訓練所の広場中央。
 そこで百メートル程の距離を取って、俺たちの相手――ヒミカ率いる部隊と対峙する。
 俺の部隊は俺とエスペリア、それにヘリオン。対するヒミカの部隊の構成は、ヒミカとハリオン、それにネリーとなっていた。ヒミカが相棒的存在のハリオンの他に、ブルースピリットの双子のうちどちらかを、と言った時、自ら名乗り出たのがネリーだったからだ。

「ネ、ネリー……大丈夫?」
「そんな、心配しないでよ。シアーが私の実力を一番よく知ってるでしょ」
「……だから不安なの……」
「大丈夫ですよ〜。模擬戦なんですから、大怪我することなんてありませんから〜」
「ハリオン……分かったの。ヒミカ、ハリオン。頑張って〜」
「ええ」
「はい〜。頑張ります〜」

 そうしたやり取りの後、シアーが小走りで訓練所の端まで向う。
 それを見届けて、俺は剣の柄を力強く握り締めた。

【……契約者よ……】

 途端、頭にバカ剣の声が響いてくる。

【我をこのような戯れに付き合わせるつもりか……】

 うるさい。俺が今回勝たなきゃ、皆にも認められない。そうしたら、お前も敵と戦う機会が少なくなるかもしれないんだぞ。
 もしそうなれば、敵を屠って得るマナの量も自然と減少する。そうなれば、困るのはこいつのはずだ。
 敵とはいえ人――スピリットを殺す事を損得勘定だけで考えたくは無かったが、こいつを説得する為にあえてそう伝えてみせた。

【……よかろう。多くのマナの為……今は汝に我が力を預けよう……】

 納得したのか、それを最後にバカ剣が黙る。しかし、その秘めた力は、静かに、しかし脈々と俺に流れ込んできた。

「よし……じゃ、そろそろ始めるか。二人とも、準備はいいな?」
「はい」
「は、はいっ! 頑張ります!」

 ヘリオンの力みようには少し不安を覚えてしまうが……仕方ないか。

「じゃあヒミカ。いいか?」
「はい。いつでも結構です」
「よし……じゃあ、アセリア、頼む!」

 アセリアは俺の声に無言で頷くと右手を掲げ……

「……本当に動けなくならなくても、峰打ちとかで良い攻撃をくらえば……うん、その人は『戦闘不能』とみなす。……じゃあ…………始め!!」

 抑揚の無い声で簡単にルール説明をし、振り下ろすと同時に、戦闘開始の合図を告げた。










黄昏に望む――


/ 再会に想う  2nd











「――マナよ、わが求めに応じよ」

 合図と共に、俺は神剣魔法の詠唱を始める。
 その俺の十歩ほど前方でエスペリアはシールドハイロウを展開させ、『献身』を構えた。ヘリオンも純白のウィングハイロウを背に出現させ、そして『失望』を納刀して左腰に据え、姿勢を低く保つ。
 二人とも、常に相手に反応できる体勢を取っていた。
 そんな俺たちに向かって、ネリーが地面を滑るようにして一直線に飛んでくる。……いや、ネリーだけじゃない。すぐ後ろにヒミカ、そしてかなり遅れて、二人をフォローすべくハリオンも続いていた。
 ……ネリーはともかく、本当にレッドスピリットであるヒミカがいきなり接近戦で来るなんて。エスペリアの言ってた通りってことか。
 自分の実力に絶対の信頼を持っているヒミカは、速攻で飛び込んでくる、って。



 模擬戦が始まる前。
 ちょっとした作戦タイムということで、俺はエスペリアからヒミカ達の能力について軽く説明を受けていた。

「ユート様。では、彼女たちのタイプについてですが……ネリーとハリオンについては、各色のスピリットの一般的な特性通りと思って頂いて構いません」
「ああ、分かった」
「では、もう一人。ヒミカについてですが……レッドスピリットの特性についてはもうご存知ですね?」
「ああ。後方に控え、強力な神剣魔法で仲間を援護する、ってのが基本だろ」
「はい、その通りです。オルファも多分に洩れず、そのタイプですね」

 エスペリアが、よくできましたとでも言わんばかりに微笑んで俺を見る。
 ……なんか、俺が出来の悪い生徒みたいだ。
 そんな俺の心中など知ることもなく、エスペリアは先を続けた。

「ですがそのイメージは、ヒミカには当て嵌まりません」
「当て嵌まらない?」
「ええ。確かにヒミカは強力な神剣魔法も持ちますが、それ以外に近接戦闘もまた得意としています。アセリアや私、それにセリアやファーレーン程ではないにしろ――あ、彼女たちのことはまだご存知ありませんでしたね。とにかく、並のブルースピリットよりは剣が使えると思ってください」

 驚いた。勝気そうに見えたから、積極的に前へ出るタイプとは思っていたけど……。
 まさか、それほどとは。

「さらにヒミカは……ハリオンもそうですが、実戦経験も豊富です。場慣れ、という意味では私たちの方が劣っていると思ってください」

 まあ、そればかりは仕方ない。
 俺は数ヶ月の訓練と数回の実戦しか経験がなく、ヘリオンも実戦経験なんて皆無に近い……いや、無い、なんてことはないか。あんな一方的な戦闘を経験に含めれば、だが。
 ちらりとヘリオンの方に目線を向けると、

「あ」

 眼が合ってしまった。
 ヘリオンはパッと目線を逸らして俯くが、その表情は曇っていた。自分の経験不足を気にしてるのか、それとも……。

「ですからユート様、それにヘリオンもよく聞いてください。ヒミカ達の能力と性格、そこに私たちの能力を考えますと……」



 こうしてエスペリアの情報を基にして、ヒミカ達の行動をある程度予測できたってわけだ。
 だから俺は彼女らの行動に焦ることなく、精神集中を続け。
 
「インスパイアッ!」

 ネリーが俺たちに到着するより早く、詠唱を完成させた。神剣から溢れ出たオーラフォトンが俺たちの身体を包む。
 直後。

「やああっ!」
「この程度!」

 超低空を滑るように飛んで来た勢いで、ネリーが刃を逆袈裟に振り下ろす。
 それを、前に出たエスペリアのハイロウが完全に防いでいた。
 だがネリーは勢いを殺さず、腕の力を抜いてハイロウを撫でるように神剣を滑らせる。刃がエスペリアから離れるや、神剣が流れるままに身体を一回転させた。
 身体を中心にしてネリーの『静寂』も弧を描き、遠心力を活かしてエスペリアの右脇から横薙ぎに斬りかかった。その一撃を、エスペリアは今度は右手に持っていた『献身』で弾く。
 響く金属音。

「シッ!」

 そしてネリーの攻撃を捌いたその瞬間に、今度は左上方からヒミカが神剣を突き下ろしてきた。
 片方に意識が集中していたところへの、逆側からの一撃。分かっていても防ぐことは難しい連携だ。
 ヒミカ達は、防御の要であり回復も行うエスペリアを先に潰すつもりだろう。
 だが、させるかっ!

「ヘリオン!」
「はいっ!」

 俺の声で、エスペリアの少し後方に控えていたヘリオンが動く。右手を柄に添え、何時でも抜刀できる姿勢のままヒミカに向って跳んだ。
 だが、ヒミカはまだ動いていないヘリオンを警戒していたのだろう。

「甘いっ!」

 ヘリオンの動きに即座に反応し、彼女の一撃に備えて刃の向きを変える。
 しかしヘリオンはスピードを殺さずに飛び込み――

「!?」

 ウィングハイロウを羽ばたかせ、ヒミカの刃の軌道から大きく外れて、彼女を素通りした。
 柄に添えた右手はそのままで、ヘリオンはヒミカを飛び越える。そしてヒミカの頭上を越えると、今度は下方に向って一気に急降下。
 その先には、

「しまったっ! ハリオンっ!」

 状況を伺っているハリオンがいた。

「い、行きますっ!」
「ええ〜? 私ですか〜?」

 インスパイアによって強化された、ヘリオンの居合の太刀が閃く。だが、速さはあっても正直な太刀筋だ。
 元々のヘリオンの斬撃が軽いということもあり、あっさりとハリオンのシールドハイロウに防がれる。

「く……ま、まだですっ!」

 即座にヘリオンは刃を戻し二撃目を放った。


◆  ◆  ◆


 一方エスペリアは、虚を突かれ泳いだままになっているヒミカの神剣を、シールドハイロウで左方に大きく弾いていた。

「なっ!」

 同時に、『献身』を大きく回転させ、懐に潜り込もうとしていたネリーを遠ざける。

「わわっ!」

 剣には遠いが、槍には丁度良い間合い。これで彼女らは、歴戦の戦士たるエスペリアの得意フィールドに立ってしまった。
 そのことに危険を感じたのだろう。ヒミカとネリーは、二人がかりでエスペリアとの距離を詰めようとして……
 だがヒミカは弾かれたように後方に跳んだ。

「でぃああああっ!」

 詠唱の為に距離を取っていた俺が、自分達まで接近しているのが見えたからだろう。エトランジェ相手に、自分本来の分野でない接近戦は不利と考えたか。
 だが経験の差か、ネリーは俺の接近に気付くのが数瞬遅れた。

「てやあっって、えっ!? ユートさまっ!?」

 彼女が気付いたのは、スピードを乗せてエスペリアに斬りかかった後だった。
 だが、既に全力で振り下ろそうとしている刃を止めることは出来ず。

「判断が遅いですよ、ネリー!」

 金属音。
 ネリーの一撃を、エスペリアが今度は力を込めて神剣で弾き返した。反動で、姿勢を崩すネリー。
 そのネリーの肩口に向って、俺がバカ剣を渾身の力で薙ぐ!

「くぅっ!」

 それでもネリーは神剣の腹で受け、俺の一撃を凌ごうとする。
 驚いた。あのタイミングでも防ぐなんてな。
 だが、その体勢で受けられる筈もない。案の定俺の斬撃の威力に全く抗えず、ネリーは大きく弾け飛んだ。
 すかさず、エスペリアが追撃に移る。

「根源たるマナよ……」

 直後、俺たちから十分に距離を取ったヒミカの、神剣魔法の詠唱が聞こえてきた。突き出された掌を中心に、幾重もの紅い魔法陣が展開される。
 狙いはハリオンの防御を破ろうと今尚連撃を続けるヘリオンか、それとも……

「ファイア……」

 そうやって俺が数瞬判断に迷った間に、ヒミカは詠唱を完成させた。掌が、今まさにネリーに止めを刺そうとしているエスペリアに向けられる。
 エスペリアは……ネリーの方を向いたままか。
 マズい!

「エスペリア!」

 俺がエスペリアの前に飛び出したのと、ヒミカの手が添えられた神剣から巨大な火球が発せられたのと。それとエスペリアが刃をネリーに当たる直前に90度回転させ、腹の部分で軽く叩いたのはほぼ同時だった。

「あ痛っ!」
「ボールッ!」
「ユート様!?」
「任せろ!! おおおおおっ!」

 これでネリーは『戦闘不能』になった。だがそのことに喜ぶ暇も戦意を鼓舞する暇など無い。
 瞬く間に迫り来る火球。
 直撃の寸前に俺はバカ剣にオーラフォトンを集中し、防御壁を展開させた。
 ドンッと強い衝撃と共に火球が激突し、オーラフォトンを挟んだ正面方向の景色が焔と変わる。
 間に合ったか……と安堵したするが、すぐにその認識は変わった。即席で張ったせいか、オーラの防御壁は歪で、早くも脆い部分から崩れていってしまっている。その孔を抜けた炎が、身に纏う薄いオーラの膜すら焼き払い、俺の身体を焦がす。

「ぐ、うううぅ……!」
「ユート様!」
「大丈夫だ、気にするな! それより……」

 俺は顔だけヘリオン達の方に向けた。
 速さを活かしてハリオンの死角に回り込み、高速の居合いを繰り返すヘリオン。相変わらず、目を凝らさなければ視認すら難しいほどの速度。……いや、前よりももっと速くなっている。
 しかし実戦経験の致命的なまでの差が、ヘリオンの刃を僅かすらハリオンに届かせない。
 素早さこそ大きく劣るが、ハリオンはヒミカの相棒として幾つもの戦いを越えた熟練の戦士だと聞いた。
 彼女はヘリオンの太刀筋を読み、そのことごとくを防いでいた。
 ……まだヘリオンは一人でハリオンを抑えてくれてはいるが……。

「多分ヒミカがヘリオンに向かう。あいつじゃ防ぎきれない!」
「しかし、これではユート様が……」
「構うな! 今戦ってる意味を考えてくれ!」

 この模擬戦は、俺が共に戦うに足る存在であることを証明する為のものだ。その為に示すべきは、俺自身の戦闘力と状況判断力。
 自分を護る為に仲間への救援を遅らせるような、そんな真似をするわけにはいかない。
 そうしたことを、エスペリアは感じ取ってくれたようだ。

「……分かりました」

 彼女はそう短く告げ、ヘリオンの加勢に向う。
 それを確認すると同時に、俺は未だ炎が燃え盛る正面に向き直った。灼熱に身を焼かれること、数秒。ようやく火勢がおさまっていった。

「ぐ……」

 やはり……即席のオーラフォトンじゃ防ぎきれなかったか……。
 熱を受け、意識が朦朧とする。足腰から力が抜け、ふらついてしまう。
 景色が、霞む……
 あれ……何で、地面が斜めに見えるんだ……
 気付いたら俺は倒れそうになってて、

【……契約者よ……】

 バカ剣の声が脳裏に響いて踏み止まった。
 同時に、右手が勝手に動く。
 意識が急に鮮明になったと思ったら、俺の腕がバカ剣を振るい、横に大きく薙いでいた。
 キン、と、鈍い金属音がする。

「なっ!?」

 焦ったような、女の声。
 顔を上げて見れば、何時の間にこれほどに接近したのか、ヒミカの姿があった。
 く……ハリオンの加勢に行ったと思ってたが……俺を先に潰そうと思ったのか。
 でも、そのヒミカは驚いたような声をあげて……あ、いや、実際驚いているのか。信じられないものを見るかのように目を見開いている。完全に不意を突いた筈の刺突が弾かれた事が、信じられないようだ。
 ……俺だって、何で防いだのか分からないさ。

【……契約者よ、このような茶番で傷を負うな……】

 は、なんだ。
 さっきのはお前の仕業か。

【……敵を屠れ、眼の前の敵を……我にマナを……】

 そうかよ……は! うるさい、黙ってろ!
 少しは感謝するけどな……ヒミカ達は敵じゃないんだから、今はお前にやるマナは無いんだよ!
 だから!

「戦場に出るまで我慢してやがれ!!」

 一喝してバカ剣を黙らせた。
 そして崩れかけた足に、力を込める。まだ少し朦朧とする意識を、下がりかけた瞼を見開いて覚醒させた。
 ヘリオンやエスペリアが頑張ってるのに、俺だけ早々とリタイヤできるか!

「おおおおおおおっ!」

 戦意を漲らせて咆哮し、俺は再び剣を振るった。






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