NIGHTMARE
 その晩もレムはヴァッシュの枕元に現れた。
「ヴァッシュったら本当に奥手なのね。困ったわ」
「困ってるのは僕の方だよレム・・・。大体何で唐突に現れてこんなこと言い出すんだよ。しかも毎晩」
愚痴めいたヴァッシュの問いかけに構わず、彼女は腕組みをして彼の前に立ちはだかった。亡霊は相変わらず耳が遠いようだった。
「うじうじ悩んでると、ほら!!逃げられちゃうかもしれないわよ!?あんな風に!」
レムはヴァッシュの後方を指差した。彼は反射的に振り向いた。
 メリルがいた。満面に笑みをたたえている。その視線の先には。
 「ナイヴズ・・・」
 ヴァッシュは思わず呟いた。汗が一筋頬を伝う。二人は仲睦まじい様子で何事かを話しながら歩き去っていった。
「えっ!!?ちょっ、ちょっと待ってよ!」
ヴァッシュは後を追おうとした。すかさずレムが彼の腕を掴み、それを阻止した。
「ねッ!もたもたしてるとロクなことがないわよ。行動あるのみ!頑張んなきゃ!ファイトよ、ヴァッシュ!!」
 ヴァッシュは背後から凄まじい力で弾き飛ばされた。

 男はベッドの端に引っかかっていた足をそろそろと下ろすと、そのまま床に横になった。ひんやりとした床の冷たさが身体にしみる。そういえば、あれからずっと一人で寝てるんだっけ。彼は頭を軽く起こすと、部屋中を見回した。暗い部屋は無限に拡大されていくように思えた。一瞬、ヴァッシュは自分だけがそこに取り残されているような錯覚に陥った。
 寂しい・・・のかなあ。だめだ。今更何を考えているのだろう。彼は落下の衝撃でまだ少し痛む頭を振ると、慌ててそれを打ち消した。僕は、今のままで満足なんだから。今はナイヴズがいるし、寂しいなんてことは。でも、もし彼女がナイヴズと・・・いや、誰かと出て行ってしまったら?ヴァッシュは知らずと唸った。我慢できないだろうなあ。彼は渋々それを認めた。それを阻止するには一つしかない。でもそれは。
 ファイトよ、ヴァッシュ!
レムの声が脳裏に響く。好き放題言ってくれちゃって全く・・・。人の気も知らないで。ヴァッシュは床に激突した部位をゆっくりと撫でた。それにしても。彼は思わずひとりごちた。

 「レムってあんな性格だったっけ・・・?」


 夜も遅く、何となく物足りなさを感じたウルフウッドがキッチンを覗くと、意外な先客がいた。
「なんや、珍しい。分かったヤケ酒やろ。みっともあらへん。」
「・・・決めつけないでくれる」
一発で図星を指されたヴァッシュは、それでも口だけは抵抗してみせた。瓶からそのままビールをあおる。
「なんやな、どうせオドレが悪いんやし、なんでいつもみたくすぐに謝らへんかったんや。嬢ちゃんムッチャ怒っとるで、絶対」
ウルフウッドはヴァッシュから新しい瓶を受け取ると、自分も同じようにそのまま口をつけた。ごくごくと勢いよく飲み干す。彼は口を手の甲で軽く拭うとヴァッシュを見た。彼はいじましく瓶を両手で挟み込んで、ラベルの辺りを眺めていた。これはいままでになく重症らしい。ウルフウッドが事態の深刻さに気づいた頃、ヴァッシュがおもむろに口を開いた。
「そんなに簡単なことじゃないんだよ。別に喧嘩したわけでもないし・・・」
「ハア?・・・何やオドレ、もしかして・・・!!」
 そういうことにはやたら聡いウルフウッドは、すぐさま状況を理解した。途端に口の端を吊り上げ、心底楽しそうな笑顔を作る。 「いずれにしろオドレが悪いわな。第一ふがいなさすぎやしな」
ウルフウッドは一方的に決めつけた。ヴァッシュが反撃しようとして口を開きかけたところで勢いよくキッチンの扉が開き、ミリィが現れた。
 「ああッ、二人だけで宴会なんてずるいです!!私も混ぜてください!」
彼女はウルフウッドからビールを受け取ると、牧師さんたちとお揃いです、と言って同じように瓶に口をつけた。コッソリ秘密の宴会なんですか?内緒ごとはナシですよう、というミリィの冗談めかした非難に、ウルフウッドが、トンガリの恋愛相談やってんねんワイ。と愉快そうに答えたものだから、事態はヴァッシュにとって益々ややこしい方向に転がった。
 「ヴァッシュさんが悪いんですよ!絶対」
何も聞かない内からミリィは一方的に決めつけた。ヴァッシュはげっそりした。
「・・・勝手に決め付けないで欲しいな・・・一応」
「だって、先輩が悪いなんてこと、事コレに関しては絶対にありえません!大体ヴァッシュさんがいつまでたってもはっきりしないのがいけないんです!そんなことだと、先輩、他の人に取られちゃいますよ!ナイヴズさんとか!」
ミリィは無邪気に止めを刺した。ハニーゴツイこと言いよるなあ。牧師が妙に神妙な顔で呟いた。
「物凄く言われたい放題なんですけど・・・」
ヴァッシュは水滴で浮いたラベルを剥がしながら少しむくれた顔をした。ミリイは構わずヴァッシュににじり寄ると、持っていた瓶を彼の眼前に突きつけて叫んだ。
「元気出して下さい。私も牧師さんも、ヴァッシュさんのことを応援してるんです!男は度胸ですよ!!」
ミリィはどこかで聞いたことがあるようなことを言った。
「頑張ってくださいヴァッシュさん!男なら当たって挫けろです!」
ウルフウッドの笑い声がキッチンに大きく響き渡った。

 ・・・・砕けるのも挫けるのも嫌だなあ・・・。ヴァッシュは床に転がって笑い続ける牧師を横目で睨みながら考えた。

 しかし、ミリィの言うことも一理ある。


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