「……では皆さん、私からの話は以上となります」

 エスペリアが話を終えると、スピリット達がどよめき出した。
 ラキオス国、スピリット隊訓練所。強大な力を持つスピリットが存分に訓練できるように、との目的で十分な広さを以って設けられた場所だ。普段は剣戟の音や神剣魔法の詠唱などが響いているその場の中央に、現在ラキオス本国にいるスピリット達が全て集められていた。
 もっとも、これがラキオスに所属する全スピリットというわけではない。警備や偵察等の任務によって、他の街や他国に赴いているスピリット達も多く存在するからだ。
 故に、今この場にいるスピリットの人数は決して多くはない。
 その彼女らが列を組んで、つい先程まで静かにエスペリアの連絡を聴いていた。
 今回の話の主点は、今後のラキオススピリット隊の運用について――

 エトランジェが、スピリット隊の隊長となるということだった。










黄昏に望む――


/ prologue










「ではこの件について、何か質問はありますか?」

 エスペリアの言葉に、すぐには誰も答えない。
 皆驚いた顔をしてどよめいているだけだ。

(……それも無理のないことですね)

 とエスペリアは内心で呟く。
 伝説に謳われる異世界の戦士、エトランジェ。
 スピリットのものよりも上位の永遠神剣を扱い、その力はスピリットを遥かに凌ぐという。かつて聖ヨト王の時代に現れた四人のエトランジェは強力なオーラフォトンを操り、強大な力を振るったとされている。
 事実、今回ラキオスに現れた『求め』のエトランジェはその伝説を証明してみせた。
 召喚されて数ヶ月――ろくに戦闘訓練をしないまま戦に臨み、勝利をおさめた。
 あまつさえ、かの『リクディウスの魔龍』を退治してのけたというのだ。
 現在スピリット隊を実質的に率いる実力者、エスペリアや、大陸屈指の剣技を誇るラキオス最強のスピリット『ラキオスの蒼い牙』アセリアが共に戦ったといっても、その功績は霞むものではない。
 そのエトランジェが、今後は隊長としてラキオスのスピリット達を全て統括することになるという。
 だが、ラキオスにエトランジェが現れたことは聞いていても、大半のスピリットはまだ会ったことすらない。まして、彼の人柄や実力など、実際のところは知る筈もない。
 そんな幻ともいえる存在が、自分達を率いるという――しかも戦闘指揮だけではなく、実際に最前線に立って共に戦うというのだ。
 エトランジェとはいえ、人間が。
 スピリット達が戸惑うのも意味当然といえた。
 その戸惑いを表すように、列を組んでいるそこかしこでひそひそと話し声があがっていた。

「ね、ね、シアー。どんな人かなエトランジェって。えっと、そのユ、ユ…………なんて名前だっけ?」
「ネリー……ユートさま、だよ。エスペリアが何度もいってたの」
「あ、あははっ」
「もう……ちゃんと覚えないとダメなの」
「うんうんっ。覚えた覚えたっ」

 無邪気に『伝説の存在』に好奇心を寄せる者もあれば。

「……少し、納得がいかないわね。戦闘経験が殆ど無い、しかも人間が共に戦うなんて」
「あらヒミカ。不満なの〜?」
「まあ、ね。従うしかないのは分かってるけど、力が強いだけでは戦は務まらないわ」
「まあまあ〜。新しいお仲間が増えるのは〜、いいことじゃない〜〜」
「ハリオンはのんきすぎっ! とってもまあ、エスペリアが認めてる以上私も認めるしかないんだけど。だけどセリアに任務で離れてる間のこと任されちゃってるしなぁ……一応私なりにあたってみるしかないか」

 現実を見据え、不満を述べる者もあった。
 だが、その中にあって、一人物静かに佇んでいるスピリットがいた。
 皆に埋もれるようにして立つ、ブラックスピリットの少女。小柄な体躯と、ツインテールに結い上げた艶やかな黒髪。
 彼女だけは整列した時と変わらず、背筋を伸ばしその場に直立していた。

「……え、えへへ……そっか。ユートさまが……」

 囁くような声でそうこぼし。
 彼女――ヘリオンは、微かに口元に笑みを浮かべていた。






次へ



<後書き>

……何と言ったものか。

ヘリオンをメインにしたアセリア本編再構成SS、本作『黄昏に望む――』……
長期の放置期間をおきまして復活です。

それに伴ってプロットの見直しを大幅に行いました。
また、章の構成も同様にかなりの変更を。
そのため以前と少々展開は違ってきますが……
かつての作品をお読みになられた方も、また新たに拙作に目を通して頂けると幸いです。

さて、この作品。
PS版が出る一年以上前というかEXPANSIONすら出てない時に書き始めましたので、 悠人とヘリオンの出会いが原作とは全然違います。
ですので

「ゲームと全然違うじゃねーか!」

と憤慨される方もいらっしゃると思いますが、そのあたりは寛大な心でお許し下さい。
…………ていうかあの出会いにしないと、根本から話考え直さなきゃいけなくなる…………

とにかく、ヘリオンたんに魂を奪われた作者が、己の内に漲るリビドーのみを叩き付けて描く 長編SS、『黄昏に望む――』。
アセリアSSに興味のある方は今後もお読みいただけると嬉しいです。