第 2 話
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あの日自分を襲った輩の言った言葉、炎武をしてすべての悪を焼き尽くす、つまりはこの世の有りとあるものを残らず灰にせしめんとする謀略を。
「そんな…! そいつどうかしてるぜ。世の中すべてが悪だなんてこと…! いい奴ばっかだぜ。饅頭屋のおじさんだって、仕立て屋のおなっちゃんだって、みんなみんな親切でいい人だぜ」
両手を握り締めて真剣な眼差しの耶邦に、志津樹は優しくほほ笑んで見せる。
「耶邦はいい人ですね。こんな私のような者でさえ助けてくださり、今もまだこうして置いてくださっています」
「そ…そんな…かしこまって言うなよ。オレ照れるから」
耶邦は片手で頭を掻きながら、その人懐っこい笑みを浮かべてみた。
志津樹はいつもその笑顔に心落ち着くものを感じていた。多分この人のそばにいると何もかもが安全で、悪いことが起きても蹴散らしてくれるだろうと安心していられるのだ。が――。
「私は今申し上げた通り、耶邦にお礼をしようにも何もあげられるものがありません」
「礼なんていらねぇって…」
答えようとした耶邦の目の前、すっと立ち上がった志津樹は、するりと着物の帯をほどいた。
「……志津樹?」
「私にあるのは、この身ひとつです。だから…」
はらりと散った着物の下から現れた白い肌。
目を伏せ、僅かに顔を背けて見せる志津樹は、とてもきれいだった。
一瞬身体が強ばる。しかしそれと同時にある種の怒りが込み上げて来る。
耶邦は落ちた着物に手をかけると、それをそのまま志津樹の身体にかけた。
「オレ、お前にそんなことして欲しくて助けたんじゃねぇよっ! オレはお前がここにいてくれるだけでいいって言っただろう」
「でも私は幻呂を…私の所為で邪に染まってしまったあの子を助けに行かなければならないんです…」
「だからって……ばかやろーっ 」
語尾がきつくなる。
分かってはいる。志津樹がどんな気持ちで言い出したかということは。それなのに自分の内に沸き上がってくる感情はやり切れない怒りだった。
「ごめん…なさい…」
志津樹は耶邦から目を逸らし、うつむく。そんな様子がいじらしくて、一瞬浮かんだ怒りもあっさりと引き下がってしまった。
「もういいって。それよりも饅頭食わねぇか? うまいんだぜ、ここの饅頭」
元気づけるつもりで言った言葉に志津樹はうつむいてしまう。
「おい…志津樹?」
「ごめん…なさい…私は…」
「もういいって言ってるじねぇか。な。オレはお前が元気になってくれればそれでいいんだから。それが一番嬉しいんだから。元気になればさ、幻呂でも誰でも捜しに行けばいい。オレも一緒に捜してやる。だから…そん時はひとりで行くなんて言うな。分かったな」
「耶邦…」
「さあ、饅頭食おうぜ。オレさっきから我慢しきれねぇでいるんだ」
くすっと志津樹の笑みがこぼれた。
耶邦は、胸がキュッと熱くなるのを感じた。
* * *