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街に入ると、森がいっそう青々として見えた。朝日を受けた緑が輝きを増す。ジオプラントのふもとにあるこの街は、いままでに訪れたどんな場所よりも穏やかな佇まいを醸し出していた。
ヴァッシュは荷物を担ぎなおすと、宿を求めて歩き始めた。途端に反対側から走ってきた、花束を抱えた少女とぶつかる。少女は胸に抱えた花束に顔を埋めた状態で、ヴァッシュのみぞおち辺りにすっぽりとはまりこんでいた。少女の白いワンピースが柔らかい朝日を吸収して、光を放つ。ヴァッシュがまばたきをする間に、だしぬけに少女が問いかけた。 「捕まえる?」 返答を待たずに彼女はヴァッシュの腕をかすめると、流れるように走り去った。花がいくつかこぼれて風に舞う。 「おおー、ほんもんや。さすがジオプラントのお膝元。気前ええな」 黒服の牧師が足元に落ちた蕾をじっと見つめながら呟く。真っ直ぐな、しっかりとした茎の上には淡いピンク色の蕾が一つ、鎮座ましましていた。 砂埃が舞う。ヴァッシュはその向こうに消えた少女の姿を探した。何故だか彼女は自分を不安にさせる、妙なことを尋ねてきた。不安に? 唾を飲み込もうとして、ヴァッシュは口の中が乾ききっていることに気づいた。 |
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昼過ぎに二人は見つかった。怒りをふつふつとたぎらせた保険屋たちは、さながら噴火寸前の火山だった。笑顔がまやかしなのは経験から身にしみて理解している。大男二人はそれとなく目をそらせると、元気?とか、よお、などとぼそぼそとつぶやいた。彼女達は二人の向かいに腰を下ろすと、勢いよくカウンターに注文を叫んだ。もうくたくたですねえ先輩。ええ冷たいものでも飲みたいですわね。という会話から察するに、おごらなきゃならないんだな、とヴァッシュは考えた。そしておそるおそる反対側の席に座った娘を見た。 あれ? ヴァッシュは改めて彼女をじっくりと見つめた。いつもの白いツーピースに短い黒髪、大きくて深い(今は憤怒の色が見え隠れする)瞳。昨日見たのと全く同じだ。同じなのだが、何かが違う気がする。メリルは真正面から食い入るように見つめられたので、居心地悪そうに身じろぎした。 「君・・・どこかで会わなかったっけ?」 バーのざわめきが一瞬静まり、それから薄ら笑いを残しつつも、人々は他愛も無い会話に戻っていった。鼻梁を中心に鈍痛がじわりと顔いっぱいに広がり、ヴァッシュは鼻をそっと触った。折れていないようだ。煙草のにおいと灰が顔を覆って、鬱陶しい。反対側ではメリルが今度は氷山のような冷気を湛えていた。ウルフウッドが黙って灰皿を床から拾うと、念入りに煙草の火を押し付けた。斜め上に向けて、大きな輪を煙で描く。 「トンガリ、ええかげんに起きさらせ。ごっつ迷惑や」 同情のかけらも感じられない言い方にむっとしつつも、正論には逆らえず肘で上体を起こす。メリルの顔は見えないが、身じろぎもしない辺り相当怒っているのは間違い無さそうだった。気まずくてなんとなく窓の外へと目をやる。 今朝の少女がてくてくと通りを渡っていくのが見えた。手には再び大きなピンク色の花束を抱えている。 ヴァッシュは飛び起きると、店を走り抜けて彼女を追った。 |