第 9 章
守るべきもの
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「ヒロ、ヒロってば」
耳元で名を呼ばれ、寛也は意識を取り戻した。
目を開けて、初めに飛び込んできた顔に、反射的に起き上がる。
「杳!」
そこにしゃんと立つ杳の姿があった。
「お前…大丈夫か? ケガは?」
「平気」
短く答える杳の言葉にホッとして、辺りにようやく目を向ける。
そこは薄ぼんやりとした空間だった。
「どこだ、ここ…」
とても静かだった。物音は二人の声しか聞こえなかった。
「多分、竜王の意識の底かな。ホラ、あそこ」
杳の指さす先に、ぼんやりと浮かんでくるものがあった。
背の高い青年と、年端の行かない小さな女の子だった。
その姿に寛也はギョッとする。
「綺羅…」
呟く寛也をチラリと見やり、杳はそのまま近づこうとする。
慌てて止める寛也。
「大丈夫。向こうは気づかないみたいだから」
それでも、そっと近づいていった。
舌っ足らずな女の子の声が聞こえた。
「ちのと兄さまの鏡、どうして何も写さないの?」
袖でゴシゴシ擦っても、手にした金縁の手鏡は曇りを晴らすことはなかった。その少女の頭に軽く手を置く青年。
「写らないんじゃなくて、写さないんだよ」
言葉の意味を計り兼ねて首を傾げる少女に、笑いがこぼれる。
「人はね、辛い事も悲しい事も、楽しい事も一緒に抱えて生きて行くんだ。我々だった同じだ。その心の中を覗いたとしても、それはその人の心の断片でしかないんだ。それを見誤らないように、曇らせたんだよ」
「ふーん」
良く意味が理解できないままに、少女はうなずく。
「それにね、人の心を覗いてしまったら、大切な言葉を聞き逃してしまうんだ。君が大好きだよと言う言葉も、先に見えてしまったらつまらないものだからね」
言って、少女の頭をそっと撫でた。
途端、幻のように、二人の姿は消えてしまった。