第 9 章
守るべきもの
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力を抜いているのは天竜王の方だった。
こうなることも、彼の望んでいた結末も、潤也は全て了承していた。
はるか昔の、御伽噺よりも昔の時代に失ったもの。何千年も待ってようやく巡り会えた小さな命も、すぐに消えてしまった。
神と呼ばれるだけで、失うことしかできない自分に一番悔やんだのは、長兄である彼だった。常に置いて行かれることに疲れて、傷ついて。
乱心をしたのだと、みんなに思わせた。
だが、自分だけは、本当は知っていた。
あの少女の胸を刺した竜剣は、竜王自らの手で少女のものとして与え、所有者は既に幼い少女となっていた。彼女以外の誰も、自分の意で彼女を傷つけることなどできないように、竜王の願いが込められた。
その剣で誰が彼女の命を奪えようか。それは、たとえあの竜王であっても――。
思いは、同じではなかったのだ。思いの強さが、悲しみの深さに比例するのだとすれば。
だから、望みどおりにしてあげようと思った。
もう一度、失う悲しみを追うよりは、今そこにあるそれに気づかないうちにと。
でも、本当にそれでいいのかと、問い返す自分。
更に、その背後にいるもう一人の自分がそれを止める。
醜い思いが、正しい答えを求めようとする自分に囁きかける。彼の好きにさせてやれば、自分の手に入るものもあると。
だけど。
『天竜王』
竜王の前に回り込んで、行く手をさえぎる形で身をさらす。それと同時に、もう一方の竜王には背を向ける形になる。
危険極まりないとは分かっていた。
『もう、やめよう』
それまで無言で戦っていた天竜王の動きが止まった。
『怖いなら、下がっていてください』
身をひるがえして、自ら地竜王の前に出ようとする天竜王を、風竜は尚も進路をさえぎる。
『ダメだ。それよりも、今は地竜王をなだめて…』
言葉は途中で途切れた。
地竜王の爪が風竜の背を掻き降ろしたのだ。巨竜の爪は、無防備だった風竜の背を引き裂いた。
『潤也さんっ!』
翔は、悲鳴と共に急降下していく竜体に手を伸ばしかけて、その前に地竜王に体当たりされた。
一瞬、天地を失いかけて、何とか踏みとどまる。
目の前の、自分と対になる地を治める竜王を改めて見やった。
それは、無理やり覚醒させられた為に生じた錯乱状態のままの光を眼に宿していた。
それこそが自分の求めていたもの。しかし――。
ちらりと、翔は地上に目を走らせた。
地面に叩きつけられた風竜の姿を見やって、ふと、視界の端に、そこにいる筈のない人影を認めた。
『!?』
はっとした瞬間、一際大きな稲妻が轟いた。
天から振り下ろされた雷(いかずち)は、その人影目指して落下していった。
術を使ってくい止める間もなかった。せめてこの身でくい止めようと、天竜王は雷の前へ躍り出た。
直撃を浴びて、一瞬気が遠くなる。
――どうして…。
呟いた言葉は竜体から出たものか、人の口から出たものか。
自分が落下していく先にその人影があることに気づいて、慌てて体勢を立て直す。
が、降下していく巨体はブレーキが効かなかった。せめて少し離れた場所にと思って目を走らせる。距離を計って、少しだけ空を蹴った。
抵抗できたのはそこまでだった。翔は、そのまま、地上へと落下していった。
* * *