第 7 章
勾玉の結ぶ記憶
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 深い山の中、生い茂った下草をかき分けて入った更にずっと奥に、ひっそりと静かな空間があった。

 人の来ない、誰にも見つからない場所だった。

 そこに、澄んだ瞳の少女がいた。幾度も、訪れる度に見せるのは、消え入りそうなくらい悲しそうな笑顔だった。

「何だ、また泣いていたのか?」

 聞くと、プイッと顔を背ける。その白い横顔に涙の跡が残っていた。

 こんな場所に閉じ込めて、この子を守るのだと交替で護衛についていた。末に生まれた自分からしてみれば、すぐ下の最も年の近い妹だった。ここに来てからは、泣き顔しか見せないのだと、他の者が話すのをいつも耳にしていた。

「泣き虫には、この土産はやれないなぁ」

 言って懐から、奇麗な色の石で細工をした髪飾りを取り出した。それを見た少女が目をパチクリとさせる。ふいに目が合って、慌てて逸らす。

 その様子が可愛いと吹き出して、その結い上げた髪にさしてやった。

「ま、泣き腫らした顔には似合わないが、笑った子にはよく似合うと思うぞ」

 言うと駆けて行く。その先にあった水鏡に自分の姿を映して見ていた。その姿に思わず笑みがこぼれた。その気配に気づいて、振り向いて、はにかんだような笑顔を浮かべた。

 その子の笑顔を見たのは、それが最初で最後だった。

 不用意に口走ってしまった言葉が、小さな胸を傷つけてしまった。それからはまた泣くばかりだった。

「罪は全部受けるから、だから誰も悲しまないで」

 そう言って巨大な竜の前にその身をさらして、母の遺した勾玉で封じた。

 自分達が太刀打ちできない程の強大な力を、小さな勾玉と自らの命を引き換えにすることで、封じ込めた。

 この地に。

 人の子が生きるよりも、更にずっと短かった一生。

 これでもう悲しむことはないと呟いたのは長子の天人。彼はそのまま二度とその子の名を口にすることはなかった。

 自分はずっとずっと謝りたかった。傷つけたことを後悔していた。

 消え入りそうな笑顔が、最後まで胸に焼き付いて離れなかった。

 何百年かの後の世で生まれた、彼女の再来とまで言われたあみやには、とても会えなかった。あの子とは正反対の、よく笑う少女であったと聞いた。

「綺羅――」

 呟いて、胸が熱くなった。


   * * *



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