かくれた名作32 2003/2 /22

 中村雅楽探偵譚

 何十年にもわたって書かれ続けた歌舞伎役者探偵シリーズ

 戸板康二氏が推理小説を書くきっかけについて、氏自らが立風書房『團十郎切腹事件』の「作品ノート」の中で書いている。
 当時、演劇人に「十一日会」というグループがあり、そこに出席した戸板氏は、江戸川乱歩夫妻と同席し、「宝石」の編集をしていた乱歩から「推理小説を書いてみませんか」とすすめられた。
 「1編だけは筋を考えて持っているのですが」と答えると「それを書いて下さい」と言われ、翌日、「昨日の約束お忘れなきよう」という速達の葉書が届いた。それに感激して試作したのが「車引殺人事件」で「宝石」の昭和33年7月号に掲載された。
 その直後、乱歩から「年に3、4回書いてください」と言われ、以後、何十年にもわたって中村雅楽探偵譚が執筆されることになるのである。

 各作品の初出を見ていただければわかるように、かなりのペースで執筆が続けられている。多い頃には毎月、それも複数誌に掲載されているのだ。
 さらに、ご存知のようにミステリーは戸板康二の本業ではない。歌舞伎評論など夥しい量の執筆を併行してこなしているのだ。これは驚くべきことではないだろうか。

 さて、ここでとりあげた中村雅楽探偵譚であるが、そのほとんど(ひょっとしたら全て?)が現在絶版の状態である。これはまっとうなことだろうか?
 率直に言って絶版やむなしとは思う(^^;
 歌舞伎に詳しい方ならはまるのだろう。例えば小泉喜美子などは戸板作品を絶賛している。おそらく登場人物が演じる役の設定や、演目の組み合わせなどが、歌舞伎ファンにはうなずけるものになっているのだろう。
 だが歌舞伎ファンではない私のような者はストーリーで評価することになり、具体的には各感想でふれているけれど、それだと苦しい作品が結構あると思うのだ。もっとも現在の復刊ブームの中では、このシリーズの復刊だってないとは言えないのだろうけどね(^_^)

 車引殺人事件(昭34年河出書房)
 團十郎切腹事件(昭35年河出書房)
 團十郎切腹事件(昭56年講談社文庫)
 團十郎切腹事件(昭52年立風書房)
 奈落殺人事件(昭52年立風書房)
 松風の記憶(昭58年講談社文庫)
 歌手の視力(昭36年桃源社)
 第三の演出者(昭36年桃源社)
 ラッキー・シート(昭37年河出書房新社)
 美少年の死(昭51年広論社)
 グリーン車の子供(昭51年徳間ノベルス)
 グリーン車の子供(昭57年講談社文庫)
 目黒の狂女(1982年講談社)
 淀君の謎(1983年講談社)
 劇場の迷子(1985年講談社)
 家元の女弟子(1990年文藝春秋)


 車引殺人事件(昭34年河出書房)

 雅楽譚5編を収録しているが、いずれも講談社文庫版で読むことができるので、本書のとりえは江戸川乱歩の序文ぐらい(^_^)

 なお初出については、本書に記載がなかったため、立風書房版『團十郎切腹事件』によった。

タイトル 内容 初出
(江戸川乱歩による序)  探偵小説は小説家志望青年よりも、かえって多方面で一家をなした人が、余技として書いた場合に成功率が多いという考え方がある。
 私も「宝石」の編集に当るようになってからそういう人を探し求め、試作を勧めているが、本書著者の戸板康二氏はその勧めに応じて探偵小説を発表され、非常な好評を博し、現在も老優探偵物語を書きつづけておられる。
車引殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭33年7月号)
尊像紛失事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭33年11月号)
立女形失踪事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年3月号)
等々力座殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年5月号)
松王丸変死事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年7月号)


 團十郎切腹事件(昭35年河出書房)

 収録作4編のうち「ノラ失踪事件」は竹野記者は登場するが雅楽が登場しないので、雅楽譚は残り3編ということになる。うち2編は講談社文庫版で読める。
 また、「六スタ殺人事件」は立風書房版『奈落殺人事件』でも読むことができる。

 「ノラ失踪事件」は雅楽は登場せず、竹野記者が真相にたどりつくという話だ。裏返して言えば、本書の真相は雅楽が解くほどの謎ではないとも言える。
 「六スタ殺人事件」は、アリバイものだが、かなりごたごたしている。その大きな原因は、アリバイ作りにかなり無理があって、アリバイを崩す前から、もともとアリバイ自体が成立していないと思われることだ。

 各編の内容は以下のとおり。
タイトル 内容 初出
盲女殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年9月号)
ノラ失踪事件  10年前にノラの役を最後に失踪した磯島陽子の消息がわかる。現在は福岡県で教師をしているというのだ。
 竹野記者は10年前の失踪事件の真相にたどりつく。
 
團十郎切腹事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年12月号)
六スタ殺人事件  雅楽譚。アリバイもの。
 ラジオ局の第六スタジオで神無月マリが殺された。雅楽が指摘する人物にはアリバイがあるというのだが。
「宝石」(昭35年3月号)


團十郎切腹事件 (昭56年講談社文庫)

 中村雅楽探偵譚の初期作品集。アリバイものあり、暗号ものあり、さらに歴史ミステリーや『Yの悲劇』のオマージュ作品まであるというサービス満点の1冊。
 「車引殺人事件」は中村雅楽探偵シリーズの第1作でアリバイもの。表題作の「團十郎切腹事件」は直木賞受賞作の歴史ミステリー。
 なお、この初期作品ではまだ殺人事件が頻発しているが、その後は影をひそめる。

 各編の内容を次に記します。(なお初出については本書に記載がなかったため、立風書房版『團十郎切腹事件』及び『奈落殺人事件』によった)
タイトル 内容 初出
車引殺人事件  雅楽譚。アリバイもの。中村雅楽シリーズ第1作。
 「車引」の舞台上で山中平八が毒殺された。雅楽が調べるようにいった者にはアリバイがあった。
『宝石』(昭33年7月号)
尊像紛失事件  雅楽譚。
 数年前から古美術に凝っていた小半次の楽屋から、借り物の国宝指定の阿弥陀如来像が紛失した。楽屋で倒れていた浪さんが意識を取り戻したが、口が利けず、奇妙な手つきで犯人を知らせようとする。
『宝石』(昭33年11月号)
立女形失踪事件  雅楽譚。暗号もの。
 女形の朱雀が連れ去られた。その4日後に朱雀から浜木綿に役の心得を伝える内容の手紙が届き、その翌日にも二通目の手紙が届いた。二通の手紙を見た雅楽は朱雀の居場所を言い当てる。
 
『宝石』(昭34年3月号)
等々力座殺人事件  雅楽譚。『Yの悲劇』へのオマージュ。
 等々力(とどろき)座はラジオで少年探偵も演じている子役で有名になった小屋だが、その等々力座の俳優の一人が変死した。
『宝石』(昭34年5月号)
松王丸変死事件  雅楽譚。
 竹野記者を訪ねた来たおたかが、去年の秋に変死した佐多蔵は、本当は自殺だったと告げる。
『宝石』(昭34年7月号)
盲女殺人事件  雅楽譚。
 坊城笑子の個人舞踊会がテレビで中継されることになり、雅楽と竹野がその解説を引き受けた。ところがその公演中、笑子が毒殺される。
『宝石』(昭34年9月号)
團十郎切腹事件  雅楽譚。直木賞受賞作。歴史ミステリー。
 八代目市川團十郎が大阪の旅館で謎の自殺をしたという史実をもとに、雅楽が自殺の理由を推理する。
『宝石』(昭34年12月号)
奈落殺人事件  雅楽譚。
 嵐芙蓉は奈落(劇場の地下室)で、親しくしていた、たみ子の死体を発見した。芙蓉には新たな縁談が生じていたのだが。
『オール読物』(昭35年4月号)


 團十郎切腹事件 雅楽探偵譚1(昭52年立風書房)

 雅楽譚7編を収録。いずれも講談社文庫版で読むことができるが、本書の特徴は、戸板康二自身による作品ノートが付いていることだろう。
 「車引殺人事件」の項で、戸板康二氏が演劇人グループ「十一日会」で江戸川乱歩夫妻と同席し、「推理小説を書いてみませんか」と勧められた際のやり取りが書かれているなど、興味深い内容だ。

タイトル 内容 初出
車引殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭33年7月号)
尊像紛失事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭33年11月号)
立女形失踪事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年3月号)
等々力座殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年5月号)
松王丸変死事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年7月号)
盲女殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年9月号)
團十郎切腹事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 『宝石』(昭34年12月号)
(作品ノート) 戸板康二自身による、上記7編の解説


 奈落殺人事件 雅楽探偵譚2(昭52年立風書房)

 8編収録。うち「不当な解雇」から「ある絵解き」までの6編は文藝春秋版『奈落殺人事件』とも重なっている。私も文藝春秋版は所有しているはずだが、現在は行方不明だ(^^; もっとも文藝春秋版収録9編のうち、広い意味でも雅楽譚はこの6編だけなので、中村雅楽探偵譚読了のためだけなら、とりあえずこの立風書房版でも、一応用は足りるともいえる。
 今、「文藝春秋版収録9編のうち、広い意味でも雅楽譚はこの6編」と言った意味は、実は「ほくろの男」という作品では、雅楽も登場はするのだがまったくの脇役で、台詞も「源さん、顔色が悪いじゃないか」「どうかしたのかい」と「そりゃいけない、気をつけなさい」だけしかない。もちろん雅楽が推理するなどということもなく雅楽が登場する場面をカットしてもまったく支障のない作品なので、雅楽譚に整理しなくてもいいと思うからだ。せいぜい番外編といったところか。
 本書の作品の中では「不当な解雇」が一番魅力的な謎かな。

 なお、各編の内容は次のとおり。
タイトル 内容 初出
六スタ殺人事件 『團十郎切腹事件』(河出書房)の項を参照) 「宝石」(昭35年3月号)
不当な解雇  雅楽譚。
 探偵社に勤め始めた近藤は、所長の織田の後を引き継いで、ある役者の一週間の行動を監視することになった。
 任務を終え一週間分の調査書を提出すると、突然、織田から解雇を申し渡される。近藤が提出した報告書が、織田が作成した前週分の報告書と、うり二つだったのだ。
「別冊文芸春秋」(昭35年3月(第71号))
奈落殺人事件 『團十郎切腹事件』(講談社文庫)の項を参照) 「オール読物」(昭35年4月号)
八重歯の女  雅楽譚。
 雅楽が松莚から相談を持ちかけられる。弟子の登若と莚若の仲がうまくいっておらず、さらに、帝劇から役者を引き抜こうという話がどこからか洩れてだめになったのだという。
 そんな時、宮島と名乗る女性が雅楽に近づいてきた。
「オール読物」(昭35年6月号)
死んでもCM  雅楽譚。
 テレビのCMで引っ張りだこのタレント丸尾力が急死した。丸尾氏が死ぬ直前にCMでおなじみの格好をしたことが、翌朝、「死んでもCM」という題で報道された。
「宝石」(昭35年6月号)
ほくろの男  戦前、雅楽の弟子だった源さんは、今は小さな料理屋をやっている。
 ある日、店に訪れた右目の下にほくろのある客を見て、ぎくりとした。源さんには、右目の下にほくろのある男に苦い想い出があったのだ。
「小説中央公論」(昭35年7月増刊号)
ある絵解き  雅楽譚。
 竹野記者の社で、新しく出版する雑誌の表紙を一般公募したところ、その中の一点に、歌舞伎の女形、羽紅を描いた応募作があった。
 雅楽と羽紅の取材の際にその話をしたところ、目の色まで変わったように、雅楽がしきりにその絵を見たがるのだった。
「宝石」(昭35年8月号)
滝に誘う女 『歌手の視力』(桃源社)の項を参照) 「小説新潮」(昭35年11月号)
(作品ノート) 戸板康二自身による、上記8編の解説


  松風の記憶(昭58年講談社文庫)

 中村雅楽ものの長編。初出は半年間の新聞掲載(「東京新聞」夕刊 昭34年12月〜35年5月)ということだが、戸板康二ミステリーの宿命的な性格が顕著に表れている作品。冒頭、老優の浅尾当次の死の場面で、すでに結末が運命付けられているのだから。冒頭から結末まで、幾重にも絡まった人間関係が各方向から収束に向かって進んでいく姿が美しい。
 この作品でも雅楽が推理を行いはするが、多視点描写で、読者には雅楽の知らないことまで全て先に知らされてしまうため、誰が誰に殺意を抱いているのかも明確で、本格ものというよりはサスペンスものというべきだろう。
 登場人物たちが魅力的に描かれ、好印象を与えるため、つい、事件など起きなくていいから幸せになってほしいと思わせられる。そのため全編にぴんと張り詰めた緊迫感のある名作だ。

 歌手の視力(昭36年桃源社)

 これは珠玉の短編集。7編収録、うち雅楽譚は「滝に誘う女」、「加納座実説」、「文士劇と蝿の話」の3編。
 「滝に誘う女」では、身元不明の被害者の両手が赤い染料に染まっており、右の中指の腹にペンだこができているところから、雅楽がホームズばりの推理で、職業、経歴を指摘し、さらに犯行方法、犯人像までズバリ、ズバリと言い当てる。

タイトル 内容 初出
滝に誘う女  雅楽譚、ばりばりの本格推理。
 武井は清水寺で見知らぬ女性から滝への同行を誘われる。ところがその女性は休憩所で薬を飲んで死んでしまった。
 雅楽は、その女性の両手が赤い染料に染まっており、右の中指の腹にペンだこができているところから、ホームズばりの推理で、職業、経歴を指摘し、さらにその女性の時計が15分進んでいたことなどから、真相を言い当てる。
小説新潮(昭35年11月号)
加納座実説  雅楽譚。
 雅楽が加納座に出る幽霊の正体をあばくが、それだけでは終わらない。最後に明かされる真相に驚かされる。これも傑作。
宝石(昭35年12月号)
文士劇と蝿の話  雅楽譚。
 忠臣蔵の団蔵型を唯一受け継いでいる当太郎が失踪した。雅楽は当太郎を呼び戻すために一策を講じる。
週刊文春(昭35年12月5日号)
歌手の視力  視力のすぐれた歌手、高波のリサイタル中に女性が毒殺され、その隣の席に座っていた男が消えていた。この二人は以前、高波のカレー店に来ていた客ではなかったか。推理の結果、高波は真相に到達する。 別冊週刊朝日(昭35年11月号)
敗戦投手  杉は、同じピッチャーの小此木にライバル心を燃やし、罠をしかけるが。 オール読物(昭35年12月号)
はんにん  社会部の田島はいつものように読者の投書に目を通していると、その中に、貸本屋を利用している推理小説ファンから、最近借りた推理小説の登場人物欄に鉛筆で「はんにん」と書いてあったことに抗議する内容の手紙があった。
 ところが手紙を送ってきた人の住所は田島の住所の近くだった。さっそく田島はその貸本屋から該当の小説を借りてみた。 
別冊文芸春秋(昭36年1月号)
ヘレン・テレスの家  鈴江は、母が少女時代に住んでいた上海のヘレン・テレスの家を訪問する。この家で35年前に起きた事件とは...... 宝石(昭36年3月号)


 第三の演出者(昭36年桃源社)

 中村雅楽探偵役の長編。数人の視点から事件が語られ、最後に中村雅楽が真相を推理する。事件は、死者の遺稿に従って演出の稽古が行われている時に、一人の男が死に至るというものだ。

 劇団ツバメ座の指導者、加倉井誠が病死した。その通夜に雅楽譚でおなじみの竹野記者の手によって、加倉井の遺稿「虚偽と真実」という戯曲が発見される。
 通夜らしく、加倉井の柩の前で本読みが行われるが、その内容は加倉井自身をモデルにしたもののようであった。主人公は若い妻を娶るが、その後自分が最も気に入っている後継者と妻の仲を疑うという内容なのである。これは誰の目にも、加倉井とその妻瑠璃子、弟子の友永の関係を連想させるものであった。
 加倉井の追悼公演に、この「虚偽と真実」をかけることが決まり、友永が主役に扮することになった。ところが稽古が始まってまもなく、再び、加倉井の手による「虚偽と真実の演出覚え書」が、さらに「虚偽と真実、ニ巻目で気がついたこと」が発見される。
 加倉井が遺したこの演出に書かれているとおりに、指示された拳銃を使い稽古をしている際に、二つ目の弾倉に実弾が入っていたのだという。友永が死亡する。

 犯人を指し示す決め手はかなり明瞭に書かれているので、犯人を指摘するのは容易だろう。犯行方法はもっと簡単な方法も可能なはずだが、そこは雅楽譚、楽しむ主眼はそこにあるのではなく、芝居見物のように楽しむ作品なのだろう。
 その意味で言えば、重大な人間関係についてまったく気が付かなかったのは残念!これについてもかなり多くの手がかりが与えられていたのだし、こういうところこそ雅楽譚らしい趣向ともいえるからだ。もっともこの部分は事件とはあまり関係はないのだけどね (^_^)


 ラッキー・シート(昭37年河出書房新社)

 読んでいて何かデジャビュを感じていたが、あっ、再読だ!(^^;
 7編収録、うち雅楽譚は「ラッキー・シート」、「密室の鎧」、「写真のすすめ」の3編。
 どれもわりと後味の悪い作品で、強いて勧める作品もないのだが、そう言っている自分がこの本を2度も読んでしまったのは不思議だ(^^;
 とりあえず7編の紹介をしておきます。

タイトル 内容 初出
隣りの老女  むねは、老人ホームから引き取られ、かじ子の家の離れに住むことになった。かじ子の家の隣は元伯爵の未亡人の屋敷だったのだが、ここで三人の老女たちの愛憎ドラマが繰り広げられる。最後に発せられる皮肉な一言は...... 別冊文芸春秋(昭36年10月号)
篤行の極致  栄作の死の間際、妾たちが集まった。栄作は、財産分与については秘書の与四郎だけにすでに伝えてあると宣言する。 別冊小説新潮(昭36年10月号)
スターの妹  映画スターになった姉と、その妹の生活を綴った手記が送られてきた。そこには姉妹の間にあった葛藤が綴られていた。 オール読物(昭36年6月号)
三号室の貫禄  与原組の北側九号室に住む正吉は、南側の部屋に移ることを当面の目標にしていた。南側に住むことが与原組での一種のステータスなのだ。三号室に住む文太が寮を出ることになり、その部屋に誰が入るかが正吉にとって、目下、重大な問題になった。 週刊朝日別冊(昭36年6月号)
ラッキー・シート  雅楽譚。
 雷太郎の死んだ恋人が生前いつも座っていた「『と』の二十五」の席が、ある日満員の客席で一カ所だけ空席になっていた。ところがその翌日、その席には喪服の女が座っており、さらに次の日は空席、そしてその次の日は再び喪服の女が座っていたのだ。
宝石(昭36年6月号)
密室の鎧  雅楽譚、密室もの。
 劇場の、錠がかかっていた鎧部屋から死体が発見された。中村雅楽は舞台に登りながら、調査を続ける。
宝石(昭36年10月号)
写真のすすめ  雅楽譚、暗号もの。
 失踪した役者から写真と手紙が送られてきた。雅楽はこれに隠されていた暗号を読み解く。
別冊文芸春秋(昭36年7月号)


 美少年の死(昭51年広論社)

 中島河太郎編の戸板康二短編集、11編収録。リアリティを重視するより偶然性を強調する物語が多く、ある意味では歌舞伎的な雰囲気を漂わせる。
 雅楽譚は「美少年の死」と「隣家の消息」の2編。
 私の好みは「青い定期入れ」、孫娘が元総理の祖父を翻弄し、それが政局にまで発展してしまうというユーモラスで一種痛快な作品だ。
 以下、11編の簡単な紹介をしておきます。

タイトル 内容 初出
美少年の死  中村雅楽譚。
 能の家元の子方が扼殺され、同日、少女歌手が羽田で硫酸をかけられる。
 雅楽は、偶然、古書会館で購入した写本をヒントに2つの事件の真相を看破する。
宝石(昭38年7月)
同窓会  小学校の創立50周年記念式典で、30数年ぶりに再会した3人は、当時、3人とも文房具店の娘に恋心をいだいていたことを知り、その文房具店を訪ねることにする。 オール読み物(昭42年3月)
L婦人像  30年前に早世した沢島隆治のことを調べていた幸子は、当時の沢島の友人、フランス人ベルと会う。ベルは、幸子が沢島のことを調べていると聞き、「ソレハツライシゴトデスネ」と応える。 推理界(昭42年9月)
まずいトンカツ  園田は、別居している妻、静子と会う場所を、うまいトンカツ屋と評判の店にする。しかし当日出てきたのは、ひどくまずいトンカツだった。同じ時間、1人の男が殺され、その男から金を借りているトンカツ職人が容疑者になる。 推理界(昭43年7月)
横綱の手型  犯人を取り逃がした刑事は、たまたま入った食堂で、横綱の手形が押されたポスターを見て、真相に気付く。 別冊文芸春秋(昭39年11月)
野尻のアリバイ  小説家の野尻が、30年前に自殺させた恋人のことを書いたエッセイを、偶然その姉が読み、恨みを抱く。 推理界(昭44年12月)
壁の地図  今回偶然、黎子の取材相手となった都筑和男は、黎子の母親葉子の24年前の恋人だった。 オール読み物(昭40年2月)
青い定期入れ  元総理の喜谷猛は、元文部大臣の河本精三とお互いに一目置く中ではあったが、ある時期から疎遠になっていた。
 偶然、河本精三の娘伶子と親友になっていた喜谷猛の孫娘由紀子は、祖父喜谷猛と河本精三との間を取り持とうと一計を図り、それが政局にまで発展していってしまう。
小説現代(昭42年1月)
紙の竜宮  西木製菓の新宣伝部長は「竜宮飴」の50年来の箱の意匠を変更してしまう。
 ところが、例年実施している竜宮飴の箱を使った工作の懸賞に、変更前の以前の箱を使った竜宮城が送られてきた。
小説現代(昭40年5月)
ばばぬき  母親の久子は、三人姉妹の家に一月ごと交代で世話になっている。長女の家でお手伝いをしている京子は、久子がいつもだいじそうに持ち歩いているふくさ包みの箱に何が入っているのか興味を抱く。 別冊小説新潮(昭38年6月)
隣家の消息  中村雅楽譚。
 錦織が夕刊でその芸を酷評した文治が、「批評は拝見した。なんらかの形で抗議します」と告げた後に行方不明になった。
 竹野記者に話を聞いた中村雅楽はただちに真相を看破する。
宝石(昭38年4月)


 グリーン車の子供(昭51年徳間ノベルス)

 表題作の「グリーン車の子供」は、佐野洋が星新一から、「あれを「推理日記」で取り上げないのはアンフェアだぜ」と言われた作品だ。
 もともとこの作品の舞台はひかり号だったのだが、日本推理作家協会賞の選考の場で「ひかり号が熱海に停まるのはおかしい」とクレームがつき、ひかり号をこだま号に直すことを条件に受賞を決定したのだという。
 ところが星新一は、本作品を読んでいて、出てくる人、出てくる人、みな大阪から東京に行くために、ひかりを使わずわざわざこだま号に乗りこんでくるのはなぜかという点に疑問を持ったのだ。 これが重大な伏線と思いこんだ星新一が、結局最後までその謎が解かれていないことを指して、アンフェアと言っているのである。
 選考委員がかえってキズを大きくしてしまった例だが、文庫版でも修正されていない。
 「ラスト・シーン」の中で、「アメリカ村殺人未遂事件については、また折を見て、書いてみよう」などと書かれている箇所があり、ひょっとすると「書かれていない物語」の登場か?とも思ったが、どうもこれはその次の「臨時停留所」の話のようだ。
 別の場所では、雅楽、竹野記者、江川刑事の3人で3億円事件について推理したという記述もある。あっ、この推理は聞きたい!(^_^)

 各編の内容を以下に記します。
タイトル 内容 初出
一人二役  雅楽譚。
 楽屋に届けられた饅頭で、左吉郎が食中毒を起こした。そのころ、左吉郎は何かと梅昇と対立していたのだが。
宝石(昭37年1月号)
ラスト・シーン  雅楽譚。
 ロケーション地で主役の小高まりもが沼に落ちて死んだ。主役を奪われた久永かおるが疑われる。
宝石(昭37年9月号)
臨時停留所  雅楽譚。
 学生が、臨時停留所の近くで、一人の老婆が苦しんでいるのを見かけ、駐在所に助けを求めているうちに、草履を残して姿が消えていた。
宝石(昭37年12月号)
八人目の寺子  雅楽譚。
 子役のみどりが行方不明になった。雅楽は、みどりを親の元にもどすため一計を図る。
宝石(昭38年10月号)
句会の短冊  雅楽譚。
 家元争いをしている句会の場で家宝の短冊が紛失した。
 雅楽は、竹野記者が記録した詳細なメモをもとに犯人を指摘する。
小説宝石(昭46年3月号)
虎の巻紛失  雅楽譚。
 豊蔵の楽屋で、「シラノ」のしぐさや手順をこまかくメモした虎の巻が紛失した。
 雅楽は、虎の巻の在り場所を言い当てる。
別冊小説宝石(昭47年12月号)
三人目の権八  雅楽譚。
 雅楽に権八のしぐさを教わった若手たちのうちで、その直後に権八の役に選ばれたのは登美十郎だった。ところがその登美十郎が黄疸で休演し、その代役になった昇鶴も外出して戻ってこない。昇鶴の腹違いの弟、鶴二郎がさらにその代役の準備のため顔をこしらえ始まる。 
別冊文藝春秋(昭49年128特別号)
西の桟敷  雅楽譚。
 柏升の家から抱一の軸が紛失し、住込みの衣装デザイナー高村良子も姿を消していた。
小説推理(昭49年11月号)
光源氏の醜聞  雅楽譚。
 中村丹次郎にアメリカ公演の話が来た。ところが、それと時期を一にするように、俳優の石田元雄が丹次郎の隠し子だというスキャンダルが拡がる。 
小説推理(昭50年2月号)
襲名の扇子  雅楽譚。
 大正座にかかっていた吉原徳造作の4号のバラの絵が紛失する。
 雅楽は、役者たちの襲名披露の際の扇子を確認し、犯人を言い当てる。
別冊文藝春秋(昭50年132特別号)
グリーン車の子供  雅楽譚。日本推理小説協会賞受賞作。
 大阪からの帰りのこだま号で、雅楽と竹野記者は席が離れ離れになってしまい、雅楽の隣には少女が座った。少女は一人で大阪から東京へ上京するのだという。 
小説宝石(昭50年10月号)
日本のミミ  雅楽譚。
 オペラ歌手の中川美絵子が飲み屋の「千鳥」に訪れた。そこで彼女が取り出したプリマの写真には「日本のミミに愛をこめて」との添え書きがあった。(ミミはラ・ボエームのヒロイン)
 ところがその写真が紛失してしまったのだという。
別冊文藝春秋(昭51年136特別号)
妹の縁談  雅楽譚。
 中村東太郎の妹のお美代は、見合いの話が何度もこわれている。先方は気に入っているのだが、そのたびに中傷の電話がはいるらしいのだ。
別冊文藝春秋(昭51年夏季号)


 グリーン車の子供(昭57年講談社文庫)

 この前徳間ノベル版の『グリーン車の子供』を読んだばかりだが、講談社文庫版で収録されている11編のうちノベルス版と重なっているものは3編だけ。その他に、1編は桃源社『歌手の視力』に、また2編が広論社『美少年の死』に収録されているので、結局新たにこの文庫版で読むべき作品は残りの5編ということになる。

 「子役の病気」では、また雅楽と竹野が「刑事コロンボ」を見ている場面が登場。「刑事コロンボ」が好きなのかな>戸板康二
 「子役の病気」と「神かくし」は、いずれも「寺子屋」に出演していた子役が、芝居の手習中に書いた習字の文字を見て、真相を言い当てる話になっている。発表は同じ「小説現代」で、しかも間に1年もあいていないことを考えると、ちょっと芸がないな、と思わないでもないが、よほど気に入ったシチュエーションなんだろうね。

 各編の内容を次に記します。
タイトル 内容 初出
滝に誘う女 『歌手の視力』(桃源社)の項を参照) 「小説新潮」(昭35年11月号)
隣家の消息 『美少年の死』(広論社)の項を参照) 「宝石」(昭38年4月号)
美少年の死 『美少年の死』(広論社)の項を参照) 「宝石」(昭38年7月号)
グリーン車の子供 『グリーン車の子供』(徳間ノベルス)の項を参照) 「小説宝石」(昭50年10月号)
日本のミミ 『グリーン車の子供』(徳間ノベルス)の項を参照) 「別冊文芸春秋」(昭51年第136号)
妹の縁談 『グリーン車の子供』(徳間ノベルス)の項を参照) 「別冊小説新潮」(昭51年夏季号)
お初さんの逮夜  雅楽譚。
 金四郎の細君のお初さんが亡くなった。想い出話をするうちに、金四郎とお初さんの結婚のエピソードの真実が明らかになる。
「小説現代」(昭53年4月号)
梅の小枝  雅楽譚。
 舞踊の家元、梅里薫の細君が行方不明になった。一方、薫のリサイタルに使う背景の絵の応募作を見て、雅楽が細君の居場所を言い当てる。
「小説宝石」(昭56年2月号)
子役の病気  雅楽譚。
 「寺子屋」に出演している子役の様子がおかしい。雅楽は、芝居の手習中に子役が書いた習字の文字を見て真相を推理する。
 
「小説現代」(昭56年4月号)
二枚目の虫歯  雅楽譚。
 燕糸の演じる勘平には、評論家も「色にふけったばっかりに、と右手で頬をたたくと血染の手形が残る。ゾッとするほどの美しさ」と賞賛していた。ところが五日目の舞台で燕糸が頬をたたかない。歯が痛むのだ。
「小説現代」(昭56年9月号)
神かくし  雅楽譚。
 友蔵が失踪した。
 一方、熊本の人吉に訪れていた雅楽は、「寺子屋」に出演していた子役たちが書いた手習草子を見て、一人の子役を呼ぶようにと言う。
「小説現代」(昭57年2月号)


 目黒の狂女(1982年講談社)

 中村雅楽推理手帖と銘打った、粒ぞろいの連作短編集。10編収録。
 「女友達」では、雅楽がテレビのモーニングショーに出演することになったのだが、突然、番組編成に無理な注文をつけ始める。結末がきれいに決まる好作品。
 「女形の災難」で、雅楽がした推理が当たる確率は1%にも満たないだろう。この最高峰のご都合主義にはひれ伏すしかない!(^^;
 「俳優祭」では、雅楽が若手の女形が演じる催眠術に出演する。しかし雅楽には、ある目的があった。読後感も爽やかな傑作。
 「コロンボの犬」では、コロンボの吹替え俳優が登場。最後に彼が真相を解き明かすが、その台詞の書き割りは雅楽の手によるものだった。「刑事コロンボ」が推理の根拠に使われるところもおもしろいが、戸板康二も「刑事コロンボ」を好んで見ていたんだね。

 各編の内容は次のとおり。
タイトル 内容 初出
目黒の狂女  雅楽譚。
 竹野記者は同じバス停で、毎週違う女性からカーネーションを渡される。なぜたびたび自分が花を渡す相手に選ばれるのか。竹野は、雅楽に相談する。
別冊文春(昭51年12月号)
女友達  雅楽譚。
 雅楽がテレビのモーニングショーに出演することになった。ところが突然、雅楽が番組編成に無理な注文をつけ始める。その真意は。
 
小説現代(昭52年4月号)
女形の災難  雅楽譚。
 ホテルの部屋から、女形伊之助のカバンが盗まれた。同じホテルに泊まっていた竹野記者は雅楽に電話で相談すると、ただちにカバンの行き先を言い当てる。
問題小説(昭52年5月号)
先代の鏡台  雅楽譚。
 壁にぶつかっている若手俳優に雅楽が策を講じる。
小説宝石(昭53年2月号)
楽屋の蟹  雅楽譚。
 雅楽の往年のライバル市川高蔵が歌舞伎座に出演するため上京してきた。その高蔵の楽屋に、雅楽からと届けられた風呂敷包みには、高蔵の大嫌いな蟹が入っていた。
別冊小説新潮(昭53年4月号)
砂浜と少年  雅楽譚。
 名門の子、新三郎は悩んで家を出て、一人芦名で過ごしていた。雅楽は少年の悩みの原因で気付くが。
小説現代(昭53年11月号)
俳優祭  雅楽譚。
 俳優祭で、雅楽は、若手の女形が演じる催眠術に出演することにした。そのねらいとは。
別冊小説宝石(昭55年9月号)
玄関の菊  雅楽譚。
 ホテルのマネージャーの菊が何者かになぐられたらしい。竹野記者は江川刑事から聞いた話を雅楽に伝える。
小説現代(昭55年11月号)
女形と香水  雅楽譚。
 女形の浜木綿は、最近、妻が香水のにおいをさせていることに不信をいだく。
小説新潮(昭56年4月号)
コロンボという犬  雅楽譚。
 楽屋から切手のコレクションが紛失した。コロンボの吹替え俳優が真相を解き明かすが、その台詞の書き割りは雅楽の手によるものだった。
小説現代(昭56年11月号)


 淀君の謎(1983年講談社)

 8編収録、うち雅楽譚は「かんざしの紋」を除く7編。
 表題の「淀君の謎」は、淀君にまつわる謎に雅楽が挑む歴史ミステリー。淀君はなぜ家康に降伏せず豊臣家滅亡を選んだのか。その回答にはさすがにリアリティはないが、これを舞台で演じれば新解釈と呼ばれるのかもしれない。こういうあたりが雅楽譚をミステリー歌舞伎と呼びたい所以だ。
 私のお気に入りは「むかしの写真」。雅楽が昔の写真を見て、50年前、女形の市村芳之丞が急に大阪に去った理由に気付くという話だが、結末があざやかに決まる。

 各編の内容をあげておきます。
タイトル 内容 初出
淀君の謎  雅楽譚、歴史ミステリー。
 淀君はなぜ家康に降伏せず豊臣家滅亡を選んだのか、淀君にまつわる謎に雅楽が挑む。
週刊読売(昭44年5月〜6月号)
かんざしの紋  劇場の名店街に出店したレストランの娘雪子は歌舞伎役者の沢村左門と親しくなる。著しく芝居っぽい話。 勝利(昭43年1月号)
むかしの写真  雅楽譚。
 雅楽はむかしの写真を見て、50年前、女形の市村芳之丞が急に大阪に去った理由に気付く。
 
小説宝石(昭53年9月号)
大使夫人の指輪  雅楽譚。
 楽屋で大使夫人の指輪が紛失した。雅楽はいくつかの手がかりから指輪の所在を言い当てる。
小説宝石(昭55年6月号)
芸養子  雅楽譚。
 女形の路莚は二人の弟子のどちらかを芸養子にしようとするが、路莚の妻にも思惑があるらしい。
小説現代(昭57年6月号)
四番目の箱  雅楽譚。
 雅楽は、役者の妻が死亡する前に残した録音テープの意味を読み解く。
小説新潮(昭57年10月号)
窓際の支配人  雅楽譚。
 みどりは大正座の支配人に引かれ、その事務所に勤め始めるが、支配人に近づくミス京都に嫉妬する。
小説現代(昭57年11月号)
木戸御免  雅楽譚。
 自信を失っている名門の御曹司の楽屋に、謎の女が出入りし始める。
小説現代(昭58年4月号)


 劇場の迷子(1985年講談社)

 そこそこの作品群、12編収録。うち雅楽譚は「市村座の後妻」を除く11編。
 「祖母の秘密」では、古書展で本を買い逃して未練たっぷりの竹野記者に思わず共感してしまう(^_^)
 「弁当の照焼」は、楽屋に配られた弁当で役者が体調を崩したと言い出す。雅楽は思いがけない方法で解決を図るのだが、なにもそんなことまでしなくても。
 「不正行為」は、カンニングを疑われた下敷に書かれた方程式の意味を、雅楽が読み解くという内容だが、こんな暗号わかるわけないよ。
 「写真の若武者」で、雅楽には子供も孫も存在しないことを前提にしていることに、おやっと思う。河出書房新社『車引殺人事件』の32ページ(講談社文庫『團十郎切腹事件』所収「車引殺人事件」では24ページ)にはこう書かれている。「すると、雅楽は顔色をかえた。彼の孫が、今四国の方へ就学旅行に行っているのだ。」ここを読むと、雅楽譚第1作の「車引殺人事件」の頃は雅楽に孫がいたようなのだが、どこかで設定がかわったのだろうか?

 各編の内容を次にあげておきます。
タイトル 内容 初出
日曜日のアリバイ  雅楽譚。
 かの子は、雅代が画家の立川秋峯から舞台用の扇を贈られたことに嫉妬し、アリバイを作った上で、楽屋でにせものの扇とすり替えようと画策する。
小説宝石(昭52年4月号)
なつかしい旧悪  雅楽譚。
 雅楽は、若手の女形藤川英次郎に芸を教えたことをきっかけに、40年前の真実に気付く。
小説宝石(昭54年2月号)
祖母の秘密  雅楽譚。
 竹野記者は古書展で「俳優名鑑十冊」という商品を買い逃してしまったことを後悔する。ところがその本を購入した女子大生が雅楽に面会を求めて来た。
小説宝石(昭56年9月号)
市村座の後妻  女形尾上多賀之丞を主人公にした実名小説。 別冊文春(昭57年6月号)
弁当の照焼  雅楽譚。
 楽屋に昔風のうまい弁当が配られた。ところがその弁当で体調を崩した役者がいるのだという。雅楽は思いがけない方法で解決を図る。
小説現代(昭58年8月号)
銀ブラ  雅楽譚。
 昔、雅楽と論争した文朝が国立劇場に出演するため上京してきた。毎日銀ブラしているのだという。
銀座百点(昭58年10月号)
不正行為  雅楽譚。
 雲井の後妻のちか子は中等部時代にカンニングを疑われて転校していた。雅楽はその時下敷に書かれていた方程式の意味を読み解く。
小説現代(昭58年11月号)
写真の若武者  雅楽譚。
 雅楽を自分の祖父だと言う高校生が出現する。
小説現代(昭59年2月号)
機嫌の悪い役  雅楽譚。
 明るくのんきな安房山昇がハムレットの役をわりあてられた。昇の性格とは正反対のハムレットの憂鬱な役柄づくりのために、雅楽が一計を案ずる。
小説現代(昭59年5月号)
いつものボックス  雅楽譚。
 雅楽がお気にいりのいつものボックスが、黒い服を着た、目つきのよくない男たちによってふさがっていた。
オール読物(昭59年8月号)
劇場の迷子  雅楽譚。
 能楽家元の分家の6歳の息子隆一が劇場で行方不明になる。隆一は40分後にふいに戻ってきた。
小説現代(昭59年9月号)
必死の声  雅楽譚。
 「俊寛」の千鳥の役づくりに苦心している女優に、雅楽が一計を図る。
小説宝石(昭59年11月号)


 家元の女弟子(1990年文藝春秋)

 傑作ぞろいの連作短編集、12編収録。この連作短編集では、主要登場人物として新たに雑誌レポーターの関寺真知子が登場する。

 「芸談の実験」では、関寺真知子が初登場。雅楽の目的が明らかになったとき、あっ、やられた!こんなふうに何気なく引っ掛けられるとうれしくなる。傑作です。
 「おとむじり」も傑作。本編では竹野が大活躍。関寺真知子が結婚することになってがっかりしている雅楽のために、竹野が一計を講じるのだ。結末の真知子の所作にも感動させられる。
 また、「市松の袢纏」に出てくる「歌舞伎座百年ちょっといい話」という企画には大笑い。

 各編の内容を以下に記します。
タイトル 内容 初出
芸談の実験  雅楽譚。
 関寺真知子、初登場。雅楽が関寺真知子の父親が誰かを推理する。見事に引っ掛けられました。傑作。
小説現代(昭61年1月号)
かなしい御曹司  雅楽譚。
 雅楽は、栄之丞が先代の父親のようにはできないと悩んでいることを知り、関寺真知子に芸談の話をする日に、栄之丞も同伴するよう指示する。
小説新潮(昭61年10月号)
家元の女弟子  雅楽譚。
 英之丞の息子英二郎は、舞踊家家元の内弟子しげ子と結婚しようとする。
 ところが、たまたましげ子の祖父たちが、英之丞、英二郎父子の舞台を見て、その結婚に反対し始める。
オール讀物(昭61年11月号)
京美人の顔  雅楽譚。
 竹野記者の妻の従妹の娘、栄が、日仏提携映画の主演に選ばれ悩んでいるという。竹野は雅楽に相談を持ちかける。
オール讀物(昭62年5月号)
女形の愛人  雅楽譚。
 雅楽は、恋女房を持ったばかりの女形京太郎に、女形は妻君(ママ)に夢中になってばかりではだめだと苦言を呈する。
小説新潮(昭62年7月増刊号)
一日がわり  雅楽譚。
 若手役者3人共演の実現が、配役で難航しているという。相談を受けた雅楽は、役をめいめい交代する一日がわりの「忠臣蔵」を提案する。
小説宝石(昭62年9月号)
荒療治  雅楽譚。
 雅楽は、関寺真知子が肩入れする平六に、飛躍のきっかけを与えようと計画を開始する。
オール讀物(昭63年1月号)
市松の袢纏  雅楽譚。
 「演劇界」の増刊として「歌舞伎座百年ちょっといい話」という企画が出され(笑)、引退した女形嵐梅三郎の話を聞くインタビュアーとして関寺真知子が選ばれた。
オール讀物(昭63年5月号)
二つの縁談  雅楽譚。
 美代子は父親の恩人、沢村此次郎から求婚され、途方にくれて竹野に相談する。
 一方、雅楽のお気に入りの関寺真知子にも縁談が持ち込まれる。
オール讀物(昭63年12月号)
おとむじり  雅楽譚。
 関寺真知子が結婚することになってがっかりしている雅楽のために、竹野が一計を講じる。結末の真知子の所作に感動させられる。傑作。
オール讀物(昭64年3月号)
油絵の美少女  雅楽譚。
 今は室町姓の真知子が竹野に電話をかけてきて、金丸座への同行を雅楽に断られたことを不服そうな口調で訴えた。
 
オール讀物(昭64年8月号)
赤いネクタイ  雅楽譚。
 江川刑事から花屋の2階で老人がネクタイで首を絞められた事件を聞いた雅楽は真相を指摘する。
 一方、真知子に赤ちゃんが生まれ、雅楽が名付けを頼まれる。
 また冒頭では、竹野が、雅楽ばりの推理を披露する。
オール讀物(平2年3月号)


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