「……紹介? 俺を?」 「はい。これからユート様が私達の隊長となるわけですから。いざ訓練、実戦となる前に、皆にきちんと紹介したいと思います」 そうエスペリアに言われたのが昨日。 そして今日が、その日。 既に口頭で伝えられてはいたが、本日を以ってスピリット隊への隊長就任の辞令が正式に下された。 ということで、早速皆に俺を御披露目するというわけだ。 その為、俺はエスペリアに先導されて訓練所の広場まで向っている。既にスピリット隊の皆には俺の事を伝えてあり、俺が来るまで待機させてあるそうだ。 待たせてしまうなんてなんか皆に悪いなぁ……、とぽつりとこぼしたら、 「とんでもありません。私達はスピリットです。ユート様はそのような事を気にされる必要はありません」 と、即座に冷静に返された。 うーん……。前から思ってたけど、エスペリアは、自分を必要以上にスピリットという型に填めてしまう傾向があるな……。 「いや、でもさ。さっき一度エスペリアが皆に話してきたわけだろ。だったら最初から俺も一緒に行けば良かったんじゃないのか?」 「いえ、私が行った時はまだ全員揃っていませんでしたから……。それでは、逆にユート様をお待たせすることになってしまいます」 「いや、別に俺は少しくらい気にしないんだけど」 どうせすぐに集まったんだろうし。それよりも、整列させられたままじっと待つということの方が辛いと思う。 「なあ、アセリア。お前もじっと待つのはあまり好きじゃないだろ?」 同意を求めようと、俺の右後方を数歩遅れて歩くアセリアに声を掛ける。 だが、彼女はいつも通りの何を考えているのか分からない表情で、 「……ん……それは、ユートを待つのか?」 と逆に聞き返してきた。 「あ? ああ。今待たせてんのは俺だし」 「……だったら、いい」 「……は?」 「ユートなら、うん、私は待っててもいい」 「なっ……!」 出し抜けに何を言い出すんだこいつは! 思わず顔が紅潮するのを自覚した。 多分こいつは何も考えてないんだろうけど、それでもさっきの台詞は……。 とにかく何か言い返そうとして口を開くと、途端に背中に軽い衝撃を感じた。次いで、肩口から首の方に細い腕が回される。 「パパッ。オルファも! オルファもパパだったらいくらでも待っちゃうよ!」 と、肩から回した手で俺にぶら下がりながら、オルファが無邪気に語った。 「オルファ! ユート様にそのようなことをしてはいけませんと何度も……!」 「えー! いいじゃない、パパは嫌がってないんだし」 「それはユート様だからです。いいですか、私達は……」 オルファに出会ってから何度も見かけた、エスペリアの説教がまた始まった。 心優しい彼女ではあるが、このあたりの教育は徹底している。なので、アセリアやオルファが注意を受けることなど日常茶飯事だ。 あー……でも今はさ。 「……待たせるの悪いから、早く行かない?」 / 再会に想う 1st ……居心地が悪い。 それが第一印象だった。 訓練所に到着した途端、スピリット達の無遠慮な……ああ、確かに俺なんかに遠慮は要らないだろうさ。とにかく、全員の視線が俺に集中していた。好奇の眼で見る者もいれば、あからさまに睨みつけてくる者もいる。 ……勘弁してくれ。 自慢じゃないが、俺は「長」が着く役職なんて一度も就いたことがない。それに、バイト三昧で部活なんかもやる暇も無かった。勿論授業なんかで何かを発表したこともない。 ……というわけで、俺は大勢の前で何かをするということが苦手なのだ。 光陰あたりだったら平気なんだろうけどな。 ちょっと想像してみた。 『おー、おー。皆可愛いねー。……コホン。では、隊長としてまずこれだけは言っておく! …………俺のことはお兄ちゃんと呼ぶよぐふぉあっ!!』 ……ああ、ありありとその光景が思い描けるよ。 ちなみに最後の悲鳴は今日子に殴り倒されたせい。そこまで想像してやってこそ親友だろう。 しかしまあ、準犯罪者っぷりは別として、こういう時はあいつの図太さと豪胆さを見習いたいものだ。俺にはそんな真似は無理だし。 「ではユート様、皆に向けてお言葉をお願いします」 で、そんな俺に貴女は何をさせようとしますかエスペリアさん? エスペリアの言葉で、皆の視線が一層強まったように感じた。 突き刺さる視線、視線、視線。 ……ホントに、柄にもなく緊張してしまう。 大体エスペリア達以外誰も知らないってのに、そんな皆の前で…………あ。 そう思ったときに、見つけた。 好奇でも不満でも嫌悪でもなく、純粋に歓喜と親しみの篭った視線を向ける存在を。 列の中で皆に埋もれるようにして立っている、黒髪をツインテールに結んだ小柄なスピリットを。 彼女を見つけた。 ……ああ、あの娘、ラキオスに来てたんだ。 しばらく前の出来事を思い出す。…………苦々しい記憶と共に。 あの時、エルスサーオの街で出会ったスピリットの少女。まだ未熟で、訓練期間が終了していないと言っていた。 名前は……ヘリオン。 そう、ヘリオンだ。 そうか。彼女もやっと正式にスピリット隊に配属されるんだ。ちゃんと……強くなれたんだ。 一人でも知った人――正確には人じゃないけど――がいて、多少気が楽になった。 まあどのみち、こうしてても始まらないし。 そう考えて、俺はゆっくりと息を吸い込んだ。 「皆」 そして、ゆっくりと、話し出す。 「俺が今回皆の隊長になった、高み……ユートだ」 思わず姓を名乗りそうになった。ここではその名は意味を持たないのだと思い、言い直す。 「既に聞いての通り、エトランジェだ。望んで主になったわけじゃないけど、神剣もちゃんとある」 言葉と共に、右手に持っていたバカ剣を掲げた。 「――! この力……」 「あらあら〜」 「ネ、ネリー……」 「う、うん……凄い。話は本当だったんだ……」 途端、皆の間にざわめきが走る。 バカ剣は沈黙してはいるが、その力の片鱗でも感じ取ったのだろう。俺に向けられる視線が、先程までのそれとは明らかに質が変わった。 そのことに少し怯みつつも何を話すべきか考えたところで、思いついた。 思い出した。 「それで、その……皆、聞いてくれ。俺には、目的がある」 何故、俺が戦うのかを。 何故俺がスピリット達を率いて、彼女らを危険に晒してまで戦うのかを。 「……それは、絶対に果たさなければいけないことだ。その為に俺は、何をしてでも勝って、生き残らなきゃならない」 そうだ。 俺は絶対に死ぬわけにはいかない。 生きて、ラキオスから佳織を取り戻して、元の世界に帰るんだ。 佳織を無事に帰してやるんだ。 「だけど、それは皆を犠牲にして俺だけが生き残るってことじゃない。ここいる皆で、仲間全員で生き抜くんだ」 楔のように俺の心に打ち込まれている光景。 消えていく名も知らないスピリットと、ヘリオンの慟哭。 あの黄昏時の誓い。 もう……もう俺は仲間を絶対に喪わせない。 「だから……だから俺は、精一杯戦う。皆、俺に力を貸してくれ!!」 肺の中の空気を吐き出すようにして、叫んだ。 俺の言葉が切れた後、辺りはしんと静まり返る。 誰も、口を開いたりしない。 居心地の悪い沈黙。 ……う、やっぱりどこか拙かったのか? 好き勝手に自分の望みだけ言って「力を貸せ」だもんな。何かフォロー、入れた方がいいか? そう思い、改めて口を開こうとした。 そのとき。 ――パチパチパチ 俺の後方から、拍手の音が小さく響いてきた。 不意を突かれたその音に、思わず振り向く。 エスペリアだった。 次いで、アセリアが相変わらず無表情に、オルファは満面の笑顔で、両手を叩き合わせた。 二人の……特にオルファの拍手とはいえないそれは、多分エスペリアの行為の見様見真似。意味なんて判ってないだろう。アセリアもそうじゃないかと思う。いや、絶対そうだ。 しかし、そんな二人に触発されたのか、他のスピリット隊の皆からもまばらに拍手が上がりはじめ…… 終いには殆どの者が俺に向けて拍手をしてくれていた。 突如訓練所に発生した拍手の嵐。 「う……あー、その」 それで俺はというと……照れくさくなって、伏目がちなっていたりする。 それでも、右手を上げて皆に応えた。 「……あー……ありがとう、皆」 と同時に、拍手もぴたりと鳴り止む。 「ユート様、決意に満ちたお話、ありがとうございました」 エスペリアがすかさず俺を労う。 次いで、数瞬おいて俺に尋ねてきた。 「それでは、何か他に、皆に話されることなどはございますでしょうか?」 「いや、もう特に無いけど……あ、逆に皆の方はあるんじゃないかな?」 「私たちが、ですか?」 「ああ。俺がいきなり隊長になんてなったわけだし、皆も色々思うところもあるだろ。言いたい事があるなら聞いておきたいよ」 「いいえ、ユート様。貴方がそのようなことを……」 「気にする必要は無い、だろ?」 「う……」 いつもみたいに自分達を律する言葉を口にしようとしたエスペリアに先んじて、彼女の台詞を言ってやった。 「いいんだよ。俺はこの国の奴らみたいに、エスペリア達を道具だなんて思ってないし、思いたくもない」 「ユート様……」 俺の言葉に、エスペリアは複雑な表情を向ける。嬉しいような不満があるような納得できないような、種々の感情が入り混じった顔だ。 しかし数秒の後その表情も消え、普段通りの平静を取り戻し微笑を浮かべた。 「……分かりました。ユート様のお心のままに」 表面上は、穏やかな顔だ。 でも多分、納得してはいないだろう。ただ俺の言うことだから従った。そんなところだろうか。 それでも彼女が分かってくれたのなら、今回はとりあえずよしとしよう。 そう話がまとまるや、優秀なエスペリアらしく、すぐに皆に向けて先程の俺の意志を伝えてくれた。 しかし皆の反応は、エスペリアと同じようなものだった。 ――何故人間である俺が、自分たちの意見をいちいち聞くような真似をするのだろうか。 そういったニュアンスの囁きが幾つか聞こえてくる。 だがしかし、それでも俺はこの世界の人間ではないから、と納得したのだろう。十数秒の後、一人のスピリットが前に進み出た。 「はい。ユート様、よろしいでしょうか」 赤い髪を短くまとめた、気の強そうな眼をしたレッドスピリット。 彼女は……確か俺がこの場に来た時に、あまり歓迎してなさそうな視線で睨んでいたスピリットだ。ただ、時折申し訳なさそうに眉を寄せる仕種もしていたのが気にはなっていた。 「ああ。えっと、君は……」 「ヒミカ、ヒミカ・レッドスピリットです」 「じゃあヒミカ。何かな?」 「失礼を承知で、率直に申し上げます。貴方に……スピリット隊の隊長が務まるのですか?」 ザワリ、と周囲が騒いだ。 本日何度目かの、しかし最も大きなざわめき。 俺も、いきなりな、しかもあまりに遠慮の無い言い様に正直呆然としてしまった。 「ヒ、ヒミカ! ユート様に向ってなんてことを言うのですか!」 「そーだよ! パパって凄く強いんだから大丈夫だよ!!」 「いいえ、これだけは言わせて、エスペリア。これは私だけじゃなく、スピリット隊全員に関わることなんだから。……それとオルファ、私が言いたいのはそういうことじゃない」 「ぶぅ!」 「しかし、それにしても口の利き方というものが……」 「いや、いいんだ。遠慮の無い意見が聞きたい。それより、先を聞かせてくれ」 ヒミカに注意をしようとするエスペリアを制して、彼女に先を促す。 確かに言い方はキツイが、こういうのは避けて通れないだろうから。 「ありがとうございます。……ではユート様。貴方は、今までに戦闘の経験はおありですか?」 「……いや、この世界に来るまでは、その為の訓練すらやったこともない」 「そうですか……。でしたら申し訳ありませんが、私は貴方の指示で戦うことは出来ません」 「ヒミカ!!」 「ヒミカ〜、いくらセリアに頼まれてるからって〜ちょっと言い過ぎだと思うんですけど〜」 さすがにエスペリアが止めに入る。 同時に、ヒミカの隣に居たグリーンスピリットも注意をした。 ……ようだ。 あまりに間延びした声がそれを感じさせなかったが。ていうか、セリア? 誰? アセリアじゃなくて? 少し気になったが、今はどうでもいいと思考から追いやる。それより言い合いをどうにかしなければと、俺は手を挙げて二人を、どちらかといえばエスペリアを制した。 「ユート様!」 「いいんだ。……それよりヒミカ、続きを」 俺に促されたヒミカは、「申し訳ありません」と一瞬眉を寄せて謝罪の言葉を口にすると、一転して毅然とした態度で口を開いた。 「では……ユート様。勿論御命令には従います。どの砦を攻めろ、どの敵を倒せというのでしたら、私は戦います。しかし……」 「ああ、判ってる。一緒に戦い、最前線での戦い方の指示を受けることは出来ないと言いたいんだろ?」 ヒミカのこれまでの意見から、彼女が何を言わんとしているのかは察する事ができた。 そして、その考えは当たっていたようだ。彼女が無言で首肯して返す。 「勿論、ユート様個人のお力を疑っているわけではありません。これまでの小競り合いでの勝利、そして『龍』征伐のことは存じ上げておりますので」 いかにも含むものがありそうな言い方で、ヒミカが語った。なるほど、つまり……。 「ヒミカ……貴方は、ユート様の隊長としての指揮は受けない、と言うのですね」 ヒミカの勝手な言い様に我慢出来なくなったのか、憤りを無理矢理押さえつけたような低い声でエスペリアが言う。 「そうよ。悪いとは思うけど、皆の事を思うと認めるわけにはいかない……というか、指揮はエスペリアに取ってもらうのが一番だと思う」 「そんな勝手な事が許されるはずないでしょう!」 「いいえ。今までも隊長不在のままスピリット隊は動いてきた。今更経験不足の者に指揮されても、負ける確率が高くなるだけよ」 「それでも、ユート様が隊長である以上ユート様のお言葉は絶対です!」 「負けてしまっては意味が無い!」 「そうならないように、ユート様も学ばれているのです!」 「部隊の指揮は知識だけで出来るものじゃない!」 「経験不足は、私たちが精一杯補えば済むことです!」 ヒートアップしてきた二人は、言い合いを始めてしまった。 ……俺を完全に放っぽって。 「ヒ、ヒミカ〜」 「エスペリア、ちょっと落ち着……」 「ハリオンは黙っててっ!」 「何ですかっ!」 「「ごめんなさい」〜」 思わず止めに入った二人して謝ってしまう。ビビってしまった俺に対して、彼女――ハリオンだったか? ハリオンは全然堪えてなさそうだけど。 「ユート」 彼女らをどうしようか本気で悩んでいる俺に、アセリアが不意に話しかけてきた。 「ん? 何だ?」 「ヒミカは、ユートが弱いと思ってるから反対してるのか?」 「いや、弱いというか……」 まあ、その通りなんだろうけど。 彼女が言ってるのは、個人の強さとはまた別の話だ。 「まあそれもあるんだろうけどさ……」 それを聞いたアセリアは、途端に軽く俯いて無言になってしまった。 その表情からは、何を考えているのか全く読み取れない。相変わらずのポーカーフェイスだ。 しかしすぐに顔を上げたかと思うと、半ば俺に視線を向けながら、未だ口論中の二人に向って口を開いた。 「だったら、戦って確かめればいい」 ――それから、数十分の後。 「……なあ、どうしてもやるのか?」 「勿論です」 何故か戦闘訓練の準備を整える俺たちがいた。 先程のアセリアの発言に二人とも即座に賛成し、模擬戦を行うことになったからだ。但し問われていたのは俺の指揮能力についてなので、お互い三対三の部隊戦である。 「では、お互いメンバーを選びましょう」 「判りました。ではユート様、あと一人は誰になさいますか?」 「……エスペリアが俺の部隊なのは決まってるのか」 もうやる気まんまんのようだ。 ……エスペリアって、そういえば意外と頑固だよな。控え目ではあるけど、一度言い出したら後には退かないというか。 「まあ、いいけど……じゃあ、俺は、と……」 もう一人を誰にしようか、と俺は皆の顔を見た。 アセリアは無表情に見返してくる。 オルファは、自分が選ばれるのを期待しているのだろう、物欲しそうな眼で俺を見ていた。 「ユート様……」 「ああ、判ってる」 あの二人は選ばない方がいいだろう。 アセリアは戦闘力こそラキオス一だが、戦闘中は人の話を全く聞かない。オルファはアセリアよりは素直だけど、相手が弱ってる状況でも全力で魔法をぶっ放しそうだ。 実戦なら頼もしい二人だが、今回の指揮能力を確かめる模擬戦では最も部隊に入れにくい二人と言える。 「だったら、っと……」 他のスピリット達を見渡した時、見知った顔が視界に入った。 彼女……ヘリオンは俺と目が合うと、慌てて俯いた。 その反応が可愛らしくて、思わず笑みを浮かべてしまう。 しかし、うん、ヘリオンか。アセリア達三人以外ではこの世界で唯一俺が共闘したことのあるスピリット。 …………あの時はあんなことになってしまったけど、だからこそ今度は、うまくやりたい。 よし。彼女なら素直だし、丁度いいかもな。 「エスペリア、決めたよ」 「はい。では、誰を?」 「ああ、それは……ヘリオン!」 「はっ!? はははははは、はいっ!!」 慌てて返事をするヘリオン。 突然名前を呼ばれて驚いたんだろう。 「な、何でしょうかユートさま!」 即座に俺の前に駆けつけて来た彼女に、俺は告げた。 「俺の部隊のもう一人、お前に決めた」 「わ、私がですかっ!?」 彼女はその大きめな瞳をさらに見開いて、驚きの声を上げる。 その様子に苦笑しつつも、俺は短く、「ああ」と答えた。 こうして、模擬戦のメンバーが決まった。 さて……まあ、何とかやってみるか。 |