第 9 章
守るべきもの
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「もうっ、こんな所で寝て…」

 紗和は木立の中で転がっている姉を見つけて、呆れた声を出す。

 草むらの上で、里紗は大の字になって高いびきだった。女の子の格好ではないと苦笑しながらも、安心した表情は隠せなかった。

「怪我の方も治してくれたみたいだね」

 そう言って、ここまで案内してくれた聖輝を振り返る。が、既にその姿はなく、紗和は残念そうに肩を竦めた。

 今では赤の他人と言う訳なのだろう。少し寂しくもあったが、近い将来、きっとまた出会うことになるだろう連中なので、気にしないことにした。

「あれぇ? 紗和ぉ?」

 ふと、足元からかすれた声がした。里紗が目を覚ましたのだ。

「ここ、どこ?」

 ゆっくり起き上がり、辺りをキョロキョロ見回す。見慣れない山の中、木々が生い茂る湿った空気に首を傾げながら。

「あたし、東京に来たと思ったんだけど………あああーーっ!!」

 突然思い出したのだろう、跳ね起きた。

「あの化け物、どこに行った!?」

 構えるのは、ファイティングポーズ。紗和は苦笑を禁じえなかった。

「もう済んだんだよ、里紗」

 そう言った紗和を振り返って、睨みつけてくる。

「あんたも、ぼけっとして捕まってんじゃないわよっ」

 怒鳴って、ようやくそのポーズを解いた。

 女の子の身で、ここまで紗和を心配して来てくれたのだ。あの、身勝手で我がままなだけだと思っていた里紗が。

「ありがとう、姉さん」

 素直に出た言葉に、里紗はひどく驚いたように目を剥いた。

「な、何? あんたに『姉さん』なんて言われると、気味が悪いわ」
「そう…かな?」

 そう言えば長らく呼んでいなかったと思い出す。同級生になった時から対等だと思っていたから。

 東京に帰ったら、そこで里紗の記憶を消そうと思っていた。下手な事を吹聴されて回っても困るので。

 ほんの少しだけ、惜しいと思った気持ちに蓋をした。

 そして、まだふらついている里紗の手を握る。見返してくる目が、おかしい程に見開かれていた。

 苦笑しながら、紗和は翔の言葉を思い出した。

 同じように、記憶を消さなければならない人間が、まだいるのだと言っていたのを。


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