第 8 章
竜の宮
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 竜の宮に連れて来られ、寛也は広がる光景に呆然とした。

「これって…」
「竜王の…翔くんの好みだよ」

 ひどく懐かしい思いがした。

 そこは、二千年以上も昔の中央の宮――あみやの住まう竜王の宮そのものだった。

「あいつ…」

 ここで彼は何を思っていたのか。こんな、悲しい思い出の押し込められた過去の風景の中で。

「こっちだよ」

 潤也はそんなことを思う寛也とは対照的に、無表情なまま先を立って歩く。向かう先にあるのは、奥の院。巫女が竜神に祈りを捧げたと言う、竜神達の降り立つ院だった。竜王の居所としては得心のいく場所である。

 炎竜のいた阿蘇の宮とさして作りの変わらないこの宮には、祭りの度に出向いていた。その他に用事のあることもあったが、守護地の一番遠いことを理由に、めったに足を向けることはなかった。

 あの少女の姿を見たくなかったから。

 あみや――中央の宮の巫女は、他の宮の巫女の中心的存在で、その力は歴代でも類を見ない程だと聞かされた。実際、彼女だけが自分達竜の姿を見極めることができた。人前から姿を消している時であっても、その姿を見つけることができたと言う。

 その様が、竜神達に、かつて側にいた少女を思い起こさせたのは事実で、特に可愛がっていた天竜王の姿が、自分の目には苛立たしくも映っていた。

 その宮と同じ風景で、ふと、寛也は立ち止まる。

 長い渡り廊下に面した、誰も人影のない中庭があった。白い玉砂利と、枯れた一本の木。

「バカな奴だ…」

 立ち止まった寛也の耳に聞こえたのは、聖輝の声。見ると同じ方向を向いていた。

 かつて、この庭には花が咲いていた。枯れた木には冬でも青い葉がついていた。永遠に枯れることはないと、始祖の昔に植えられたものだった。その木の下で、幼い少女が、何が楽しいのか笑いながら駆けていたのを嫌でも思い出す。

 こんなものを目にしているのか、竜王と言う名を頂くあの子どもは――。

「何をしているの?」

 先を歩いていた潤也が、ついて来なくなった二人に声をかける。寛也はその声に、庭のさみしい風景から目を逸らす。

 聖輝も黙って寛也の後に続いた。

 そして、渡り廊下の向こうに、奥の院があった。

 その襖を潤也が開けた中の部屋に、少女が一人、待っていた。


   * * *



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