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「で、どこまで走ればいい?」
しばらくして、運転席で煙草をふかしながら男が聞いた。のんびりとした口調でそう聞いておきながら、次の瞬間にはいきなり急ブレーキを踏んだ。
その拍子に危うく弘毅は車から放り出されそうになる。それを何とかシートにしがみついて回避した。
「…っぶねぇなっ」
舌打ちしながら顔を上げて、はっとする。車の真正面に立つ少年の姿が目に入った。先程のクローン人間だった。
「…峻…」
どうやって追いついたものなのか。
唖然とする弘毅を尻目に、助手席に乗っていた子どもが素早くジープを降りる。そして立ち塞がる峻の姿をしたクローン人間の前に立った。
「また君…?」
無表情のままのクローン人間。しかしその声には僅かに苛立ちが含まれているように聞こえた。
その彼に子どもは何も返さず、そのままクローン人間に向けて突っ込んで行った。
素早く繰り出す蹴りは、軽く避けられた。それを空振りするままに回転様にもう一度繰り出すと、今度はクローン人間の身体に命中する。
側面からの蹴りにクローン人間は横に飛ばされるものの、受け身を取ってすぐに立ち上がる。その間に小さな身体が懐に飛び込み、繰り出した拳がクローン人間の顎に命中する。
が、予想していたのか、びくともした様子もないクローン人間に、子どもの方はすかさず気づいて身をひるがえした。
その場に振り下ろされるクローン人間の手。黒く風が焦げる。
向き合う二人。
「逃げるの、速いよね、君。でもボクからは逃げられないよ」
クローン人間の動きは言葉どおり素早かった。しかし、それに向き合う子どもの動きは更に素早かった。
ちらりと弘毅達との間を確認しながら、子どもは車から離れる方向へと逃げて、またクローン人間に対峙する。
「大したガキだろ? 昔のお前さんを思い出すじゃないか」
言って煙草の運転手が振り返る。その顔に見覚えがあり、ああやっぱりと弘毅は思う。彼――三澤(みさわ)がここにいると言うことは、多分またあの人物とも顔を合わせることになるのだろうと、半分げんなりする。
「司令官のお抱え超能力者だ。あの人、ガキ、好きだよな」
その言葉に弘毅は舌打つ。
「どうする? 黙って見てるのか?」
「…俺にどうしろと?」
無意識とは言え、不機嫌極まりない声が出た。
「あんな小さな子どもを死なせるのは、後味が悪くないかって言ってるんだ」
そんなことは分かっている。相手は超能力を持っている。人間がまともに相手になれる訳がない。ましてやあんな子ども一人で適う訳がない。
が、その子どもは思った以上に素早くて、動きに無駄がない。比較すると、むしろクローン人間の方の動きが緩慢に見えるくらいだった。
「手慣れてないか、あいつ」
「まあな。今のところ、この国をあの化け物から守っているのはあいつだからな」
大袈裟なその言葉に、弘毅は鼻白んで運転手を見やる。相手は弘毅の表情にニッと笑って見せる。
その時、目の端で青白い光が閃いた。
「…なにっ?」