第 9 章
守るべきもの
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「それが、天竜王の願いだから。自分を封じるのではなく、消滅させて欲しいと」
だから強い相手が必要だった。
自分と対等に戦える相手と、中途半端に施された封印を解くことで願いは叶うと。
「ヒロはどこまで思い出した? その分じゃ、大して思い出してないと思うけど」
いちいち勘に触る喋り方をするようになったと、嫌な目で見やる寛也に、潤也は苦笑するしかななった。
「あみやのことは知ってるよね? 綺羅のことは覚えてる?」
まるで子ども相手に話すような口ぶりだった。
「それがどうした?」
返す言葉に、また、笑われた。
「戦には多分、分からないことなのかも知れないね。話すだけムダかも」
「何言ってんだよ。お前、意味、分かんねぇだろ」
「だから嫌いなんだよ、あんた」
横からボソリと口を挟んできたのは露だった。
寛也の横に並んで、同じように睨む。
「知ったかぶりで、自分だけ何でも分かったような顔してやがる。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ」
前回、相当に痛め付けられたことをまだ根に持っているようだった。
聖輝も含めた三者の視線に、潤也はため息をつく。
「人を愛することから逃げた者には、それを失うことの辛さを味わうこともないってことだよ、戦」
「何の…ことだ?」
何故自分に言うのかさっぱり見当もつかない。
が、寛也は胸の中にモヤモヤするものがあって、それは昨夜見たあの記憶につながることに気づいた。
勾玉に触れた時に思い出した、少女の笑顔。
鮮明に浮かぶ情景。
頬を朱に染めて、一生懸命に綴る言葉。
聞こえないフリをした。
誰もが慈しんでいた少女の気持ちが、自分にだけ向けられていたものだと知るには、自分自身、まだ幼くて。
失ってから、ずっとずっと後になってから気づいた自分の気持ちに、更に蓋をして――。
「覚えがないのならいいよ。だけど天竜王は、その分、彼女のことを愛したんだ。だからこそ、喪失感は大きい」
「だからって、こんなこと…」
「それを否定する戦には、一生かかっても理解できないよ」
何だか無性に腹が立ってきた。
自分が『戦』と呼ばれることも、潤也がそう呼ぶことも、自分と弟の関係が違うものにすり替えられてしまっていることも、何もかも。
「…っせぇな」
記憶の底に眠るモヤモヤとした思いと、途切れ途切れで判然としないあやふやな過去と、自分でない者が本当の自分であることの事実。
全てを拭い去りたいと思った。
そんなもの、何もいらないのだ。
欲しいのは、取り戻したいのは、弟と二人で暮らしていた日常。遊び半分で送っていた高校生活と、面白おかしく過ごしていける日々。いつも笑っていられる生活。
人として生まれ出でた人生そのもの。