第 8 章
竜の宮
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「おい、馬鹿。早まるな」
それに気づいて露が止めに入ろうとするのを、制止したのは聖輝だった。
次の瞬間、くるりと方向を変えて、寛也は背後を向く。途端、手の中のものが繰り出された。
寛也の背にしていた壁――今まで潤也が背にしていた壁に向かって。
「あーあ…」
ため息混じりに呟いたのは露だった。寛也の背後にあった壁は破壊され、ポッカリと大穴が開いてしまっていた。
その向こうに、見覚えのある顔があった。
「葵翔…」
澄ました顔で座すのは、この宮の主だった。そしてその向こうに立っているのは、寛也も東京で一度だけ顔を合わせたことのある新堂紗和だった。
「ちゃんと入り口は作ってあるんですから、壁を壊さないでくれますか?」
困ったように言ってから、翔はゆっくりと立ち上がる。その翔に、寛也がズカズカ近づく。
「いい加減にしやがれ、このガキッ」
言うなり、握りこぶしして殴る。後ろでため息をついている連中などお構い無しだった。
殴った後、翔の胸倉を掴み上げる。が、翔は顔色ひとつ変えるでもなく、寛也にされるままになっていた。
「お前な、ここまで来るまでアイツがどれだけ心配したか、分かってんのか?」
「アイツ…?」
「この結界の外で眠ってるお姫さんだよ」
言われて、翔はクスリと笑いをこぼす。
「そんな言い方をして。まさか手を出したりしてないでしょうね?」
下から見上げてく眼が、悪戯っぽそうに光る。思わず寛也は、掴んでいた手を放してしまった。
「な、何言って…」
慌ててしまった自分に気づいて、また焦る。
いや、何があったと言う訳では決してない。ただ、この翔との現場を目撃してしまったり、ついうっかり気を許してしまったこともあったり、色々と複雑な記憶と感情が入り乱れた時に常に側にいた存在だっただけ。
それだけなのに。
焦ってしまう寛也に、背後から影が近づいた。
「結崎っ」
「里紗っ」
聖輝の声と、紗和の声が同時に聞こえた。途端、寛也の腹を後ろから腕が締め上げた。
チラリと、眼の端に翔の眼が映った。
途端。
体内に電流が流れ込んでくる感触と、耳元で悲鳴が聞こえた。それが自分を掴んでいる里紗のものだと気づいて、寛也は何とかその手を引きはがそうとする。が、思った以上にその腕の力が強いのと、身体を痺れさせる電流とに、うまくいかなかった。
「里紗――ッ」
プスプスと言う音とともに、肉の焼ける焦げ臭い匂いがした。マジで危ないと思った瞬間――。
小さく、パリンと硝子が砕けるような音が聞こえた。
たったそれだけだった。
それが、封印の解かれた音だと、次の瞬間には、気づいた。
* * *