第 2 話

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 ――まさか…な…。

 信じ難い気持ちよりも信じたくない気持ちが先にあった。

 志津樹が何も言わないので耶邦自身も何も聞こうとしなかった。

 それよりも今はゆっくり休ませることのほうが大切に思えたし、時折志津樹の表情に見え隠れする陰りに気付かない耶邦ではなかったから。

 しかし、以前から気になっていたことは事実だった。

 耶邦は大きく深呼吸して引き戸に手をかけた。

「ただいまー、志津樹」

 元気よく、ふだんのとおりの声が出せたと思う。

 耶邦は家の中に一歩足を踏み入れた。

 が、いつもなら奥から返ってくる「おかえり」の声が聞こえなかった。

 不審に思いながら、部屋の襖を開ける。と、そこにはきれいに畳まれた志津樹の布団があるだけで、志津樹の姿はなかった。

「志津樹 」

 胸につき刺さるもの。不安という影。

 耶邦は慌てて次の間の襖を開け、次々と家中をさがした。

 そして最後に台所へ顔を覗かせた耶邦はその隅に求める人の姿を見いだした。

「志津樹 」

 土間の隅に蹲る志津樹は、駆け寄る耶邦に気付いてふと顔を上げる。

「何やってんだ、こんな所で 」

 つい大きくなる声を押さえることもせず、志津樹を抱え起こした耶邦は、青ざめた志津樹の顔を怒った表情で覗き込んだ。

「ごめん…なさい…。すこし気分が良かったから夕餉の支度でもしようと思って…」

 耶邦は、次に出る言葉を失った。

「少しでも役にたちたいと思って…耶邦が喜んでくれたらと…」
「志津樹…」

 耶邦は、不安そうに自分を見つめる志津樹を引き寄せ、抱き締めた。

「やく…に…?」
「ここにいてくれよな、ずっと。お前がどこの誰でも構わない。だからずっとオレのそばにいてくれ」
「耶邦…」

 たった一人の妹を失ったばかりの悲しさ、寂しさが惑わせているだけかもしれなかった。しかし耶邦は真実に、志津樹を手放したくないと思った。


   * * *


「私はおっしゃる通り、火の里の者です。と言ってもあの村で生まれたのではなく、遠い西の内海沿岸の村で生まれたそうです。そこは水の里と言ったそうです。幼いころ、火の里へ連れて来られ、御社の中で女の子として――巫女として育てられました。ですが数日前、多分、私が耶邦に助けられた日の前夜になると思います。御社に侵入者がありました。その者は私を殺しに来たのだと…火の里の将、炎の性を持つ炎武の力を唯一鎮めることのできる者だから殺すのだと言いました」

 志津樹は敷き直された床の上で、それでも横にならずに正座し、静かに語り始めた。


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