第 9 章
守るべきもの
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 立ち上がろうとしてふらつくのを、慌てて寛也が支える。

 荒い息遣いと、胸から伝い落ちる血の滴。足元には赤く血の水たまりができていた。

 何故そんなに真剣になれるのか。何故、自分の身を引き換えにしてまでも。

「外に出たら、ヒロは離れて。巻き込まれないように。数秒でいいから。封じたら、地面に落ちる前に助けてよ」

 寛也の頭に、物体の落下速度の公式が頭に浮かびそうになった。外に飛び出して、竜体になる時間と、その間の杳の落下速度による衝撃と。

「…人間なんて、小さすぎて捕まえられねぇぞ」
「大丈夫。信じてるから、ヒロのこと」

 言われて見やった杳の瞳。深い色をしていた。

 あの時も感じた。あの、自分を真っすぐに見上げてきていた瞳。

 守りたくて守れなかった、小さな命。

 あの瞳と同じ色をしていた。

「分かった。じゃあ俺も信じるよ。今度こそ、成功させろよ」
「…偉そうに…」

 素直にうなずけば可愛げもあるだろうに、うっかり見とれてしまった自分が情けなくなるような返事をしてくれる。

 その杳の身体を抱えて、寛也は炎玉を手のひらに作り始める。

「しっかり息吸っとけ」

 寛也の言葉に、杳が小さく何かを返したが、聞き取れなかった。

 赤い光が弾けた。

 玉の割れる衝撃の後、二人はそのまま空中へ放り出された。





 パリンと言う音は耳で聞いた。

 が、後は耳に入るのは風の音だけだった。

 一瞬、どうなったのか見失いかけて、寛也は慌てて言われた通り、杳を掴んでいた腕を放す。

 暴風に煽られ、あっと言う間に引き離された。

 その杳を目で追いながら、寛也は竜玉を握り締めた。





 勾玉が竜を封じるのを見たのは、これで二度目だった。

 一度目は、はるか昔、まだ年端のいかぬ頃に、妹の綺羅が父竜を封じた。それを他の竜達に混じって、遠くから見ていた。

 あの時、綺羅の手にしていた勾玉と同じもの――正確にはその5分の1――が、杳の手の中に見えた。

 両手で抱え込むようにして天へ掲げたと思ったら、その玉から広がっていく光のようなもの。

 それに危うく取り込まれそうになって、寛也は慌てて竜体を形作る。取り敢えず、なるべく遠くへ離れようとして、身をひるがえした。

 封じると言うのは、力を押さえ込む為に、もっと強大な力が必要なのだと思っていた。

 それなのに、目の前に広がって行く光は、包み込むような、とても懐かしいような気がした。

 それに取り込まれた時の竜王は、嫌がるでもなく、おとなしく身をさらしていた。

 そして、咆哮をひとつ吐いて、竜王の姿は空中から消え失せた。


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