが言ってたっけ。勝気ではあるけど、それ以上に実直、って。

「一人の脱落者も出さず私たちを二人まで倒すその手腕、お見事でした」
「はは。いや、まあ、な」
「……もっとも、それらを成功させたのはエスペリアの状況判断能力でしょうが……」

 うわ、気付かれてるよ。
 さらに何を言われるのかと内心で冷や汗をかきながら、ヒミカの言葉を聞く。

「ヒミカ、先の勝利は決して私の力では」
「ああ、分かってるって。……ユート様、それでも私は、貴方なくしては先程の決着はなかったと思います。何故なら私が最初に放った神剣魔法、あれは、私が全力で放ったものなのですから。……ユート様たちを、最悪再起不能にするくらいの気持ちで」

 っておい。

「しかし、それをユート様は防ぎきりました。更に、その後追撃に移った私の攻撃にも完全に反応して」
「いや、それは……」

 あれは、俺の力じゃない。バカ剣が動かなかったら、俺はヒミカの神剣に貫かれて負けてた筈だ。
 その事を告げようとして……

【……言わせておけ……この妖精の信を得た方が、後々やりやすい……】

 突然、バカ剣の声が響いてきた。……てめえ、何考えてやがる。

【……我の求めは……より多くのマナだけだ……今のところは、な……】

 それだけ言って、バカ剣は再び沈黙した。俺の話なんて聞こうともしない。
 ああ、そうかよ。くそ、気に食わないヤツ。
 でも、まあ……確かに黙ってた方がいいか。折角ヒミカたちが俺の力を認めてくれようとしてるみたいだし。
 そう結論付けて、結局黙ってヒミカの言葉を聞くことにした。

「経験の少ない今ですら、それほどの能力です。ですから……」

 ヒミカが、微笑を浮かべる。

「『求め』のエトランジェ、ユート様。私は貴方を認め…………いえ、貴方が隊長であることにもう何の異論もありません」

 そして、はっきりと、そう告げた。
 皆の耳にも明確に聞こえるように。
 俺を隊長として認める、と。

「えっ……と。それじゃあ……」
「はい。今後はユート様の指揮に従います」

 そう言うと、ヒミカはぺこりと頭を下げた。
 ……なんか、すごいな。ここまで潔いとは思わなかった。

「わぁ! やったねパパっ」

 続いて、様子を見ていたネリー達もそれぞれ思い思いに言葉を発する。

「はーいっ! ネリーもユートさまが隊長でいいと思うよー。ね、シアー?」
「あ、あの……私は最初から、異存ありませんでした」
「よろしくお願いしますぅ〜」
「はー……多分セリアならまだ折れたりしないんだろうなぁ。やっぱり私には代わりは無理よ。……自分の物言い思い出すと胃が痛くなってきたわ」

 その様子を見ていたエスペリアが、満足げに頷いた。
 そして真面目な表情を作ると、俺たちに向って口を開く。

「ではユート様の隊長着任の件も無事まとまったことですし、今日はこれで解散にしたいと思います。明日以降、追ってユート様よりご指示がありますので、それまで各自訓練を怠らず待機していてください。よろしいですか?」

 エスペリアの説明に対し、皆がそれぞれ返事をした。
 それを受けて、エスペリアが俺に目配せする。……ああ、最後は俺が締めろということか。

「……えっと、今日は皆お疲れさん。じゃあ……解散!」

 俺の言葉に、皆一斉に返事をする。その後、各自スピリット館に足を向けた。
 さて。じゃあ俺も帰るか。
 流石に今日は疲れた……。


◆  ◆  ◆


 帰路。
 館へ向かう途中で、少し先をヘリオンが歩いているのを見えた。俯き、肩を落として、とぼとぼと歩幅を狭くしている。
 ……うわ、暗。

「なあ、エスペリア。先に帰っててくれるか」
「はい? それは…………ああ」

 エスペリアは一瞬怪訝そうな顔をしたが、俺の視線を辿ってすぐに判ってくれたようだ。

「判りました。アセリア、オルファ。ユート様はまだ用事がおありですから、私たちは先に帰りましょう」
「……ユート、帰らないのか?」
「えー! パパ、オルファと一緒に帰ろうよー!」
「あー、ごめんな。用事あるから、先に帰っててくれ。そんなに遅くなったりしないから」

 苦笑を浮かべて、オルファの頭を撫でる。それでオルファも納得した……というよりは機嫌を直したのか。すんなり引き下がってくれた。
 アセリアは、「……ん」としか返事をしなかったが特に何も言ってこなかったし、まあ了解してくれたんだろう。
 そんな二人を連れてエスペリアは先に帰途についた。
 気を利かせて少し足早に歩いてくれたせいか、すぐに俺やヘリオンから離れていった。

「ヘリオン」

 それを確認して、ヘリオンに声を掛ける。
 それを聞くと彼女はビクッと身体を震わせて、全速で後方に……まあ、俺の方に向き直った。

「は、はいっ!」

 さっきまでの肩を落とした様子が嘘のように、姿勢を正して直立する。
 その変化が面白くて、その……悪いとは思いながらも、笑みをもらしてしまった。

「ははっ。いいよ、そんなに緊張しなくて」
「い、いえ、しかし、その……」
「ああ、まあいいか。それより、さっきの模擬戦だけどさ」
「あ……その、も……申し訳ありませんっ!」

 ヘリオンが直立した姿勢から、すごい勢いで頭を下げた。

「その、今日の模擬戦、わたし、弱くて、あまりお役に立てなくてへぶっ!?」

 ……舌を噛みそうなくらい慌ててる。ていうか実際噛んだ。
 うーん。やっぱり、さっきの模擬戦の事を気にしてるのか。

「折角選んでいただいたのに、ご期待に添えず……って、あの……何故笑っていらっしゃるんですか?」
「え? あ、ごめん。別にヘリオンがおかしかったわけじゃないんだ」

 知らずと顔に出てたみたいだ。
 けど、それも仕方ないか。だって……

「ただ、ヘリオンは真面目でいい娘だな、って」

 そう、思えてしまったんだから。

「……え? ええっ!?」

 当のヘリオンはというと、さっきより一層慌てだした。
 ……俺、なんかそんなに変なこと言ったか?

「あの、え、ユート様? 何でそんな……」
「いや、だって、さっきの模擬戦でヘリオンは立派に役立ってくれたじゃないか。なのにそれでも謝ってくるから、ホント真面目なんだなって思ってさ」

 そうだ。俺の指示通りにヒミカの不意を突いてくれたし、ネリーを倒すまでハリオンを抑えててくれた。その上最後に俺の加勢をしてくれて。
 そして……あの日の約束、言葉通り、少しではあるけれど確かに強くなってくれていた。
 これでどこが役立たずだというんだ。

「で、でも……作戦ではハリオンさんを足止めするのがわたしの役目だったのに、結局エスペリアさんに助けてもらって……それでも必死になっちゃって、エスペリアさんに言われるまでユートさまの方を見もしなかったですし……」

 自分の行動を一つ一つ思い出して言う度に、ヘリオンの表情が曇っていく。
 ああ、やめて欲しいな。そんな顔は見たくない。
 だから……。
 俺は、気付いたら口を開いていた。

「……あー……ヘリオン?」
「はい……」
「それを言うならさ、俺だって大して役に立たなかったさ」
「そ、そんな事っ! ユート様はちゃんと……」
「『ちゃんとやって』、ヘリオンの助けが無けりゃやられるところだったんだけど?」
「あ……」

 自分が加勢をした時のことを思い出したのか、ヘリオンが言葉に詰まる。
 そんなヘリオンの頭にポンと手を置いて――相変わらず佳織とあまり変わらないその小さな身体を感じながらも、俺は出来る限り優しい声で言葉を続けた。

「なあヘリオン。俺も……まあ俺もって言ったら、ちゃんと訓練してるヘリオンに悪いけど……でも俺もヘリオンと同じように、まだ弱いんだ」
「……ユート様……」
「いざ戦いになればあまり周りが見えなくなるし、調子に乗って突っ込んだりする。今回だってエスペリアが冷静に判断を下してくれなきゃ、俺は負けてた。実戦だったら、多分仲間の内の誰かがやられてた」
「…………」

 俺の言葉を聞いたヘリオンの顔が、くしゃりと歪む。泣きそうになっているのを、耐えているみたいだ。
 ……多分、あの日のことを思い出したんだろう。

「だけど……いや、だからこそか。俺は強くならなきゃいけない」

 佳織と、生きて元の世界に戻る為に。佳織を一人にしない為に。
 そして……仲間に……ヘリオンに、今みたいに、自分の意思で助けに行けなかったことを悔やませない為に。
 自分の力が及ばず、仲間を助けられない無力感を二度と感じない為に。

「な。今弱いことを気にするより、これから強くなろう。……初めて会った時、約束したじゃないか。お互い強くなろう、って」
「あ……」
「なあ、ヘリオン。一緒に、強くなっていこうぜ」

 その言葉で、ヘリオンの表情が解れていく。
 そして深く息を吸い込み、

「……はいっ!」

 そうはっきりと答えてくれた。
 瞳の端に涙を浮かべてはいるけど、曇りを打ち払った、笑顔で。
 あの日、あの夕暮時に見せた……俺が忘れられないものとは違う……彼女らしい、爛漫とした笑顔で。






前へ  次へ