第 9 章
守るべきもの
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「分かった。約束する」

 寛也の言葉に、ふわりと笑う。

 空が赤らんできた為か、杳の白い頬がわずかに朱に染まって見えた。

「信じてるよ」

 その一言に、泣きそうになった。

 切ないような思いがこみ上げる。この時になって初めて自分の気持ちに気づいた。

 杳のことを好きだったのだ、と。

 自分に寄せてくる信頼ごと、守りたい。

 心から、そう思った。

 指を伸ばして、そっと杳の頬に触れる。

「…杳」

 ゆっくり唇を近づけて行くと、杳は一瞬驚いたような表情をするが、すぐにまぶたを閉じた。

 薄紅を刺したような赤い唇。それに触れようとした時。

「あ…」

 杳が突然、その場にひざまずいた。

「杳?」

 左肩を押さえていた。

 昨夜、そこに記憶を封印するのだと、翔が言っていたのを思い出した。見ると、陽光がわずかに水平に落ちていた。

 舌打ちする寛也。まだ、日は没していないのに。

 記憶の封印が痛みを伴うものなのかどうかは知らないが、杳は相当に痛そうだった。しかし、寛也にはどうしようもできなかった。あの時と同じで、なすすべもなかった。

 ただ、できることと言ったら――。

 寛也は腕を伸ばして、その肩を抱きしめようとした。

 と、その手を、逆につかまれた。

「ヒロ…」

 呟いて、強く握り締めてくる手。しかし、うつむいたままの顔は上げてくれなくて、その手を握り返した。

「ずっと、側にいるから。何があっても、お前のこと、守るよ」

 そう言って、掴まれていない方の腕で、杳を後ろから抱き締めた。

 強い存在だと思っていたのに、その身はひどく弱々しく感じられた。

 寛也の言葉に、わずかにうなずいて見せてから、杳はそのまま寛也の腕の中で意識を失った。

 赤く、燃えるような夕焼けが辺りを照らしていた。


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