第 9 章
守るべきもの
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「杳兄さんの記憶を消します。潤也さんから聞きましたか?」
「ああ」
うなずく寛也に、翔はわずかに表情を和らげる。
「杳兄さんを守ってくれたお礼に、一日だけ執行猶予を差し上げます」
「…は?」
何の事か分からない寛也は、首を傾げて、思いっきり不審顔を向ける。
「色々と手を焼かされたでしょうから、言いたい事を言っても良いです。忘れてしまったら、もう何も言えなくなってしまいますからね」
横で聞いていた潤也が、プッと吹き出した。それを軽く睨んでから、翔はそのままくるりと背を向ける。
「杳兄さんの肩のケガ、少し跡を残しています。そこに記憶を封印します。明日の日没には消えますから、それまでにお願いします」
言って、翔はそのまま忽然と姿を消した。それは、まるで空気に溶けるようだった。
「何言ってんだ、あのチビ…」
呆然として呟く寛也に、潤也はおかしくてたまらないふうに笑っていた。
* * *
「もう、サイアク…」
杳はそう呟いて、床に座り込んだ。
帰宅する早々、例によって母親からこっぴどく叱られ、今日は珍しく早く帰ってきた父親からも怒鳴られた。ただでさえ体調がかんばしくなくて倒れそうなのに、両親は容赦なかった。
その杳を見下ろして、呑気に言うのは澪。
「今夜は一昨日より短かったじゃないか」
杳は、その澪をギッと睨み上げる。
「事情を知ってるくせに何の弁護もしないで見てるだけなんて、澪兄さんが一番サイアクだよ」
「おー、こわっ」
おどける澪の背後から、いつの間に帰ってきたのか、翔がポンと両膝の後ろを蹴った。途端、澪は前のめりに倒れて、顔面を強打する。
「なにするんだ、翔」
鼻を押さえて恨みがましく弟を振り返る澪に、翔は冷たく聞く。
「何で澪兄さんがここにいるんだよ? 大学はどうしたの?」
「だって、お前が竜になって暴れてるって……」
スッと伸ばされた翔の人差し指が澪の額をつつく。そのまま、澪は再び床に突っ伏した。
記憶を、即、消去されたらしい。
「翔くん…」
少し、引きそうな表情の杳に、翔はそっけなく言う。
「明日には何事もなく大学へ帰ってもらうよ」