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少女は最初の角を右へ曲がるところだった。走り続けたがどうしても追いつけない。こどもの足なのに。人の群れを押し分けながらヴァッシュは走った。 「待ってくれ・・・!!」 息が切れ、足ががくがくと震える。ぜいぜいと息を上げつつも追い続ける。建物と建物の間の暗くて狭い路地を抜け、大通りに出た。途端に光の渦が押し寄せ目がくらむ。少女は光に溶け込んで見えない。ヴァッシュは手を目の上にかざすと、彼女を探した。 「捕まえる?」 彼女が立っていた。光に遮られてよく見えないが、口元は笑っているようだ。胸に花束をしっかりと抱えている。うふふ、と少女は声を立てて笑った。半ば責めるような、からかうような調子にヴァッシュは居心地の悪さを感じた。どこかで会ったことがあるような・・・。 「君は・・・」 「どうして追いかけてくるの?」 風が巻き起こり、ヴァッシュは目を覆った。花が流れていく。 少女は消えていた。辺りを見回す。通りでは土産物屋が店を広げ、観光客がその軒先を冷やかしている。ヴァッシュは汗を拭った。目を落とすと、花が一輪落ちていた。拾うと、咲きかけの花にはまだ瑞々しさが残っている。ヴァッシュは花びらから砂を落とすと舐めてみた。 「どうしてって、君が先にいなくなってしまうからに決まってるじゃないか」 午後の熱気に朦朧としながらヴァッシュが宿に戻ると、カウンター脇のバーでウルフウッドとミリィがお茶を飲んでいた。 「あれ?ヴァッシュさん、先輩はどうしたんですか?」 「へ?キミ達一緒じゃなかったの?」 「先輩、ヴァッシュさんが戻ってこないから探しに出てっちゃったんですよ」 語尾を詰問するかのように上げながらミリィが言った。ウルフウッドが呆れた顔をして煙草をふかしている。 「アレや、すれ違いっちう奴や」 くくく、と牧師は煙の中で侮蔑の笑みを浮かべかけたが、ミリィの一睨みで首を竦めて押し黙った。ヴァッシュは真っ直ぐ外に向かって駆け出した。 |
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ジオプラントの庇護の下で栄えているとはいえ、この街は別に大都市というわけではない。だがヴァッシュはどうしても彼女を見つける事ができなかった。日が暮れようとしている。空は朱から紫へと変わりつつあり、もう最初の月が顔を見せていた。ヴァッシュは焦っていた。衝動的に宿を飛び出してしまったが、入れ違いになってしまったのかもしれない。しかし胸に衝動と焦燥を抱えたままではどうしても帰る気になれなかった。何度も往復した通りを再度、足の向くままあてどなく進む。広場が見えてきた。音楽が聞こえる。 そこでは流しの楽団が演奏していた。周囲に人だかりが、さらにそれを花売りや露店が囲んでいる。人々は思い思いの姿で演奏に耳を傾けていた。親子で、家族で、恋人同士で。ヴァッシュはなんとはなしに疲れた目で彼らを眺めた。 いた。 彼女が一人佇んでいた。息を呑む。白いコートも、横顔も、すみれ色の瞳もすべて夕焼けで朱に染まっている。そのまま風景に溶け込んでしまいそうだ。ヴァッシュは思わず駆け寄ると、腕を掴んだ。 「ヴァッシュさん!!」 メリルは驚いて声を上げた。途端に周囲から鋭い視線と、小さい叱責の声が飛んだ。二人は目礼で詫びると、顔を突き合わせて小声で罵りあった。 「ヴァッシュさん、一体今までどこほっつき歩いてたんですかッ!?私、探してたの」 「ほっつき歩いてたのは君の方じゃないか!僕だって探した・・・ぐわッ痛ッ」 再び周囲から咳払いと刺すような視線が投げられた。ヴァッシュは目尻に涙をにじませながら赤くなった頬をさすった。つねった指の跡がくっきりとついている。口を尖らせつつメリルを見ると、つんと澄ました顔をしてヴァッシュから目をそらすためだろう、楽団の演奏を眺めているふりをしていた。羞恥心を押し隠しているように見えたが、差し迫る宵闇に遮られてはっきりとは分からない。口を固く結んで、両手を落ちつかなげに身体の前で合わせたり離したりしている。楽団には歌い手が登場し、広場は徐々に盛り上がっていっていた。ヴァッシュは改めて周囲を見た。人々は寄り添って耳を傾けている。闇が濃くなっていく風景に反して、人々の心には次第に明かりが点っているようだった。 突然うなじに冷たいものが触れたので、メリルは飛び上がりそうになってしまった。ごくわずかに力が添えられたそれは、時にゆっくりと優しくうなじを撫でる。声を飲み込むと、彼女はできるだけ悟られないように、心持ち顎を上げて彼を見た。ヴァッシュは何食わぬ顔をして楽団を眺めていた。一緒に歌を口ずさんでいるらしく、唇がかすかに動いている。 まあ。 メリルは小さくため息をつくと、そっと片手を動かして彼の脇辺りを掴み、ほんの少しだけ寄りかかった。 |