第 6 章
罠
-2-
4/7
「は?」
いきなりな話の展開に杳は身を引く。
「杳くんを見ていると何だか…」
とても懐かしい匂いがした。そう言おうとして茅晶は思い止どまる。
「杳くんは何でそんなに真剣になれるの?あなたにはとても手に負えないことなのに」
「そんなことないよ」
さらりと言ってのける杳に、茅晶は不満そうに返す。
「無力のくせして」
「そりゃ、そうだけど、でも、オレ、ずっと考えてたんだ。竜達のこの戦いの発端は何だったんだろうかって」
「発端? 竜王の乱心よ」
分かり切ったことを言う杳に、茅晶は一言で返す。が、杳はその答えに首を振る。
「違うよ。あみやの死だよ」
「何言ってるの。乱心した竜王があみやを殺したのよ。竜王のせいだわ」
「オレには翔くんが正気じゃないなんて思えない」
「思えないじゃなくて、思いたくないでしょ?」
憤然とする茅晶に、杳はため息ひとつついて聞き返す。
「じゃああんた、翔くんに会って話したことがある?」
「何で私が…っ」
「優しいよ、翔くんは。小さい頃からそうだった。今も変わらない…」
かみしめるように言って俯く杳の横顔に、茅晶は先程打ち消したものを思い出す。
はにかんだようなあみやの横顔が思い出される。
――あまとはね、とても優しくてどこか儚く見える。おかしいでしょ。悠久の時を刻む竜神の長なのに。
大好きなのだと、体面もはばからず言うあみや。うらやましくて、悔しかった。思い出して、涙が出てくる。鬼の子である自分に、こんな心さえもくれたのは彼女だった。
「ま、ちょっと可愛げのなくなった所もあるけどね」
苦笑混じりに言う杳。
「それなのに、乱心なんてことがあるのかな。人界征服なんて望んでそうもないように思えるんだ。切っ掛けがあみやの死なら、そこまで立ち戻れば何かが見えてくるかも知れない」
「何も分からないわよ」
茅晶は頭を振る。あの場所にいたのは竜王とあみやだけだったのだ。誰もが目にしたのは、あみやが竜王の剣を胸に突き立てて事切れた後だった。
「あんたも見たんだ?」
「ええ、もう冷たくなっていた」
どれだけの時間が経った後だったのか、分からなかった。大勢が駆けつけた時、ずっと竜王は死んだあみやを見ていたのだ。
「私が竜王と顔を会わせたのはそれが最初で最後よ。銀色の衣をまとった青年だったわ。とても冷たい顔をしていた。血の通わない冷たい顔を」
思い出して、今でも身が震える。
「誰も見てなかったの? じゃあ竜王がやったってのは…」
「自分でそう言ったのよ。殺したのは自分だって。そしてこの世界を終わらせるのだと言って…」
そして、戦いが始まった。竜王と竜神達との長い長い戦いだった。
「それに、竜剣を他の誰が扱えると言うの?」
「竜剣の一本は竜王が、もう一本は本当はあみやの剣だったんじゃない?」