第 2 話
7/
それからというもの、日に日に志津樹の顔色も良くなり、時には耶邦のように声を立てて笑うことも見られるようになった。
何もかもが良い方向へと向かっていると思えた。
耶邦はずっとこのままであったならと、根拠のない不安を打ち負かすように強く願った。
そしてその日、冬の間出ることのなかった畑に立ち寄った帰りがけ、耶邦はふもとの村に立ちのぼる灰色の煙を見付けた。
一軒や二軒ではない。村中が燃えているのだった。一体何が起こったのか。
耶邦は手にしていたものを放り出し、村への道を駆け降りて行った。
今日は村への使いを志津樹に頼んでいたはずだった。
耶邦の頭にはそのことだけしかなかった。
切れる息を押して駆けつけた時、村は既に焼き払われ、見る影も無かった。どうすればあれだけの短時間でこうも見事に焼き尽くせるのか。耶邦は信じ難い面持ちで村に足を踏み入れた。
と、背後で何者かの気配がした。ぞっとするような敵意を込めた視線。
耶邦はさっと振り返り身構える。
武術は幼いころから、今ではもう亡くなって久しいが、祖父から仕込まれていた。が、さしもの彼も振り返ったそこに立つ者を見て恐怖した。
「お前は一体…」
深紅に染まった鎧は人の血がこびりつき、処々黒く変色していた。その鎧を重そうに動かしているそいつは、しかし明らかに人間の少年だった。耶邦とほとんど同じ年齢か、一つ二つ下かもしれない。まだ幼い顔をしている。しかしその目には敵意と憎悪が込められ、その様は耶邦の足を怯ませた。
「お、お前がやったのか?」
人間業ではないようにしか思えないその仕業を、耶邦は直感でこの少年の仕業であると判断した。この尋常ならぬ顔をした――。
問われて少年は耶邦に答えることなく、手にした双刀を振り上げた。
その動きからしてさしたる腕を持ち合わせてはいないことは知れたが、それさえも覆い隠す程の邪悪に奮える気を感じた。
しかし引き下がるわけにはいかなかった。村を焼き尽くしたのがこの少年であるとしたなら、このまま放って逃げるわけにはいかない。
耶邦は丸腰ではあったが、辺りに落ちていた棒きれ――多分焼けた家屋の一部であろう――を素早く手に取った。その耶邦に少年は無表情なまま斬りかかってきた。
耶邦はとっさにその剣を払いのける。が、所詮木刀は木刀。真剣の一太刀で耶邦の得物はその役目を失った。
耶邦は軽く舌を打つ。そして次の得物を目で追う。
そこに一瞬の隙があった。少年はそれを見逃す事なく耶邦に剣を振り降ろした。
――やられる。
耶邦は自らの失態に毒づき、自分の最後を悟って目を閉じた。
その時――。
閉じた瞼の隙間から光が貫いた。
眩く輝く黄金色の光だった。目を閉じたままでも眩しいもので、とても目を見開いてそれを見ることはでかなかった。
やがて光が失せると、村は砂漠と化していた。
「これは一体……」
焼け残っていた家の柱一つすらも消え失せ、村のあった場所はただ白い砂が一面に敷き詰められていた。
そして深紅の鎧をまとった少年の姿も消えていた。
立ち上がった耶邦は自分の懐から転げ出すものを見咎めた。拾いあげたそれは、透明な、掌にのるくらいの小さな勾玉だった。志津樹が何を思ったか、お守りにと持たせてくれたものだった。
「志津樹…」
耶邦はその玉を握り締め、駆け出した。
* * *