第 1 話
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「志津樹っ!!」
志津樹の休んでいると言う寝所の襖を、元気良く押し開けて名を呼んだ。びっくりして跳び起きるのを期待して。
が、案に反して、そこにはきちんと畳まれた寝具があるだけで、その姿はどこにもなかった。
隠れているのかと、部屋に入って辺りを伺う。しかし、人の気配はなかった。
どこへ行ったのか。この宮の中にいることだけは確かな筈なのに。
ふと、気配を感じた。途端、背後から声をかけられた。
「幻呂(まほろ)」
振り返って見た中庭に、涼しい笑顔の神子が立っていた。
「そこにいたのか」
彼は廊下からポンと庭に飛び降りる。休んでいたと聞いたが、志津樹は普段の装束だった。長い髪も後ろ手にきれいに束ねられ、寝乱れた様子のかけらも見られなかった。
少しだけがっかりして、少年――幻呂は志津樹の前に立った。
「何やってんだ?」
ふと、志津樹の手に柔らかく握られているのもが目の端に映った。その幻呂の視線に気づいたのか、志津樹はそっと手の中のものを開いて見せた。
そこに、まだ毛の生えそろっていない小鳥の雛が座っていた。
「この上に巣があるようなんだけど」
志津樹の見上げるのは、この社でもひときわ大きな松の木だった。耳をすませば、なるほど小鳥の声が幾つも聞こえていた。
「何だ、かしてみろよ」
幻呂は、どうしたものかと困惑している志津樹に笑顔を向ける。簡単なこと、木に登って巣に返してやれば良いのだ。
手を差し出すと、志津樹は大事なものを扱うように、そっと幻呂の手のひらに雛を置いた。
「乱暴に握らないで。そっとだよ。そっと」
柔らかくて暖かい感触が、幻呂の手のひらに伝わる。
チチチチ…。
あまり上手くない声で鳴いて、雛は幻呂の手のひらで天を仰いだ。
「すぐに戻れるからな」
言葉が伝わる筈もないのに、幻呂は雛にそう言って、太い幹に手をかけた。
木登りは得意だった。山深い里に住むこの一族にとって、木々の間を駆け抜け、枝から枝を飛び行くことは日常の歩行と同じように馴染みのあるものだった。
幻呂は片手に雛を抱えたまま、片腕だけを使って器用に幹を登った。
木の下で志津樹が、はらはらした様子で幻呂を見上げているのが、ちらりと目に映った。
随分高く登って、幻呂は小鳥の巣を見つけた。
幻呂の手の中にある雛と同じ顔をした雛達が四羽、巣の中でクチバシを広げて親鳥の帰りを待っていた。
その巣へ、そっと雛を戻す。
五羽になった雛達は、四羽でいた時と同じようにそろってピチピチ鳴き始めた。
「もうおっこちるなよ」