第 9 章
守るべきもの
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「でも…忘れちまうまか…」

 その方が良いのは十分分かっている。知らなければ巻き込まれることも少なかろう。たとえ側にこれだけ揃っていたとしても。

 しかし、全てとは。

 色々と手こずらされて、振り回されたことも多かったが、人に迷惑をかけるだけかけて、忘れられるのも何だか釈然としない。

 それに――。

 まっすぐ見つめてきた瞳が思い起こされる。吸い込まれそうなくらい深い色をした瞳が。

 あの時、一番欲しかった言葉を与えてくれた。

 あの腕の温もりも、もう感じることはできないのだ。

 守りたいと思った、初めての人。

 信じてると、当然のことのように言ってくれた人。

「杳は忘れてしまっても、僕達は忘れないんだけどね」

 ふと口にした潤也の言葉に、物思いにふけりかけそうだったのを、引き戻された。

「どういうことだ?」
「言葉通りだよ。初めからやり直せば良いだけのことだからね」
「そんなもんか?」

 簡単に返してくる潤也に、寛也は眉の根を寄せる。

 が、潤也の言う通りなのかも知れない。あの瞳が二度と見られないなんてことはないのだ。綺羅のように失われてしまう訳ではないのだ。それがたとえ、自分に向けられるものではなくても。

 ああ、そうかと、思った。

 自分が惜しんでいるのは、自分に与えられていたものだけなのだ。子どものように、与えられるものだけ欲しているのだ。あの腕の温もりも、寄せてくる信頼も、今度は自分から与えれば良いものなのだ。

「あれ、翔くん?」

 ふと、潤也の声に顔を上げた。

 と、目の前に翔が立っていて、思わず後ずさった。いつの間にやってきたのか、全然分からなかった。

「夜分、お邪魔します」

 その言葉は玄関口で言うものだろうと言おうとてし、玄関を通らずに入ってきたのだと気づいた。

 とんでもない奴を相手にするところだったと、寛也は内心、冷や汗を流した。

「杳、一人にして大丈夫なの?」

 まだ十分体力が回復していない状態だったので、心配して聞く潤也に、翔はさらりと答える。

「ええ。今、叔母さん達にお説教されてますから、大丈夫でしょう」

 それ、負担にしかならないと言おうとすると、翔が真剣な顔を向けてきた。


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