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よう兄弟、来たか。まあ座れ。こんな日は外で飲むに限るなあ。月がきれいじゃないか。こんな晩にはいつも思い出すことがある。いい月夜にな。 なんだ、月は嫌いかね?五番目の月か。あれが恐いかね?あの穿たれた穴が?よろしい、わしの話を聞きなさい。今日は静かな晩だ。話をするのにもってこいだ。 まずは、わしが何故保安官になったかを話そう。随分昔のことだが、この町に強盗団が現れてな、それはもうすごい騒ぎになった。その頃わしはまだがきだったから、なんにもできやしなかった。ならず者達は、要求してくるものを差し出しとけばそれなりにおとなしくしてたが、わかるだろ、要求ってのは段々エスカレートしてくもんだ。そのうちどうしようもないところまでいっちまったんだな。大人達は頭を抱えてた。 だが、それもある日突然あっさり解決しちまった。ふらっと現れた他所者が、奴等を全員とっちめちまったんだ。しかもたった一人で。町の連中も捕まえられた方もあぜんとしてたな。だが事実は事実。町を挙げてそいつを歓待したさ。背が高い金髪の優男だった。まだほんの若造といったところだったな。実に気のいい男でな、子供が好きで、毎日遊んでくれた。わしらは毎日あとをついて回ったもんだ。わしにとって、奴は英雄だった。それは今でも変わらん。 そいつが町から出て行く時、わしは誓った。大きくなったら、あんたみたいな男になる。正義の味方になるってな。奴はわしの頭に手を置くと、がんばれよ、と言った。元気でな、ダニィ。わしは今でもあの手のぬくもりを覚えてる。 そんなわけで、わしは保安官になった。そりゃまあもう引退しちまったが、現役の間はこの町にいざこざが起こらねえようにうまくやってきたつもりさ。 一年位前のことだ。わしはその晩もここでこんな風に飲んでから、家に帰ろうとしていた。あの日もいい月夜だったな。空は明るく、行く先々の店からは明りと喧騒が漏れていた。まだそんなに遅い方じゃなかったし、わしは飲み足りないような気がしてきて、気の向くままに適当な店に入ることにした。あんたらのうち、誰か一人でも見つかればめっけもんだと思ったんだよ。店先を冷やかしながらぶらぶらしてたらな、手前の店から男が一人出てきた。他所者だってのは一目で分かったな。背が高くて、ロングコートを着て、肩に大きな荷物を引っかけてた。そいつが振り向いたとき、月明りで顔がはっきりと見えた。 ヴァッシュ・ザ・スタンピード!! ついこの間まで毎日手配書で拝んでた賞金首の顔を忘れるわけがない。金髪に逆立てた髪、紅いコート。まず間違いなかった。そりゃ奴がもう賞金首じゃないことは分かってたさ。だがな、この町で揉め事は起こして欲しくない。あんたらだってそう思うだろ。 奴はわしに気づくと、ほんの少しだけ見つめてからゆっくりと近づいてきた。わしは無関心を装うことにした。伝説の賞金首と対時して勝ち目などあるわけなかったが、町のためにはわしが様子を伺うしかないと思ったんだ。奴はそんなわしの様子に構わず、近づいてくるなりこう言った。 やあ、ダニィじゃないか。懐かしいなあ、元気かい?わしは驚愕して奴を見た。人間台風なんかと知り合いになった覚えはないからな。わしがよっぽど呆然としてたんだろう、奴は少し悲しそうな顔をして見せた。覚えてるわけないよね、いいんだよ。そうして曖昧な笑顔を見せると立ち去ろうとした。元気でね、ダニィ。 その言葉でようやくわしは思い出した。奴は何十年も前にこの町を救った、あの若造だったんだよ。わしが誓いを立てた、背の高い、金髪で優しい目をしたあいつだったんだな。問題は、奴はあの時とそっくりそのまま同じ姿をしてるように見えたってことだった。勿論なりは違ったがね。年を一つも取ってないように見えたんだ。そんなことあるわけがないんだが。だがわしには、そんなことよりも再会を逃すことの方が恐かった。わしは慌てて奴に呼びかけた。待ってくれ。覚えてるとも、ヴァッシュ。奴は振り返ると、まるで、がきみてえにうれしそうな顔をしやがった。屈託のない笑顔ってやつだよ。 ヴァッシュは夜遅く町に着いたせいで、宿が無くて困ってる、と言った。夜に砂漠越えをしてきたのかね!?なんでそんな無茶を?聞いてみたが奴は笑って誤魔化した。じゃあうちに来るかね、とわしは言った。丁度飲み足りないと思っていたところだし、付き合ってくれると助かるよ。それで決まりだった。 わしらは家のダイニングに陣取り、仲良く酒を飲んだ。奴はわしの話を聞きたがったな。町のことや、わしらのことを。わしは思い出せる限りのことをしゃべった。あんたに憧れて保安官になったんだ、と言ったらものすごく照れやがったが、うれしそうだったな。 やがて話すことも無くなったので、今度はあんたの番だ、とわしは言った。あんたの話す番だよ、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。まさかあんたが伝説のヒューマノイド・タイフーンだったなんてな。いろんな冒険をしてきたんだろう? 参ったなあ。というのが奴の返事だった。名前ばっかり一人歩きしちゃってね、特別なことなんて何もないんだよ。ただ旅をしてるだけさ。話すことなんて…。 奴は弱りきった顔をして天を仰いだ。と、何か見つけたのか、視線が一点で止まった。わしは奴の視線を追った。 ああ、…死んだ女房のメアリだよ。 奴は食器棚の上の写真立てを見つめていた。 ああ、ごめん。ヴァッシュは申し訳なさそうに頭を掻いた。構わんよ、とわしは言った。随分昔の事だしな。いい女だろ。わしはこんなに老いぼれちまったが、メアリはいつまでもこの写真のまま、二十歳のままだからなあ。わしが死んでから天国で会いたいと思っても、こんな爺は相手にしてくれんかもしれん。わしは笑ってみせた。奴があんまり申し訳なさそうにしているから、冗談の一つでも言ってやることにしたんだよ。 ところがヴァッシュは、そんなことないよ絶対!と急にむきになって大声を出した。それからはっとしたようにわしの顔を見ると、またひどく気まずそうな顔をして、ごめん、と謝った。ちょっと酔っちゃったのかな? 何か奴にとって気にいらないことがあった様だったので、わしは話題を変えようとした。愉快な再会をぶち壊しにしたくなかったんだよ。そういやあんたの話が聞きたいって言ってたんだっけな、とわしは言った。どうかね、あんたもいい人がいるんじゃないのかね? 途端に奴はなんともいえない顔をしてみせた。最初は赤くなってそれから青くなり、最後にまた赤くなると自分のグラスを掴んで一息に飲み干した。それから、そんなに強くないんだろうな、むせて咳こんだ。しばらく顔を紫色にして苦しんでたが、それもおさまると照れ笑いを浮かべてこう言った。いやー、こういう稼業だからね、難しいっすよ!ヴァッシュは声を出して笑った。だがな、奴はふいに真顔になると、メアリの写真を長いこと眺めて、それからテーブルに投げ出した自分の掌をじっと見つめた。黒い皮手袋に覆われた掌を透かして、何か他のものを見つめてるみてえだった。自分の考えにすっぽり入り込んじまって、他はまるで見えてないって風だったな。 そのまましばらくじっとしていたが、やがて奴はぽつりとつぶやいた。でも、そうだね、いつかはそういうのもいいな。 わしはその時初めて、奴が疲れていることに気づいた。なんて言えばいいんだろうな、ほら、一日中外にいると、どんなに気をつけてても、夕方には身体中砂まみれになってるだろ。奴もそれと同じで、知らない内に疲れが全身に広がってるように見えた。それが以前と比べて、奴の唯一変わったところだった。いや、昔からそうだったのかもしれんがな、がきの頃には気づかなかったんだ。 歳を取らないってのは案外辛いのかも知れんな、とわしは考えた。メアリみたいに死んじまえば話が別だ。写真に収まってしまって永遠に若いっていっても、わしの頭の中でだけの話だ。奴は違う。ずっと、自分だけが写真の中に収まってるみてえなもんだ。わしは奴がなんだかかわいそうになってきた。人間台風なんて言われてて厄病神扱いだけどな、本当は孤独なんだな。わしにはかける言葉が見つからなかった。何十年も、いや、もしかしたら永久に姿が変わらない奴の孤独なんて、どうやって慰めるかね?分からんよ。だからわしは奴のグラスに酒をついだ。出来ることといったらそれくらいしかないからな。奴はわずかに顔を上げると、ありがとう、とつぶやいた。 わしらはそれから黙って酒を飲んだ。窓から差し込んだ月明りが奴のグラスに影を作っていたな。それはあの、五番目の月の光だったかもしれん。 |