SCENE 01

 草原を少年が走っている。その後を長い黒髪を垂らした女性がゆったりと追っている。ドームの天井は高く、照明を反射して乳白色の輝きをみせていた。少年はほどなく小さな池にたどり着いた。
「ねえ、すごいでしょう!!」
彼は興奮した面持ちで水面を指した。そこには半透明の桃色の花が咲き誇っていた。女は池のへりに屈んだ。
「なんて見事に咲いてるのかしら!!すごいわ、よく見つけたわね」
少年はうれしそうに頬を紅潮させた。
「これはロータスっていうのよ。茎を伸ばして、水面で花を咲かせるの。」
「本当!?すごいや!!」
 女は続けてその花のことを彼に話して聞かせた。少年は年長の女性を尊敬と憧れのまなざしで見やった。…と、突然女の姿が揺らいだ。少年は不安に駆られて彼女の顔を見上げた。悲鳴のようなものが喉につまる。その黒髪は短くなり、耳元で何かが光り…。
 女は変わらず話し続けていた。本当にどうしてこんな風に咲くのかしら。とても …
「とても不思議ね」

  菫色の瞳を輝かせて彼女は言った。いまや女の姿は完全に変わっていた。

 ヴァッシュは目覚めた。
 時計の針は朝と呼ぶには早すぎる時刻を指していた。彼はため息をつくと寝返りを打った。冷たいものが身体に触れて、寝汗をかいていたことに気づく。彼は大儀そうに額に手をやった。そのまま目を閉じると、もう一度瞼の奥に菫色の瞳が見えた。
 どうしてこんな夢を見たんだろう、とヴァッシュはひとりごちた。何故あんな風に彼女が出てくるのか。

  …理由は明白だったが、認めるにはいささか良心が咎めた。

 ヴァッシュが安宿の寝床で憂鬱に寝返りを打っている頃、遥か上空では別れの挨拶が交わされていた。見送る人々は、成層圏近くの風が吹き荒れる中、消え行く影を見つめている。
「随分と名残惜しそうじゃないか、ルイーダ」
「あら、そう見える?ふふふ…そうねえ、久しぶりのお客様だったし、楽しかったわ、やっぱり。アウターから来る人達がいつもあんな風だといいのだけれど。それに… あの子を女の子が追いかけてくるなんて思ってもみなかった」
「まるで母親みたいだなあ、ルイーダ。」
「そうかしら?…そうかもしれないわね。」

 一陣の風が吹いて、わずかに残った影を全て消し去った。

「また会えるかしら」
「そうだなあ。可愛かったしなあ、あの子達」
「ははは。別れを惜しんでるのはあなたの方じゃない」
 男は照れたように頭を掻いた。ルイーダは彼方へ連なるケーブルの向こうを見つめた。

 元気で。また会いましょう。

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