第 9 章
守るべきもの
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 驚いて見るそこに、結界から出てきたばかりの杳が立っていた。

 自分の足でしゃんと立つ姿にホッとするのも束の間、その場に崩れそうになる。それを、すぐ後から結界を出てきた寛也が受け止めていた。

 その様子を翔は、苦い思いで見やる。

「約束したんだ、その子と。翔くんを取り戻せたら、オレの魂をやるって」
「お前、また、そんなムチャなことを…!」

 怒り出そうとする寛也を制して、杳は自分の足でゆっくり歩いてきて、茅晶に向き合う。

「オレの目的は果たせたから、いいよ、これで」

 病気上がりの顔色のままそう言う杳。

 その顔をじっと見つめてから、茅晶はプイッとそっぽを向いた。

「いらないわよ、そんなもの」
「え…?」
「言ってみただけよ。貴方、鬼の姿を見ても平然としてたから、すごく怖がっておびえて、命乞いする顔を見てみたかっただけだから」

 言いながら、ふと、茅晶は自分のすぐ側に立つ人から、自分がつい先ほどまで手にしていた剣の気配がすることに気づいた。はっとして、見やる。

 そして、そこに感じられた気配は、竜剣だけではなかった。

 ずっとずっと求めていた人のものの気配が、そこにあった。

 この、目の前の人――信じたくないと、何度も否定してきた人。しかし、それが真実だったのだ。

「相変わらずサディスト…」
「そうよ、悪い? 私、鬼だもの」

 言いながら、涙が出てきた。見られたくなくて、うつむく。

 思い起こせば、何もかもが思い当たる。

 悪には決して屈しない。たとえ相手がどれ程に力が勝っていても。まっすぐ正しいものだけ見つめている姿は、自分をかばってくれたあの少女、そのものなのだ。

 よく見るとGパンは血みどろで、上着は結界に入る前とは違うものを着ている。今にも倒れそうな顔色で寛也に支えられているのだ。きっとまた、危険を顧みずに突っ込んで行ったのだろう。

「杳くん、貴方、強いわね。本当に…」
「強くなんかないよ。このザマだし」

 茅晶の言葉の真意に気づかぬ様子で、そう言って、浮かべるのは苦笑。

「そろそろ、いいですか?」

 と、翔が人差し指を再び上げる。

「仕方ないわね、嫌だと言ってもするんでしょ?」

 無言で返す翔に、茅晶は肩を竦めて、もう一度杳に向き直る。

「じゃあ杳くん、今度会ったら…」

 言いかけて、止める。後から、結界からぞろぞろ出てくる竜達を見やって、自分の出る幕はないと気づいて。

「ううん。もう会いたくは無いわね、貴方達とは」

 茅晶がきっぱり言い切ると、杳がわずかにほほ笑んで見せた。

「その方が良いよ。みんな忘れて、人として普通に生きていくといい」

 これまで何度も言われた。その意味も全て否定してきた。しかし、今なら素直に受け止められる。

 それなのに、出てきた言葉は相変わらずだった。

「貴方に言われる筋合いじゃないわ」

 言うと、少しムッとした表情を浮かべる杳。言い返してくる前に茅晶は続けた。

「でもね、私、本当にあみやのことが好きだったのよ。今も、昔も」

 告白のつもりだった茅晶の言葉に、杳は困ったような表情を浮かべて見せた。

「オレに言われても…」
「そうね」

 それが答えだと知った。

 未練がないと言えば嘘になるが、もう十分だと思った。

 せめて、この人こそ、普通の人生を生きてくれたらいい。

 消え行く意識の中、切に、そう願った。


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