第 9 章
守るべきもの
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 ギョッとして見やるそこに、葦の穂をかき分けて近づいてくる杳の姿が見えた。

「何で…」

 さすがの寛也も驚く。

 この結界の中へ入らないように潤也が眠らせておいた上に、他の竜達でさえ力の弱い者達は入れないようにと結んだ印の中へ、どこからどうやって人間が入って来れるものなのか。

 信じがたいものを見るような目を向ける寛也に、ようやく辿りつく杳。

「一撃だったね」

 平然と言ってくれた。

 どうやらしっかり見られていたようである。

 この一言で、寛也が持っていた疑念も、うっかり彼方へ吹き飛んだ。

「お前、こんな所へ入ってきて、危ねぇだろっ」
「いいじゃん。どうせ連れてってくれるって言ってたし」
「でも、この状況っ」

 自分が今えぐり取った地面を見やる。

 離れていたから良かったもの、もしこの下にでも杳がいたら、間違いなく押し潰していたことだろう。

「頼むから外に出ててくれよ」

 下手に出ようとする寛也の言葉など全く耳に入らないのか、杳は天を舞う竜達を指さして言う。

「オレをあそこへ連れてってよ」
「はぁ?」

 大きな声で聞き返してしまった。

「翔くんを説得したい。もう一度」
「冗談だろ。あんなもんに近づいてみろ。お前なんか丸焦げだぞ」

 稲光が舞う空間になど、連れて行ける訳がない。

「大丈夫だよ。丸焦げになる前に封じるから」

 言って杳はポケットの中から勾玉を取り出す。寛也が昨日、目にしたものだった。

「勾玉は竜を封じる力があるんだろ?」
「…お前、使えるのか、それ?」

 思わず聞いてみて、そんな訳ないと寛也は頭を振る。

 それなのに、杳は返す。

「呪文は、多分、分かる」
「多分って…」
「信用してないだろ?」

 有り得ないだろうと思って見やると、少し拗ねたような目を向けてくる。

 ドキリとするような表情に、慌てて目を逸らした。

「当たり前だ。危険だって分かってて、させられるか」
「大丈夫だって」

 杳は勾玉をポンと軽く宙に放り投げた。

 キラリと日の光にきらめく薄いクリーム色をした宝玉のその中に、ぼんやりと影が見えたことに、目を逸らしていた寛也は気づかなかった。

 杳は落ちて来た勾玉を、パシリと音を立てて掴み取る。

「いざとなったら、ヒロが守ってくれるだろ?」

 思ってもみなかったことを言われて振り向くと、杳は笑っていた。

 ああ、懐かしい笑顔だと思った途端、誰かの悲鳴が聞こえた。

 天上で異変が起きていた。


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