第 6 章

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 炎が、自分の力が全てかわされていた。風竜にはまるで効かないのだった。それどころか、逆に操られ、弄ばれてでもいるかのように感じた。舌打ちする寛也に声が届いた。

『どうしたの。戦の力はこんなものだった?』
『うっせーっ!』

 繰り出す炎の球は、しかし、風竜に当たる前に散り散りになった。その火の粉は眼下に落ち、海に浮かぶ道の松の木を焦がしていく。

『戦い甲斐がないよ、ヒロ』
『黙れっ!』
『悪態ついてばかりいないで、本気を出したら?』

 悔しく思いながらも、立て続けに繰り出す炎はどれも通じなかった。自分が消耗するばかりだった。何がいけないのか、さっぱり分からなかった。

『仕方ないなぁ。もう、面倒だから行くよ』

 言って、風竜は身をひるがえした。途端に巻き起こるのは風の嵐だった。まずいと咄嗟に感じて踏ん張ったが、間に合わず、身にまとっていた炎がかき消された。慌ててもう一度炎の鎧を作り上げようとするが、その前に身の周りの風が裂けた。

 ぐさりっ。

 気の身体とは言え、切り裂かれた時の苦痛は人間である時と同じだった。炎竜の身には、幾筋もの傷が浮かんだ。

『弱すぎだよ、戦。こんなんで竜王に立ち向かおうなんて、無謀を通り越して馬鹿だね』
『いくらお前でも…!』

 よくよく杳には言われたが、この場で言われると無性に腹が立った。

『バイバイ、戦。もう一度出直しておいで』

 炎竜の戦いっぷりに見切りをつけたかのようにそう言って、風竜は大きく身をうねらせる。その身に風が舞った。

 もともと兄弟と言っても双子のこと、上下意識はなかった。しかし、それでも病弱だった弟に対して、寛也は保護者的な意識を持っていた。それがここにきて大きく立場が逆転した。

 だが、何よりも悔しかったのは、潤也が潤也でなくなっていたことだった。いくら覚醒したからと言って、人格まで変わってしまうなんて許せなかった。

 こんな潤也は認めたくなかった。

『ジュンのばかやろーっ!』

 途端、紅蓮の炎が巻き上がった。地上から、空気の中から、その分子が激しい振動を起こして自ら炎を吹き出した。炎竜の周囲からはかげろうのようなオーラが沸き上がる。

『!?』

 突然のことに風竜は慌てて身を引こうとするが、炎がまとわりついてきて離れなかった。風を起こしても、それをあおるだけだった。

『そんな…』
『ナメんじゃねぇよ。俺を誰だと思ってんだ!』

 猛々しい戦の神と謳(うた)われた、四天王随一の力の持ち主――炎竜。

 炎はますます燃え上がる。それを身にまとい、炎竜はそのまま風竜に向かって体当たりをしかけてきた。

『しまった』

 避けようとするが、本体相手では風のバリアも効かなかった。

 衝突の瞬間、激しい衝撃とともに、閃光がひらめいた。


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