第 6 章
罠
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「俺に、やらせろよ」
ふらりと立ち上がる。しかしまだ傷口は塞がっておらず、赤い血がしたたっていた。
「自分がまるで全てを見透かしてでもいるかのような、その高慢な口ぶり。気に入らねぇんだよっ!」
「おいっ」
聖輝が止めようとするが、聞かなかった。露は身にまとう気を一気に膨張させた。巨大な気の渦が舞い上がる。先程よりずっと大きなそれに、潤也はわずかに笑みをこぼす。
「ようやく本気になってきたみたいだね。いいよ、相手になろう」
言って潤也も気を膨らませる。
竜体になるつもりだと気づいて聖輝は寛也に駆け寄る。
「まずいぞ、人間を避難させないと」
「えっ?」
「結界も張らずに戦う気だ。あの馬鹿者どもが」
黒々ととぐろを巻く黒い雲に、天へ駆け登った二体の竜。すでに彼らは戦闘体制に入っていた。その巨体で暴れたら、先日の寛也の学校どころの被害ではなくなるだろう。
「ぐずぐずするな。死人がでるぞ」
聖輝は唖然とする寛也の首根っこをひっつかまえて駆け出した。取り敢えず、この天橋立を歩いて渡ろうとする奇特な人間を引っ捕まえて退去を促してまわった。
しかし、それもひどくまどろっこしかった。
「お前は反対側へ行け」
聖輝は寛也にそう命令をすると、さっさと任務に取り掛かった。
その姿を見送って、寛也はため息をつく。こんな地味なことはやっていられなかった。もともと平日のこと、それほど人がいるでもなかった。それよりも問題なのは、山の頂上や遊覧船の見物人達だった。大騒ぎになるだろうか。いや、この姿が見える人間はいない筈。しかし、異常な超常現象くらいには見える事だろう。
ふと、光が差すのが見えた。目を向けると、向こう岸に立って、柔らかな光の粒子を紡ぎ出す姿があった。
「…光竜…」
気が付くと、人々が自然に、ごく普通に何事もないように戦いの場から離れ、遠ざかっていっていた。
「あいつ…」
一体何をやっているのか。
近づこうとして、寛也の眼前にいきなり振ってくるものがあった。巨体をうねらせて、寸前のところで寛也を押し潰しかけたそれは石竜だった。仰ぎ見ると、風竜が天を優雅に舞っていた。
寛也の眼前で露はすぐに人間の姿に戻っていった。それに合わせるかのように、ゆっくりと降りてくる風竜は、渦巻く風の中で人の姿を形作る。
それでも立ち上がろうとする露。寛也はその露に近づいて、助け起こそうとする。が、その手ははたき落とされた。