第 9 章
守るべきもの
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 玄関口で、母親に一言言われて、杳は生返事をしながら、それを無視した。

 以前に信用あると言っていなかっただろうか。まあ、10日も家を空けてほっつき歩いていたら言われるだろう。

 それもこれも自分達の為なので、茶々を入れることだけは我慢した。

「遠くはダメだからな」

 この辺りを適当に走って帰って来ようと言う寛也に、うんとうなずいて、ヘルメットを手渡してくる。

「じゃ、渋川(しぶかわ)まで」

 杳は、ここからバイクで15分程度所にある海水浴場の名を挙げた。

「泳ぐにはまだ早いだろ?」
「誰が泳ぐって言ったの? バカじゃない? 海って言うと海水浴しか思い浮かばないんだから」
「またバカって…お前なぁ」

 怒鳴る寛也を無視して、杳はバイクにまたがる。

「行くよ、ヒロ」

 短く言う杳の後ろに、寛也は多少むくれて見せながらも乗った。

 乗って、約10分、寛也は大きく後悔をした。

 周囲の道路事情を良く見ておけば良かったのだ。

 車が少ないなんてとんでもない。杳の家から渋川へ向かう県道は、片側一車線で、しかも道路幅が狭いうえに、大型のダンプカーが良く通った。

 おまけに杳はかなり気が短いらしく、乗用車ならヒョイヒョイ追い越した。

 40Km制限の道を、その倍は出ているだろうスピードで、黄信号は当然のように無視した。

 多少のケガは怖くなくても、スリル感に蓋はできないものだった。

 おかげで、通常よりもはるかに早く到着した目的の場所で、寛也は大きく安堵の息をつく羽目になった。

 杳がバイクを止めたのは、海水浴場からは少し手前の、海岸線に作られた休憩場所だった。平日の今の時間、さすがに他には誰もいなかった。

「いい眺めー」

 寛也とは対照的に、杳は先程までベッドの上にいたことが嘘のように伸びやかだった。

 その姿は、春の暮れ行く陽光の中で、ひどく眩しく見えた。

 その杳に近づいて、見ている同じ方向に目を向ける。

 瀬戸内の大小の島々が、青い海の石に濃い緑を植えた庭園のようだった。

 遠くに瀬戸大橋が見えた。


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