第 7 章
勾玉の結ぶ記憶
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「どうしたの? ただの剣よ」

 寛也はもう一度手を伸ばし、茅晶の手から剣を受け取った。

 細い剣でありながら、ずっしりとした重みを感じた。それは、日の光を受けて、銀色に鈍く光を放っていた。

「まだ封印を施されたままになっているわ」

 茅晶の言葉に視線を移す。

「地竜王の封印よ。彼は自分ごと、この剣に封印を施したの。彼が目覚めた時、この剣も本来の力を発揮するようになるわ」
「…封印…?」

 寛也には茅晶の言う意味が、何のことだかさっぱり分からなかった。

「炎竜、あなたにこの剣をあげるわ。あなたならこれで天竜王と互角の力を出せる筈」

 握り締めた剣は、手の中でわずかに違和感があった。しかし、確かに力を感じた。その力は、とてつもなく大きく思えた。だが昨夜、この竜剣は持ち主である天竜王にしか扱えないものだと聞かなかっただろうか。

 その寛也の表情に、茅晶は小さく笑う。

「頑張ってね。人間界の命運はあなたにかかっているんだから」

 言って、茅晶はそのまま背を向ける。

「待てよ、お前」

 低く、寛也が声をかける。

「返すぜ」

 振り返る茅晶に、剣を放ってよこす。茅晶の足元に竜剣が転がった。

 驚いて寛也を見返す茅晶。

「勘違いしてんじゃねぇよ。俺は…俺達はあいつを殺すために集まったんじゃねえ。あいつを、竜王を倒そうなんて…。ただ、正気じゃないあいつを元に戻してやりたいだけだ」

 そう、自分に言い聞かせるように言った。

 戦って得られるものなんて何もない。それはいつも自分が一番感じていた。戦って、戦って、すさんでいく心で、手に入るものなんて何もなかった。

「あんた見て決心がついたよ。俺は…」

 ――潤也を信じる。

 「凪」をあまり好いてはいなかった。しかし、人として生まれて十余年、一緒に成長してきた潤也は信じるに値する奴だった。その潤也が自分を裏切ることが信じられなくて、衝撃で、動揺していた。倒さなくてはならなくなったと思って。

 しかし、違うのだ。あの潤也が敵につくと言うことは、他に何か理由がある筈なのだ。

 たとえそうではないとしても、信じればいい。

 敵を倒すことよりも、真実を見極めることの方が大切なのだから。

 そう、思った。

「銃刀法違反で捕まる前に、あんたもその剣を捨てるんだな」

 言って、そのまま最初と同じように通り抜けようとする。その背に浴びせられる罵声。

「臆病者っ!」

 足が止まる。

「竜族なんて、いなくなればいいのよ、みんな」

 振り向いた茅晶は睨んでいた。そのまま剣を拾い上げ、寛也に向けてきた。

「その剣、封印されているんだろ?役にたたないぜ」

 茅晶の振り上げる剣を、寛也は素早く茅晶の腕を取って受け止める。

「放しなさいっ」
「こんな剣でも当たれば怪我をするだろ、ばかっ」
「うるさいっ!」

 茅晶は叫んで、寛也を振り払う。

「あの時、消滅してしまえばよかったのに」

 吐き捨てるようにそう言って、茅晶は逃げ出すように駆けていった。

 寛也は呆然とそれを見送った。

「…何だったんだ…」

 呟いてから、自分が何をしていたのかを思い出す。

「そうだ、杳…」

 そして再び人込みに紛れた。


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