翌朝目を覚ますと奴の姿は消えていた。酒瓶はきれいに片付けられていて、わずかに残ったアルコールの匂いだけが夕べの名残を留めていた。奴の痕跡は跡形もなく消し去られていて、まるでわしが一人で飲み明かしたみたいだった。わしは飛び起きた。別れの挨拶をしなくちゃならん。今から追いかければ間に合うかもしれん。そうこうしているうちに、写真立ての隣に幾許かの金が置いてあるのに気づいた。奴が宿代のつもりで置いてったんだな。わしはその金をひっ掴むと家から飛び出した。



 わしは手近な酒場に入ると、そこの親父に奴を見なかったか、と聞こうとした。店内は始発のバスで着いた奴等で溢れかえってた。わしはそいつらを掻きわけてカウンターに行った。そこでは若い女の二人連れが親父と大声でやりあってるところだった。
 そんなはずないですよう、と背が高い方の女が声を張り上げた。絶対この町にいるはずなんです!間違いありません!そんなこと言われたってな、と親父が切り返してた。見てねえもんは見てねえよ、元賞金首のヒューマノイド・タイフーンだろう、庇ったっていいことなさそうだしな、嘘はついてねえぜ。わしは耳を疑った。なんでこんな若い女どもがヴァッシュを探してるんだか。二人共身なりは悪くなかったし、なかなかの美人だった。こんな田舎町には全然似合ってなかったな。まして腕自慢の賞金稼ぎっていう風には全く見えなかった。
 もういいですわミリィ、と小柄な方の女が諦めた様に片割れに声を掛けた。この方本当に何もご存知ないみたいですし、他をあたりましょう。それにしてもあの人、一体どこに行ってしまったのかしら?
 それでわしには、この女達が奴の知り合いらしいことが分かった。わしは嬢ちゃん達に話しかけた。まだ嬢ちゃん、というような呼び方が似合うような年頃だったんだよ。あんた達、ヴァッシュを探しているのかね?途端に二人とも驚いてわしに向き直り、質問を浴びせようとした。わしはそれを手で制すると、こう言った。一緒に朝飯でもどうかね?
 二人はベルナルデリ保険協会から派遣されてきた調査員で、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの監視を担当してる、と言う話だった。
 ヴァッシュさんひどいんですよう、いつも私達を置いて行っちゃうんです。昨日なんて夜のうちに逃げ出しちゃって。朝飯のサラダをつつきながら、頬を膨らませて言ったのは背が高い方の娘でな、ミリィという名前だった。まだがきみたいなところがあって、表情がころころ変わるかわいい子だったな。
 本当ですわ。夜の砂漠を一人で渡るなんて無謀すぎるにも程がありますわ。危険なのに。そう言ったのはもう一人の方で、これはメリルといったな。小柄で、きびきびとした娘でこっちもべっぴんさんだった。ああいうの清楚っていうのかね。こっちはかなり怒っている風だった。いや、むしろ奴のことをひどく心配しているみてえだった。顔を赤くして、かなり憤慨してたな。奴に惚れてるんだな、とわしにはすぐに分かった。気になりすぎて、頭にきちまうんだ。
 わしは夕べ奴と会ったことを話した。朝になったら姿が消えていたことも。次の町へ行ってしまったんだろう、というのが嬢ちゃん等の出した結論だった。自分等も早く追わないと。二人は急いで食べ終わると、バス停へ行く、と言って席を立った。有益な情報をありがとうございます、フィーランさん。感謝しますわ。何かお礼ができれば良いのですが。
 いいんだよ、とわしは言った。あんたらみたいなべっぴんさんと話せて楽しかったしな。二人は頬を染めてうれしそうな顔をした。やたら素直なんだな。ヴァッシュの奴も案外いい思いしてやがるじゃないか。なんでこんな気立ての良い嬢ちゃん等を置いてけぼりにするんだか。わしには奇妙に思えてならなかった。二人はしばらくの間、それじゃ気持ちがおさまりませんわ、とかなんとか言ってたが、そのうちメリルの方がこう言ってきた。そうですわ!何か、あの人に伝言でもありませんか?必ずお伝えしますわ。お礼の代わりと言ってはなんですけど。真面目な子なんだな。それでわしは、奴の金を嬢ちゃん等に託すことにした。だがな、理由を説明してもメリルは決して受け取ろうとしなかった。あの人がそうしたかったのなら、そのままにしておいてあげて下さい。私はそのお金を受け取ることはできませんわ。かたくなで、全く取りあってくれなかったよ。
 なんでも分かりあってるみてえな口を聞きやがって、まるでできてるみたいじゃねえか。そこでわしは、はたと気付いた。奴が嬢ちゃん等から逃げ出したわけが、夕べ奴が急に黙りこんだわけが分かったんだよ。
 奴は恐いんだな。自分が何かに囚われてしまうことも、自分の孤独を埋めてくれる何かを見つけてしまうことも、そしてそれを認めてしまうことも。奴は写真の中に収まってるみてえだって言っただろう、それが寂しいんじゃないかって。だけどな、そこから出ることもきっと恐いんだ。わしらみたいに飲んだり食ったり、こうやって、あんたらみたいな奴等とつるんだり、女を口説いたりってことをするのがさ。いつかはまた一人残されるわけだからな。写真の中に戻る日が来ちまうってわけだ。それなら確かにそのまま収まっとくのが楽ってもんだろうな。
 でも出たいって思っちまったんだな、きっと。あのちっこい嬢ちゃんのせいで。それで逃げ出したんだよ。わしは今頃バスに揺られてるだろう男に思いを馳せた。全く困った奴だ。人間台風なんて呼ばれてる癖に、妙に臆病なところがあるんだな。そこが奇妙に人間臭くてな、わしには却っておかしかった。そして悲しいとも思った。
 じゃあこうしよう。わしは奴の金をわしらの朝飯代に使う事にした。嬢ちゃん等は奢ってもらうことに最初は抵抗してたけどな、ヴァッシュがあんたらを置いて行った慰謝料だと思ってくれ、その代わり奴に会ったら怒らないで、許してやって欲しい。そう言ったらようやく納得してくれた。

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