SCENE 03

 図書室に入ると古い本の匂いがした。古い紙の甘い匂いがする。
 画面を眺めるより、本の方が好きなのよ、とルイーダは彼に本を渡しながら言った。こんな風に持ち出すのはいけないことなのだけど。悪いけど、お願いね。でもちょうど良かったわ。
 書架の立ち並ぶ部屋にわけ入る。目指す棚はこの隣らしい。…でもちょうど良かったって一体何が?
 考え事をしていたためか、曲がろうとして脚立にぶつかった。

 「きゃっ!」

宙に浮かぶ小柄な身体が見えた。菫色の瞳が大きく見開かれている。男はすかさず身体を彼女と床の間に投げ出した。落ちてきた本が直撃して、後頭部に激痛が走る。彼は心の中でルイーダと自分に悪態をついた。これは夢なのに、どうして!?
「ごめんなさい!!大丈夫ですか?」
「あー、うん、平気ヘーキ。キミは?大丈夫?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「こんなとこで何してたの?」
「え…何って、調べものを…て、ああ!?ありましたわ!!」
 彼女は先ほど男を直撃した本を覗き込んだ。事典のようだ。開かれたページには水面に浮かぶ桃色の大きな花が描かれていた。男のみぞおちあたりに冷たい汗が流れる。胃が痛くなってきたような気がする。

「ロータス…」

 水面に花を咲かせる植物。朝開花して午後には閉じてしまう。3日間咲いて4日目には散ってしまう。云々。

「その実を食べた人は現実の苦しみを忘れ、夢心地になると言われた、ですって」
 男はもう一度頭に何かが直撃したような気がしてきた。女は彼をおもむろに見上げると、穏やかに微笑んだ。

「あなたみたいですね」

 な、何でキミにそんなこと言われなきゃいけないんだ!!大体キミが勝手に僕の夢に出てるだけなのに…!男は立ち上がる気力を失ってもう一度床に倒れ込んだ。すると気遣ったのか、女が近づいてきた。男の肩に手をかけ、顔を覗き込む。
「ヴァッシュさん?」
 いやにはっきりと聞こえた。吐息が耳にかかる。急に暑くなってきたような気がした。動悸が早くなる。
「ヴァッシュさん?ヴァッシュさん!!」
 今度はよりはっきりと聞こえた。悲鳴混じりだったような気がする。肩にかかった手に力が込められて、彼は軽い痛みを感じた。…また痛み…?夢なのに…?

「ヴァッシュさん!?」

 夢じゃない!!

 彼は飛び起きた。




 良く晴れた午後の青空に、女の悲鳴と、男が砂埃をあげて地面にめりこむ音が一際高く響いたという。

BACK/NEXT