第 9 章
守るべきもの
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胸の傷はどうしようもなかった。
臓器の幾つかが、折れた肋骨で傷ついていた。肺にも突き刺さっているのだと言う。
治癒能力にも限界があるのだと。むしろ剣で胸を1カ所貫いた程度の方が、まだどうにかできるだろう。
翔はそう言って、杳の額に触れる。
血の気の失せた青白い顔。せめて、痛みだけでも和らげようと、脳の中枢神経に働きかけて、痛みを緩和させる。
それで精一杯だと言って。
と、背後に気配を感じた。
「僕にやらせてくれない?」
誰が近づいてきたのか分かっていたが、その言葉に一斉に振り返る。
そこに、紗和が、困ったような顔をして立っていた。
「とは言っても、封じられてしまったから、解いてもらってからだけど」
「冗談だろ。やっとの思いで封じたのに」
その結果が、これだった。封印を解いてしまったら、元の木阿弥である。
「大丈夫だよ、もう暴れないから」
紗和は苦笑ぎみに言って、「多分」と最後に付け加えた。
「でも、封印は…」
潤也は足元に転がっている勾玉を見やる。
下手に触れると自分も封じられてしまうような錯覚があって、無意識に身を引く。
その勾玉にためらい無く手を伸ばしたのは寛也だった。
「本当に助けられるんだろうな?」
うなずく紗和に、寛也は杳を地面に降ろす。青白い顔は、少し痛みが薄らいだのか、苦痛の色は消えていた。
「何をする気? ヒロには封印を解くのは無理だ」
言って潤也は寛也の手から勾玉を取り上げようとして、拒否された。
「そんなもの、俺にはできねぇけど、この石を壊すことくらいならできる」
「!?」
目を上げたのは翔だった。先に言葉にしてのは潤也。
「そんなことをしたら、勾玉で封じている父竜が復活する」
「知らねぇよ、そんなもん」
遠い記憶の片隅にある、天をも覆う巨竜の姿を思い描いて、ぞっと背を走るものを感じた。
それでも、目の前で死にかけている杳を見殺しになんてできない。
他に方法がないのなら、しのごの言っている場合ではなかった。
「復活したら俺がぶっ倒してやる。お前も」
寛也は紗和に向かう。
「封印が解けて暴れるようなら、シッポまで灰にしてやるからな」
言っていることが無茶苦茶だと、潤也が頭を抱えた。炎竜と言うより、寛也そのものの発言に、潤也はため息をついてしまう。
「ほんっとに、ヒナなんだから」
呟いてから、寛也に近づく。
「勾玉は5つある。残りの4つがある限り、父竜の完全復活はない。ただし、中央の宮の黄玉が最も強い力を持っている。それを破壊する限りは、本気の覚悟がいるからね。今度こそサボッたりしたら承知しないよ」
言って、その背を叩く。
何のことを言われたのか理解する気もなく、寛也は少し離れて、地面に勾玉を置いた。
一歩下がって、手のひらに炎の力を蓄える。
その寛也の目の前に、翔が立ち塞がった。
「邪魔してんじゃねぇよ」
「僕がやります」
言って、すらりと伸びた痩身の剣がその身を現す。
それをゆっくり振り上げると、勢い、振り下ろす。
カタリと、小さな音を立てて二つに割れる石。それは、果たして鉱物であったものかどうか、そのまま空気に解けてしまったように見えた。
それは、涙の滴が蒸発していくように、音も無く消え入った。