-1-

7/9


「峻?」

 その場に崩れるようにして、小さな身体が床に転がった。

 最近顔色が良くないとは思っていた。声をかけても返事をするのに間があることに不審感を覚えていた。それが終焉への予兆だったと気づいたのは、この時になってからだった。

「弘毅…何かが、変だ…」

 床に転がった身を抱え起こして、ソファに座らせる。しかし上体は不安定で、手を放すとそのまま倒れてしまいそうだった。

「身体が…動かな…」

 瞳孔が開き、呼吸が荒かった。

 峻はその能力を持つがゆえに、引き換えのように弱い身体を抱えていた。

 幼い頃、二人は政府の極秘機関であるこの組織に囲われた。ともに両親の顔も知らず、この組織の研究所の中で兄弟のように育った。その中での、実験に次ぐ実験の繰り返しに、峻の身体は限界を迎えていたのかもしれない。

 次第に薄れ行く峻の意識を感じた。焦る気持ちと、失いたくない思いとが、弘毅を禁忌の科学に近づけさせた。

 まだ実験段階だったその技術に、弘毅は手を出した。

 人の核を卵細胞に移植して行う、クローン人間の生成。理論的には、成功する筈だった。そして、弘毅は峻の身体を作り上げた。

 ただ、作られた身体には、峻の魂を宿らせることはできなかった。

 弘毅の元には、魂の宿らない人間――クローン人間だけが残った。

 それでも諦めきれなかった。

 真っ白な記憶のクローン人間に弘毅は峻を重ねるしかなくて、言葉を教え、心のないクローン人間に峻の心を求めた。

 作り事の生活、偽りの感情だけがそこにあった。空しさよりも峻を求める気持ちが強かった。

 峻ではない峻を愛した。

 峻の代わりに。

 しかし、愛し続けようとすればする程、その存在の相違に打ちのめされた。自分が真実守りたかった者は、彼ではないのだと、もうどこにもいないのだと、繰り返し思い知らされた。

 喪失感だけが広がる中で、弘毅は逃げるしかなかった。

 立ち向かう勇気すら持てなかった。


   * * *



<< 目次 >>