第 6 章

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 息を切らせながら、広い葦の原を駆けてくる少女が眼下に見えた。その年齢の少女にしては元気が余る程だった。

 つと立ち止まり、見上げてくる。吹き抜ける風が、少女の白い着物の裾をなぶっていた。

「あまとーっ」

 手を挙げて呼ぶ声。ゆっくたりと身をひねらせ、少女の目の前に降り立った。

「お帰り、あまと」

 そう呼びかけて、屈託の無い笑顔を向けてくる。巫女には見えない、落ち着きのないお転婆少女は、いきなり飛びついてきた。

 また少し背が伸びて、次第に奇麗になっていくその姿に戸惑わないではいられなかった。そしてその魂の奥にある彼の人の面影を認めずにはいられなかった。

 天人(あまと)は少女を軽く抱き上げる。

「一人でここまで来たのか?」
「ええ。早く会いたくて。でも大丈夫。誰にも気づかれなかったから」
「宮の外は危険だとあれ程言っているのに」
「あまとの剣が守ってくれるから、いつだって側にいてくれるから大丈夫」

 たしなめる言葉にも悪びれずそう言って、少女は懐に刺す短剣に手を触れる。その柄は天人の持つ痩剣と同じ模様の、対のものだった。

 自分の分身である双頭剣の一方――自分以外の者には決して扱うことのできないそれを、天人はこの少女に遣わした。ただ一つの祈りを込めて。

 そうして、月日は流れていった。

 巡る季節とともに美しくなっていく少女に、竜の宮の巫女に、罰当たりな感情を持つ者もいた。

 それは竜がひとりも残らなかった宮の奥で起こった。

 助けを呼ぶ声も、誰に届くでもなく、白い肌に延ばされた手。

 傷ついた身体に、それ以上に傷ついた少女の心は、駆けつけた天人の目の前で脅えてうずくまっていた。差し出す手から、逃げるように脅えて、手に触れた短剣の鞘を抜いた。

「…あみや…」
「もう、巫女じゃないの。あまとが…見えない」
「!?」

 剣はその胸に突き立てられた。その場に倒れる姿を呆然と見下ろした。

 助けることはできた。まだ、生きながらえさせられる。だけど――。

 もう、泣かせたくなかった。一片の辛さからも解放してやりたかった。

 守りたかったのに。

 ずっとずっと、待っていたのに。

 それからどれだけの時が流れたのだろうか。もう、待つことに疲れた。人が生まれ代わるのは奇跡にも近いくらい不可能なことだった。その奇跡を待って。

 待って、待ち続けて――。


    * * *



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