第 9 章
守るべきもの
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『――――っ!』

 声にならない声を――悲鳴にも似た――発して、竜王は巨体をうねらせた。

 途端、ポンと、まるで手品のように外へ出られた。

「って、どこだ、ここは…?」

 寛也は辺りの様子に、大きく安堵の息をついた。

 竜体はすっかり解かれ、自分は竜王の気の玉の中に取り込まれてしまっていたが、竜王の意識の中からは出られたようである。

 と、自分の腕の中にいた筈の人物が、いないことに気づいた。

「杳?」

 目の前に、黄金色の糸のようなものに覆われた塊があった。

 そこに、杳の上着の端が見えた。

 あの時伸びてきていたのは、この糸のようなものだったのだ。そのまま杳は、これに取り込まれてしまったのだろう。

「おいっ、杳、杳っ」

 幾重にも巻き付けられた触手は絹糸のように細くて、鋼鉄よりも頑丈で、寛也の力ではビクともしなかった。

「杳っ、目を覚ませっ」

 掻きむしって、拳で叩いて、足で蹴り飛ばす。

 しかし、一向に中にいる筈の杳は目覚める様子がなかった。

 確か息が止まって入ると言っていなかっただろうか。

「くそっ」

 握り締めて力を込めた右手に、赤い炎が灯る。

 それを触手に押し付ける。

 辛うじて少しだけ焦げるが、すぐに横から伸びてきた別の触手に覆われてしまう。危うく寛也まで取り込まれてしまいそうになり、慌てて飛びすさる。

 諦めず、今度はもっと大きな炎の玉を繰り出すが、全て同じ結果だった。

 これでは埒があかないと思って、とにかく杳の目を覚ますことだけはしなくてはと思った。

「少しの火傷くらい、我慢しろよ」

 呟いて寛也は、杳の衣服が隙間から覗く場所へ向けて炎を押し付けた。

 衣服が燃えるが、同時にくぐもった声が聞こえた。

 急いで寛也は、気の塊を殴る。

「杳っ、おい、杳っ」

 身じろぐのが見えた。が、顔は現れなかった。

「ヒロ…」

 こちらの声が聞こえるのか、わずかに寛也を呼ぶ声がした。

 途端、その塊が絞り込まれるように縮んだ。と同時に、杳の絞り出すような呻き声と、何かの砕けるような鈍い音が、その塊の中から聞こえた。

 塊の中で何があったのか、想像して、ぞっとする。


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